みちのく見語り聞き語り百ばなし~1~

iRyota25

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1. 春

おらだちゃ東北の者には、春は特別なんだぁ
今年ゃ早くて、二月の半ばにゃタラの芽が出だとか
バッケ(フキノトウ)をめっけだりして
みんなが春めいた話、はじめていだぁ

今年は雪も少にゃぁし、春が早っい感じだぁ
こないだ、スーパーの売り場にソラマメが並んでだぁ
いぐら何でもハウス栽培のものなんだろうが、
春が待ち遠しいというのが、ここらの人の気持ちだ

三月に入ると空の色も変わってくるし
小鳥の鳴き声や土の匂いにも春を感じるンだ
冬の間、彼岸が過ぎれば春なんだと待ちこがれできた
春なんだぁ
春なんだどもなぁ

陸前高田で朗読活動をされる方に語ってもらった言葉

東北の言葉でお話し頂いた文章についての解説記事はこちらにあります
 東北の言葉でお話し頂いた文章についての解説記事はこちらにあります
potaru.com

(陸前高田1)

2. 聞き取り、制作中

3. ダレトモシキ(大迫1)

3. 大迫(おおはさま)町(現在は岩手県花巻市)のひなまつりに行ったときのこと。かつて宿場町だった街道沿いの民家の各所で、江戸時代の頃から伝えられてきた雛人形が展示されるという催しなのであったのだが、そのメイン会場となった大迫交流活性化センターで、というか正確には、大迫交流活性化センターの隣にある旧・稗貫郡役所を移転復元した建物の中で、ひとりの老婦人に逆ナンパ?された。

稗貫郡役所というのは、宮沢賢治の童話「猫の事務所」の舞台として擬せられている建物。再建された建物の中には、可愛らしい猫のオブジェが飾られていたり、小学校1年生用よりももっと小さな椅子が、教壇代わりのテレビの前に並べられていたりして、観光の目で訪れた人を楽しませてくれるものだったのだが、この日は年に一度、旧・大迫町のビッグイベント「宿場のひなまつり」が開催中。この建物も、隣接する大迫交流活性化センターの第二会場として、宮沢賢治関連の展示と併設で、かつての宿場町に伝えられてきた雛人形が展示されたりもしていたのだった。

早池峰(はやちね)と賢治の展示館(旧・稗貫郡役所)
早池峰(はやちね)と賢治の展示館(旧・稗貫郡役所)

さて、いつものクセで話が長くなってしまいそうなので簡潔に伝えることにする。百話のひとつとしてお伝えしたいエピソードはこんなこと。それは、数日前に大迫ひなまつりを訪れたものの、ご説明いただいた人それぞれのお話しが面白くて、聞けば聞くほど質問したいことが増えてきて、けっきょく会場全部を回ることなどでず、改めて訪問した。そんな時の出来事。

前回のことから学習して、丸一日、せめて半日はなければお話しを聞いて回れまいと、昼飯抜きで昼過ぎには大迫交流活性化センターに到着した。しかし、ひなまつりのメイン会場である大迫交流活性化センターが鉄筋コンクリート造の建物なのに対して、同じ駐車場に面している旧・稗貫郡役所の建物の方は、こちらはあまりにも魅力的。しかも「ひなまつり第二会場」と記されていたから、ちょっとこっちを先に見てみようかと入ってみたのだったのだが。

建物の中には賢治作品「猫の事務所」の物語がかわいいオブジェで再現された隙間を埋めるかのように、歴史的な資料が展示されていた。

そこでの小さな出来事を小説的な言い方をするならこんな感じか。

ぼくはその部屋に入って、それまで自分がまったく知らなかった世界のドアがいたるところにあるような気がした。しかしドアのほとんどは閉じられたまま。鍵がかかっているのかどうかも分からない。そんなことを思ったりしながら、猫のオブジェの間の資料に見入っていると、背後から女性の声がした。

あ〜ぁ、ひとりで見ててもなんだかだからね。

振り返ると、そこには高齢の女性がひとり、わたしと同じように腰をかがめて展示に見入っていた。その女性は「あ~ぁ、ひとりで見ててもなんだかだからね」という言葉を、つぶやくように、あるいはひとり言のように三度ほど繰り返した。そして、「あなたさんは、どこからいらしたの?」と話しかけてきてくれた。

ちょっとした暇つぶしとか、淋しそうにひとりで展示に見入っているわたしへのサービスみたいなものだったのかもしれないが、そこから知らない世界が開けていく。

「風の又三郎」の物語世界のバックボーンとしてちらりと示されていた「あの鉱物」の実物や、その鉱脈がこの近隣で再発見されたことなどなど、彼女の説明はどこまで豊富な知識を持っているのかと思うほど。さらに、まるで呪文のような言葉を、とてもたいせつな、この町のことや宮沢賢治を知る上での鍵となる言葉だとして繰り返すのだった。

呪文のような言葉は「ダレトモシキ」。

何度も何度も彼女はその言葉を繰り返した。東北独特の方言なのかと思い、何度か聞き返したのだが、わたしの耳には「ダレトモシキ」としか聞き取れなかった。ダレトモシキを知らないのかと、彼女は落胆したような表情を浮かべながらも続けた。

