息子へ。東北の「夏休みの友」

iRyota25

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久之浜・浜風商店街の駄菓子屋さん、あかもの屋さんの店頭に、たくさんの小学生たちの姿があった。まさに「引きも切らずやってくる」ってそんな感じ。

「夏休みだから?」と尋ねると、
「いえもう夏休みは終わりました」と律儀な言葉が返ってきた。

そっか、夏休みの宿題も終わらせて、小さな彼女たちは今日の始業式から二学期に突入していたんだ。はっ!と思った。父さん、お前の夏休みの宿題を手伝わなかったけど大丈夫だった?

夏休みの宿題といえば「夏休みの友」。
今年の夏は東北で、たくさん宿題をしてきたよ。

ただ、ちょっと違うところがある。
お前たちの宿題はどんどん片づけていくものだけど、
父さんのは、どんどん「見つけて」いかなきゃないものなんだ。
そのことに今日、石巻で気づいたんだ。

こどもたちの未来

これから何年、何十年もかかる震災復興の「主役」は今のこどもたちだ。
そんなフレーズはよく耳にする。父さんもよく使ってきた。

本当に「主役であるこどもたち」を応援するためには、
こどもたちと本当に真剣に付き合っていく人たちがもっともっと必要だ。

いや、大人たちがそんなことを言っている間に、
こどもたちが自分たちでどんどん立ち上がろうとしている。
そんな動きを知れたことが新鮮だった。
なぜだろう、ただありがとうと言いたかった。

【ぽたるページ】こどぱにー、お祭りで大・盛・況!
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こども∞感ぱにー(こどもむげんかんぱにー)「こどぱにー」の活躍は感動的だった。そして同時に、苦しい中その運営に青春をかける人たちの姿は、「何かをしなければ!」という思いをかきたててくれるんだ。

【ぽたるページ】南三陸・長須賀ビーチ「最高のガッツポーズ」
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美しい南の楽園の海よりも、自分たちが遊んできた地元のきれいな海でもう一度遊びたい!
子どもたちの熱意と、それにマジで向き合い、付き合った若者たちの物語だ。
今年はほとんど手伝うことができなかったけど、来年はやるよ。

 【ぽたるページ】息子へ。被災地からの手紙(2013年8月25日)
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汚された海を何とかしたいと自分たちで立ち上がった二十歳前後の若者たち。
ノウハウもない。財力もない。あるのは熱意と仲間だけ。
今年の夏は東北の海のいろいろな場所で、そんな思いから動き出す人たちがいた。
そんな人たちに出会えたのは、とっても大きな財産だ。

町の未来

未来の町がどんな姿になるのか分からない。
自分たちがどこに住むことになるかすら分からない。
想像できる? そんな人たちが日本に何万人もいるということを。

他人事じゃないということ。自分自身のことだということ。
むしろ、すでにダメダメになっている「いま」を変える重要なヒントが
「ここ」にあるということ。

【ぽたるページ】東北、この一枚。(8)川開きの朝の「がんばろう! 石巻」
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ひとつひとつに意味がある。津波に流されて消えてしまった町に暮らしてきた、
人々の思いや願いが込められている。
看板に描かれた「がんばろう!」は、町の人たちに対してであり、
日本全体に対してであり、そして自分たちに対してのメッセージなんだ。

【ぽたるページ】ロシナンテスな日々
 【ぽたるページ】ロシナンテスな日々
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東北で活動するロシナンテスは、「わたしたちは、ここにいる。」
と語り続けてきた。
「まっとう」であることを全うしようとすると、一過性の活動などありえない。
「わたしたちは、ここにいる。」という言葉には、
あそこの人、ここの人という区別を飛び越えて、未来を形にする力がある。

【ぽたるページ】東北、この一枚。(7)ビルの壁面にかつての町の姿を映す映写会
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津波で住まいを流された人たちの多くは、家族の記憶が記録されたアルバムも、ビデオも失っている。前を向いてやっていこうと心に決めるために、過去をしっかり振り返り、過去を心の中に取り戻すことがどんなに大切なことなのか。
石巻の川開きの日、人々の涙が教えてくれた。

