つつじ野 第1回「ひらめき」

onagawa986

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ご縁があり「つつじ野」を執筆することになりました。自分がいつも読んでいるコラムを書く側の立場になるとは驚きです。

子供の頃から好奇心旺盛だった私は、ピンと来るものがあると先ずやってみたい!と飛びつきます。悩むくらいならやってみる。もちろん多少失敗もしますが、それが経験値を上げてくれます。

「後悔とは失敗に対してするのではなく、やらなかった事に対してするものよ」と、あるハリウッド女優が話していました。「そう!そうなの!イイこと言った!私も同じ気持ち!」と勝手に親近感を持ったりして(笑)。

ですからつつじ野のお話をいただいた時も、ちょっとこれはかなりプレッシャーだぞ!と焦りましたが、自分をレベルアップさせる良いご縁なんだよ、と自分に言い聞かせ、お引き受けした次第です。

米山町で生まれ、田んぼや野山を走り回って育ち、よくお婆さんのお茶っこ飲みにお供して歩いたことで、社交性が身に付いたのだと思います。

小学生になると興味のあるものを手当たり次第習い始め、珠算、書道、エレクトーン、英会話、少年野球のマネージャー。気付けば休みが全く無い状態。母に「学習塾にも行きたいんだけど…」と相談して「もう無理!」と止められる始末。送迎や経済的にも負担なのに、とことん付き合ってくれた母にはとにかく感謝!一方でどこぞの上流家系にお嫁に行っても恥ずかしくないようにという策略もあったようですが(笑)。

高校2年の夏に両親の離婚で石巻へ。親戚や友人に助けられ、弟とバイトをして、お金は無くても楽しい日々でした。

高校を卒業して就職した会社で、旦那様と運命の出会いを果たし女川へ嫁ぎました。

ちなみに旦那様は上流家系の出身ではありませんが、私一筋のやさしいお方です。もちろん顔を見た瞬間ピンとひらめいたのは言うまでもありません。

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つつじ野連載について

この記事は石巻エリアの地方紙「石巻かほく」紙上に2013年6月から掲載していただいたものです。女川のママ友から頼まれ、「あんたの頼みなら!」と引き受けたものの、8回分のお品書きを考えると・・・それだけで悩みました。いざ書き始めると700文字の制限に苦労しました。「この言葉足らずの表現で読む人に本当に伝わるの?」とハラハラしていましたが、いざ第1回が掲載されると朝から電話とメールがとまりませんでした!

8回の連載のうち4回は震災の話です。書いている時には「ここまで書く必要ある?」と悩んだこともありました。それでも「当時の様子が手に取るようにわかったよ」と言ってくれる方も数多くいました。「石巻地域以外の人にも読めるようにしてほしい」と勧めてくれる知人もいました。そんな声に後押しされて、この場をかりて記事を公開させていただく次第です。被災地で起きたこと、被災地のいまについて少しでも知っていただき、そして災害から家族を守ることを考えていただくきっかけとなれば幸いです。

那須野公美

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