【シリーズ・この人に聞く!第99回】日本を代表する若きバンドネオン奏者 三浦一馬さん

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写真提供:ビクターエンタテインメント(株)
写真提供:ビクターエンタテインメント(株)

「10歳まではいろんな楽器をおもちゃ代わりに遊んでいた」ピアニストの両親をもち、生まれた時から音楽の環境があった。演奏の練習というより、好きな楽器で遊ぶことが日常のひとコマ。それが10歳で、バンドネオンとの衝撃的出会いをきっかけに運命が変わった。16歳で音楽修業のためアルゼンチンは。日本の枠に縛られず、自由に軽やかに活動し続ける若きプリンスはどのような幼年期を過ごされたのでしょう。そもそもバンドネオンという楽器の魅力とは?じっくりお聞きしました。

三浦 一馬(みうら かずま)

1990年、東京都生まれ。タンゴのみならず他ジャンルの楽曲を編曲し演奏するなど、これまでのバンドネオンの概念にとらわれない意欲的な取り組で、新たなるバンドネオンの可能性を追求する真摯かつ精力的な活動をする気鋭のバンドネオン奏者。現在、バンドネオン最高峰と名高いネストル・マルコーニ氏に師事。これまでにビクターエンタテインメント(株)より3枚のアルバムをリリース。いずれもレコード芸術誌において特選版に選ばれるなど高い評価を得ている。

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10歳でバンドネオンに心をわしづかみに。

――バンドネオンという楽器と10歳の時に衝撃的出会いをされたそうですが、一馬さんはご両親がピアニストでいらして音楽の環境が生まれながらに備わっていらしたから目覚めが早かった?

イタリアで過ごした6歳頃。前列センターが一馬少年。

イタリアで過ごした6歳頃。前列センターが一馬少年。

僕は両親がピアニストとして演奏活動をする一方、子どもたちにレッスンをするピアノ教室もやっている音楽一家で育ちました。ピアノやバイオリンやギターなどが家にあって小さな頃からそれを弾いて遊んでいました。両親から「これをやりなさい」と強要されることがまったくなかった。音楽は好きで得意でしたが、10歳でバンドネオンと出会うまで一度も真剣に楽器を演奏したことがありませんでした。ある時、父の仕事の関係で一家でイタリアに住むことになったのが、僕にとっての原体験です。

――イタリアに住んでいた頃は、どんな毎日を過ごされていましたか。

6歳から8歳頃まで2年間ほど、フィレンツェに住んでいました。町の子が通う現地校へ入学し、言葉や文化は違えど友達はいましたし、イタリア語はその頃覚えました。いきなり異国へ移住してすごく苦労した記憶はなく自然に馴染めた。フィレンツェって美術とか音楽とか芸術が溢れている街自体が美術館のような環境ですが、当時は細かな知識など何もなく、17世紀の石畳を自転車で走り回っていた。今思うと構えずにありのままを楽しめたその頃って、すごく幸せな体験でした。この2年間は僕の感性のベースとなる部分はその時期に培われました。世界にはいろんなことがあると感覚的に知ったのも大きかった。

――その年頃は一番脳が柔らかくて感受性も豊かですよね。日本に戻られてから、バンドネオンと出会ったのですよね?

そうです。日本に戻ってしばらくしてから、たまたま「N響アワー」という番組のバンドネオン特集をテレビで観て、タンゴ音楽を聴いたのがきっかけです。もう見た瞬間「あ、これをやりたい!これしかない!」と強く思いました。音も形もすべてカッコいい!アコーデオンとも違うこの楽器なんだろう?…とオトナな世界を垣間見たようなそんな気分でした。

――とはいえ、ピアノでもなくバイオリンでもない、バンドネオンの魅力ってどんな点にありましたか?