放射能に負けない未来

人間の科学では、放射能を除去することはできない。
汚染されたものを移動させる移染はできても、
放射能そのものを消し去ることはできない。

でも、それは人間の敗北を意味しないということを知った。
負けない農業があることを知った。

人間の強さを、父さんは伝えていかなければならない。

【ぽたるページ】息子へ。被災地からの手紙(2013年8月27日) - By iRyota25 - ぽたる
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原発から約30キロの場所で、放射能に負けることなく米作りを続け、放射能検出限界未満の米作りを実現してきた白土武さんが、インタビューでこう言った。
「こんなことがあったから、なおのこと農業が好きになったんだ」
鳥肌が止まらなかった。

夏休みの友「しゅくだいリスト」

◆町のアルバムをつくるお手伝い

石巻ニューゼで、2階のレジリエンスバーではなく、1階の展示を久々にしっかり見せてもらっていたら、石巻日日新聞の阿部さんが、震災前の石巻の写真がいっぱい詰まったアルバムを見せてくれた。

「これどこですか?」
「あ、橋通りの!」
「へー、これが渡波ですか!?海がきれ―」

牡鹿半島出身の阿部さんは、「散髪のため」という目的で定期的にお母様と訪れた石巻でプラモデル屋さんに行ったり、お母様のショッピングが終わるまで喫茶店で待っていたという小学校の頃の思い出など、たくさん話してくれた。

川開きの時のビル壁映写会でもそうだったが、写真やビデオなど過去の記録を失ったことは被災地の人たちの痛みになっている。

せっかくのアルバムだ。一枚一枚の写真にまつわるテキストを、取材したり書き溜めたり、書き溜めたものに新たに町の人たちが記憶を書き加えていくようなフォーマットを整備したり。そんな仕事がきっと求められていると思う。

阿部さんとは、協力してやっていきましょうと約束した。
「思い出したくない」という人も少なくないなか、どんな形で作業を進めるかから、一歩ずつ「宿題」を進めていこうと思っている。

◆「日課」的なしごとを行いながら、ある程度の期間滞在して活動する

「取材(外からやってきて、話を聞くなどの活動を行い、去っていくというスタンスの活動)」ではなく、ステイすることで見えるようになるものがある――。
ということは、何度も往復する中で感じていた。

ロシナンテスのロッシ―ハウスを訪ねて確信した。ツアー的な動きの中で見るべきものを拾っていくのは効率的だ。しかし、居続けなければ見えてこないものがある。そういうものが、実は案外たいせつなものだったりする。

「居てくれたら手伝ってほしいこと、いろいろあるのに」

そう言ってもらうことも少なくない。というか多い。たとえば、人がいないという理由から、常時オープンできない施設がある(石巻まちの本棚もそうだ)。こどもの遊び支援のように、常時人手不足の中で活動を行っているところもある。

たとえば「毎月何日から何日の間はどこにいる」という、
居場所を明らかにした上での滞在活動。
そろそろ準備を始める時かもしれない。

◆被災した地域の人たちの声を世界に発信する

がんばろう!石巻の会の黒澤さんから持ちかけてもらった「宿題」だ。

被災地の記憶が薄れていく、という意識すら薄れているような現状。
大きなメディアに期待していても、被災地はどんどん忘れられていくばかり。
それならば、自分たちで番組を発信していこう。

最初は月1回でもいい。定期的に継続的に、そこにいる人たちの生の姿を、本当の声を発信していくことが大切だ。

個人的な夢もある。
将来的には、「おばあちゃんの知恵袋的活動」とか「おじいちゃんの世直し大作戦」とか「朝からお茶っこ中継」などベタでローカルな、しかし根底に未来志向な社会変革意識が流れている番組をつくって発信したい。

さて、具体的にどうするか。
現地でコラボしてくれる人も含めて、
実現に向けての方策を具体的に練って行こうと思う。

【ぽたるページ】息子へ。東北からの手紙(2013年8月29日)
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朝の「がんばろう!石巻」看板。黒澤さんとの偶然の出会いから話が立ち上がっていく…。記事の後半で、東北からの生放送プランが立ち上がった経緯を紹介しています。

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●TEXT+PHOTO:井上良太(ライター)

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