福島県いわき市大久町小久。福島第一原子力発電所から直線距離で30kmを少し越えるこの地域には、原発事故の直後からコメ作りの再生に取り組んできた人たちがいる。距離が近いにも関わらず空間線量は比較的低い。しかし農地にホットスポットがあるのは事実。原発事故の実害と風評被害にに戦っていくためには、作物の放射線量を低減するしかない。ほとんどの農家が消費者への直販を行ってきたという、美味しいコメ作りの先進地域の人々の、安心できる農業への挑戦をリポートする。
農家が放射能の自主検査をはじめたわけ
原発事故直後の4月8日、政府は稲の作付に関して土壌中の放射性セシウム濃度の上限値を1㎏あたり5,000Bq(注*)とする指標を発表した。これを基準に福島県の水田でも調査が行われ、いわき市大久町小久(久之浜町の山手に当たる農村地域)では「耕作は可能」とされた。
「本当に大丈夫なのか?」
小久地区農業生産組合の佐藤三栄さんは行政による検査に疑問を感じた。小久地区は福島原発から直線距離で30kmを少し越えるエリア。原発事故の影響がどれくらいのものなのか、原発の爆発などでいったいどれくらいの放射性物質が田んぼに降ってきたのか、はたして安全なコメを作ることができるのか――。
「どうぞ稲を育ててくださいって言われたって、ホントに?っていうのが偽らざるところですよ。はっきり言って行政の検査は信じられなかった。大久ってところで計って南に何キロも離れた四倉で計って、どちらも基準内だったからその間のエリアは耕作可能と言うんですよ。その頃にはホットスポットという話も出ていたし、自分たちで調べてみないと納得できないという話になったわけです」
検査にはお金がかかる。1検体あたり21,000円。1枚の田んぼで4隅と真ん中の5カ所を測ると10万円を超える金額になってしまう。何枚もの田んぼで自主検査を行うとなると費用の工面も大変だ。
「小久地域は圃場整備の時のお金が少し残っていたから、それを借り受ける形で最初の自主検査は行いました」
ここでちょっと考えてみてほしい。佐藤さんは農家である。田んぼでコメを作るのが仕事だ。行政がOKを出しているのに、どうして農地の自主検査にこだわったのか。
その答えは単純明快。「自分たちが安心して食べられるコメでなければお客さんに届けることはできない」という思いがあったからだ。安心できるコメを作って、買ってくれる人に喜んでほしい。自分たちが疑問を感じているままでは、コメ作りをするわけにはいかない。
そんな思いで田んぼの土を検体として放射線量を測定する中で、これまで分からなかったことが見えてきた。新たに分かったことを元にして、測定限界以下まで放射線量を抑えたコメをつくる方法も見えてきた。
注*)ベクレル:物質が放射線を出す量を表す単位。1秒間に1つの原子核が崩壊して放射線を出すと1ベクレルとカウントする。単位は「Bq」。いっぽうシーベルト(Sv)は放射能が生体に及ぼす影響を示す単位。
放射能に負けない佐藤さんたちのコメ作りの記事は、毎日連載でお届けします。
●TEXT+PHOTO:井上良太(株式会社ジェーピーツーワン)
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