福島県いわき市大久町小久。福島第一原子力発電所から直線距離で30kmを少し越えるこの地域には、原発事故の直後からコメ作りの再生に取り組んできた人たちがいる。距離が近いにも関わらず空間線量は比較的低い。しかし農地にホットスポットがあるのは事実。原発事故の実害と風評被害にに戦っていくためには、作物の放射線量を低減するしかない。ほとんどの農家が消費者への直販を行ってきたという、美味しいコメ作りの先進地域の人々の、安心できる農業への挑戦をリポートする。
今回は、線量を抑えるコメ作りのヒントが見つかった瞬間について小久地区農業生産組合の佐藤三栄さんが語ってくれる。
セシウムは泥の中で移動する?
「セシウムの同位体に134と137があるなんて言われたって、最初は何のことだかチンプンカンプンでした」
とはいえ、ことは自分たちの生業である農業の話。今年コメを作れるのか、本当に作って大丈夫なのかという重要な問題に直結している。目に見えない放射能がどこに潜んでいるのかを探す作業を続ける中、佐藤さんたちはたくさんのことを勉強した。
勉強といっても学校の授業のようなものではない。自分の手で土を耕し、用水堀の整備をし、草取りをし、鍬で畦を整え、成分を確かめるために土を舐め…、といったこれまでの農作業の中で、少しでもおいしいコメがとれるように工夫してきたのと同様の方法だった。違いは、「どうすれば放射線の影響を抑えたコメ作りができるか」というテーマが加わったことだけ。
「いろいろ調べていく中で、不思議なことも見つけました」
「最初はどういうことなのか理解に苦しみました」と佐藤さん。いろいろ考えるうちに「どうして」を説明する理由にたどり着く。
「土と水を混ぜ合わせると、砂粒のように大きいものほど下に沈み、泥のような細かな粒子は上の方に溜まります。セシウムは粒子の小さな泥に引っ付く性質があるので、泥の粒子と一緒に田んぼの表面近くに集まるんですね」
話を整理しよう。田んぼを耕す前の状態ではセシウムは土壌の表面近くに溜まっている。しかし、稲作をするために田んぼを耕すと、セシウムも土の中に撹拌されてしまう。結果的に1キログラム単位のベクレルは下がるが、セシウムが田んぼの土壌の深いところまで広がった状態だ。しかし、田んぼに水を入れて代かきすると、セシウムが付着した粒子の小さな泥は、粒子の大きな土や砂よりも上の方に沈殿する。つまり田んぼの表面ほどベクレルが高くなる。検査データを並べて見ると、まるでセシウムが泥の中で表面に移動していくように見えるのだ。
「代かきしてセシウムが表面に集まった後に、吸着能力にすぐれたゼオライト(注**)を田んぼの表面にまけば、セシウムはゼオライトの中に取り込まれます。結果として稲に移行しにくくなるんじゃないか。そんな、放射性物質を抑えたコメ作りの可能性が、仮説として見えてきたわけです」
注*)代かき:田んぼの土をトラクターなどで掘り返した後、水を入れて均し、田植えができる状態まで田んぼを整える作業。注**)ゼオライト:鉱物の一種で微細な空洞が規則的に並んだ構造をもつ。この空洞にセシウムが吸い込まれ、閉じ込められるとされている。
放射能に負けない佐藤さんたちのコメ作りは、毎日連載でお届けしています。
●TEXT+PHOTO:井上良太(株式会社ジェーピーツーワン)
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