「わたしだってよくは知らないのす。でもね、わたしの母さんから聞いたんす。賢治さんが大迫に来ていたのと同じ頃に、リュウタロウって偉い人が小学校の校長先生として来ていなすって、ダレトモシキをやられていたのす。いまでは当たり前のことかもしれないすけど、毎日のように朝礼をやって、朝礼では講堂で全校生徒の前で子どもたちが毎日2人、なんだかの発表をしなければらなかったのす」

大勢の人の前で話をする訓練ということですかと尋ねると、うんそうだと彼女は言った。誰もがしゃべることを経験する朝礼、つまり「誰でも式」なんだと吞み込みそうになった。そういうことだと決め込んで、ごくりと吞み込もうとした時、彼女は大きくかぶりを振って、「おらの先生んとこさ、いこ」と、わたしのことを引っ張っていったのだった。引っ張っていくと言っても手を引くとか、縄をつけて無理矢理引きずっていくというのではなく、やんわりと、半分くらいしか通じない言葉をオーラでおぎなうかのごとく。わたしは目に見えない糸で誘導されるみたいに彼女の後を従順に歩いていったのだった。

言葉。そして言葉だけではない何か不思議なもの。宮沢賢治ゆかりの場所の持つなんだかよく分からないものに動かされているような、そんな気がした。(大迫1)

(大迫2に続く)

4. 雪のように白い犬が話したこと(雪1)

4. この国では、犬だって目で話す。そんなことを教えられたのは、岩手県の内陸部、盛岡市だったか矢巾町か紫波町だったか、国道4号線を走っていた時に車の窓から偶然目にしたこんな一幕。それはまさに小さなステージそのものだった。

雪が降り続いた後に数日前から晴天が続き、道路の雪は融けていた。歩道の雪もほぼない。ところどころに除雪して積み上げられた雪の山が残っているという状況を想像してみてほしい。観客であるわたしは自動車でその現場に近づいていきながら、前方の信号が赤になったのでブレーキを踏んで減速して、そして停まった。そんな冬の終わりとしてはありふれた景色が、この一幕の舞台設定だ。

主演俳優と助演俳優を説明する前に、「遮光器土偶」という言葉を思い出してほしい。何なら画像検索していただいてもいい。縄文時代に北日本を中心に出土する土偶(土でつくられた人形)で、大型のサングラスのような目元が印象的。宇宙飛行士をかたどったのではないかとさえ言われる。オーパーツ(out-of-place artifacts)といった方が分かりやすいかもしれない。青森県から出土したものが超有名だが、岩手県でも同様な土偶はたくさん発見されている。

しかしオーパーツは助演の方。主演はもっとメジャーな、某携帯会社のCMに登場していたのとそっくりな白い柴犬。

ある日、ブレーキをかけて車を停車していたら、車窓から見える前方から遮光器土偶みたいに大きな眼鏡をかけ、遮光器土偶みたいな体型の男性が、CMのワンコそっくりな白い柴犬と散歩しながらこちらの方向に歩道を歩いてきた。

ふくよかな男性と、真っ白でシュッと美形な柴犬の散歩。微笑ましい光景だとか何だとか思うでもなく何となく眺めていたら、遮光器の男性が柴犬をすっと持ち上げた。と、次の瞬間、遮光器の男性は柴犬を、柴犬と同じくらい白い残雪の山に放り投げたのだった。一瞬の出来事だった。

♪ い〜ぬは喜び庭かけ回り、猫はこたつで丸くなる〜

童謡の歌詞を思い浮かべる時間的余裕すらなかった。

大人の背丈以上、2メートルほども積み上げられた雪山の中腹に放り投げられた犬は、慌てふためいて散歩用のリードを手にしているご主人を見上げるやいなや、

「なななんてこと、すんだよ!」

と、瞳とばたつかせる足とでアピールしつつ、雪山を慌てふためくように駆け下りるや、雪のない歩道に立ってからもう一度、ご主人を見上げた。

「おれ、どうすりゃよかったんだよぉ?」

この間、ほんの2、3秒。赤信号で減速して停止して、発進するまでの一瞬の映像。でもそれはアカデミー賞でオスカーを獲得しても不思議でないくらい鮮烈なものだった。わたしが走り去ったその後で、さらにどんなドラマが続いていったのかは分からないが…。

ただ——。雪山に投げられ、着地したその瞬間、柴犬はたしかに「なんてことするんだ!」と抗議していたし、歩道に駆け下りた後、ご主人の期待に背いてしまったことを悔やみつつ、「しかし…」と葛藤していた。

わたしは目を丸くして大いに笑わせてもらった。その後も何度もあのシーンを思い出して笑った。たくさんの人にそのことを語って、そしてその都度笑った。あの一瞬のワンコの表情が忘れられなかった。なぜなんだろう。

一瞬の物語の舞台となったのは、あの遠野物語に描かれたのと場所的にも時間的にもつながった岩手県。真っ赤な河童がいたり、馬と人が天国で結婚したりということが普通の出来事として語り継がれてきた国だ。そのことを思えば、一瞬の舞台の意味も違って見えてくる。(雪1)

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