静岡県で防災訓練。東北の人たちの話を思い出した。
訓練ならではのダラケはあるが、けっこう実践的
12月1日、市の防災訓練があった。9月1日の防災訓練は避難訓練が中心だったが、今回は自主的な防災について体験したり考えたりすることを主眼においての訓練だった。
まずは町内の消火栓にホースをつないで放水。消火栓の前が広場だから思い切りバルブを開いて放水した。それでも水はノズルから10mも飛ばない。しかも、ホースの付け根のパッキングから水が激しく漏れ出していた。そんな消火設備の不備を見つけるという意味でも、各町内で消火栓を実際に開いて放水したのは意義ある試みだった。(今年から新たに始まったことで、濡れた消防ホースを干したり畳んだりするのが大変だ!などの声もあったが)
消防隊経験のない町内のふつうの人たちで放水を行った後は、小学校の体育館に移動して点呼と人員確認、そして集計した避難者数を市の防災担当に伝達するといった、現実に避難が発生した時の手順で訓練が進められた。もっとも、参加者に緊張感は感じられない。よくある訓練の雰囲気。
ありがちなのは、ここで一般的な防災ビデオを鑑賞して、炊き出しされたおにぎりを食べて、役員さんの挨拶を聞いておしまいというパターンだが、実際に放水訓練をするくらいだから今回は力の入り方が違っていた。ビデオは当たり障りのない一般的なものではなく、地域でいちばん心配される液状化についてのビデオを、浦安市役所から特別に借りてきての放映だった。参加していた町内の人たちの目が真剣みを帯びていくのが分かった。
その後、地域で確保している防災グッズや非常食等の説明があった。驚いたのは非常食の数量だ。地域の人口が1500人ほどのところ、非常食はいろいろな種類を合計しても1400食ほどしかないというのだ。水にいたっては500mlのペットボトルが数100本ということだった。
どうやって生き延びればいい?!
この話には参加していた町内の人たちも驚いていた。しかし、非常食の保管には予算の問題のほかに保管場所の問題、消費期限の管理の問題があって、大量の食糧を保管することは無理との説明だった。たしかにそれはそうだろう。
となると、非常食と水は自宅で何とか保管するしかない。東日本大震災で被災した人たちからは、「3日分の食べ物、水、暖房用の燃料があれば何とかなる。あとは助けが来てくれる」という3日分の備蓄をとの話をたくさん聞いた。
3日分というと、水だけで1人あたり約10リットル。10×人数分の備蓄が必要ということになる。家庭内で保管するにはけっこうな量だ。
しかし、被災地の中には津波から5日以上孤立状態だった集落もある。東海・東南海・南海地震が連動した場合には、被害が広域に及ぶため1週間以上支援が入ってこないと覚悟する必要があるともいう。
「うちは畑も果樹もあるから、野菜や果物でなんとかしのごうと思っていたけど、もっとしっかり準備しなければだめだなあ」
「魚を釣って食べればいいなんて考えたりもしていたけど、津波の後だと魚もいないかもしれないな」
東京から新幹線で1時間ほどの田舎町のことだから、ほのぼのとした「災害対策」のアイデアが語られる。たしかに農家でなくても家庭菜園をやっている人は多いし、自分も野菜と釣った魚でと考えていたクチだ。しかし、津波の後の海での釣りが期待薄なのはもちろん、畑も液状化でどうなってしまうか分からない。被災地域が広がればライフラインの復旧にも時間が掛かる。町内の人たちと話すほどに、生半可ではないサバイバルが待っていると自覚せざるを得なかった。
限られたものを分け合った人々
食料備蓄について話し合いながら思い出したことがある。それは石巻工業高校の松本先生の話。
津波の後、着の身着のままで学校に避難してきた人たちは、各人がたまたま持っていたガムや飴玉などのお菓子をいったん全部供出して再分配したのだという。とても全員には行きわたらず、先生は自衛隊が救援が本格化するまでの数日間、ほとんど何も食べずに過ごしたという話だった。
電器屋さんの佐藤さんも同じような話をしてくれた。たまたま持っていたお菓子を何等分にもして、小さなかけらみたいになったものを分け合ったこと。飲みかけのペットボトルを少しずつ回し飲みしたこと。
女川の石田さんの話も同様だ。避難所となった高台の体育館まで、自分たちのアイデアで担ぎ上げたストーブでお米を炊きおにぎりにしたが、ひとり当たり「親指くらいの大きさしかなかった」。そんな小さなおにぎりでも、小さなこどもに上げるために自分では食べずに我慢していた人がたくさんいた。
大きな災害が発生すると、同じことが起こりうる。たぶん確実に起きる。
激甚な災害に見舞われ極限状態(お金持ちも貧乏な人も、社会的地位の高い人もふつうの人も誰もが等しく身ひとつで放り出されるような状況だ)に置かれた時には、個人的なわずかな所有物を供出して分け合おうとする。人間はそういう存在であるらしい。
そこで食料の蓄えの話だ。たとえば家族分の食料と水と燃料をしっかり備蓄したとしよう。地震や津波、火災などの被害からも免れた。しかし、隣には命以外すべてを失った人がたくさんいる。そんな状況で、自分たち家族だけが非常用の食料・水・燃料を独占的に使うことが果たして正しいことなのかどうか。いやむしろ、善悪の問題以前に、そんなことができるのかどうか。
生きのびるための食料・水・燃料の備蓄は大切だ。しかし、ただ備蓄しさえすればいいわけではない。数量の問題もある。消費期限管理の問題も面倒だ。そして、それらの問題をクリアした上で、災害時に備蓄物が被災しないことが求められる。(津波で備蓄が流されたという地域がいかに多かったことか!)
さらにその先に「限られた物資しか残らなかった時」という厳しい問題が待っている。
答えは分からない。正解などないだろう。できる限りを考えること。どんな被害がありうるのか想像して、これでもかってくらい想像して、その対策をとり、できうる限り備えること。そういう考え方と行動のベクトルを持ち続けることしかないのではないか。
防災グッズを買ったから大丈夫。保存食品を先入先出で備蓄しているから大丈夫。巨大堤防があるから大丈夫。シビアアクシデントは起きないはずだから大丈夫――。みな同根である。
これがきっと肝心なことだから繰り返そう。
防災グッズを買ったから大丈夫。保存食品を先入先出で備蓄しているから大丈夫。巨大堤防があるから大丈夫。シビアアクシデントは起きないはずだから大丈夫――。みな同根である。
いろいろと考えさせられることの多い防災訓練だったから、萃点だけでも伝わるように記しておいた。
●TEXT:井上良太
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