僕はもともと機械好き。小さなドライバーを使って解体して機械の仕組みを知りたくなっちゃう。バンドネオンは機械好き心をくすぐる形をしていたものですから(笑)、左右がボタンで右38個、左33個真ん中はジャバラ。鍵盤だったらドレミファソ…の規則性が明確ですが、バンドネオンのボタンは左右並びが不規則。音色もジャバラを押した時と引いた時でいろいろ奏でる。タンゴで演奏するのでアルゼンチンの楽器と思われがちですが、これはドイツで教会のパイプオルガンの携帯式として発明されたものだそうです。

ステージで実践の積み重ねが力になった。

――10歳でバンドネオンと出会ってから小松亮太さんに師事されたとか?この楽器を教えてくださる方も少なかったですよね?

16歳で「プロデビューコンサート」を自ら企画、開催した。

16歳で「プロデビューコンサート」を自ら企画、開催した。

10歳から16歳までの6年間、小松先生にはバンドネオンの基礎を徹底的に叩きこまれました。ありがたいことに初ステージは12歳。それを皮切りに一緒に出演させて頂いて、現場とか本番がどういうものか言葉でだけでなく体感させてもらえました。小松先生は父よりもずっと若く、でもお兄さんというほど僕と年は近くない存在です。

――小学校高学年から中学生、高校1年生くらいまで、学校に行きながらバンドネオンに熱中していたのですね。

学校の勉強もちゃんとやって、テストでは各科目平均点以上取らないと友達との大切なコミュニケーションツールである携帯を没収されてしまう家のルールがあったので、手を抜けなくて忙しかった。学校の部活動は僕の学校では何かしらに所属必須でしたが、バンドネオンをやりたくて練習時間も必要なことを学校に伝えて特例免除してもらえました。僕がコンサートに出演したり、メディアに取り上げてもらえたりすると、授業1コマ分をビデオ観る授業にしてバックアップをしてくれました。

――すごく多感な時期だったと思いますが、途中で好きという気持ちが変わるなんてことはありませんでしたか?

往復4時間かけてバンドネオンを習いに通って、今よりもずっと体格も小さく、でもバンドネオンはこのサイズですから荷物を抱えて終電で帰宅することも結構ありました。その頃、何度か辛くてやめたいなぁ…と思ったことも正直いってありました。でも嫌だなって思う気持ちより、好きだなって思う気持ちのほうがほんの少し勝っていたから続けられたんじゃないかと。嫌いだけど好き…という感じ。バンドネオンは運動神経や反射神経も求められる楽器で、別名「悪魔が発明した楽器」と言われる位、めちゃめちゃ複雑です。でも心を捕えられるともう離れられない。僕も悪魔に捕えられた一人でしょう(笑)。

――一日にどのくらい練習されていらしたんですか?

バンドネオンと出会った頃は好きで好きでたまらなくて、練習するというよりも触っていたい気持ちが強かった。学校へ行く前に早起きして5時半とか6時には起きて触ってから登校。帰ってきてからは1時間半から2時間練習。曲を演奏するようになってからはもっと練習時間が増えることになりました。それを見ていた5歳下の妹も興味を持って、見よう見まねで1フレーズ弾けるようになったりしてました。

興味のアンテナを拡げてほしい。

――16歳まで小松亮太さんに師事されてから後、家族と離れて海外留学をされて。音楽のための時間だけでなく、生活もしないとならないしどうされていたんですか?

バンドネオン奏者の第一人者マルコーニ氏には打ち上げの席で弟子入りを直談判した。

バンドネオン奏者の第一人者マルコーニ氏には打ち上げの席で弟子入りを直談判した。

2006年にバンドネオン界の最高峰というネストル・マルコーニ氏と出会って、本場を見てみたいと思うようになってアルゼンチンへ行くことにしました。16歳の時、自作CDを制作して、その売り上げで渡航費用を捻出してアルゼンチンに渡りました。今でも師とはバンドネオンを通じて交流があります。生活は誰も頼る人がいないと、あきらめるようになります。お腹すけば食事を作らないとならないし、着る服が無ければ洗濯しないとならないし、トラブルが発生すれば一日丸つぶれ。アルゼンチンはラテン系ですから基本的に楽天的で適当です。そういうことにも、あきらめがついた(笑)。

――10代のほぼすべてをバンドネオンに捧げてこられて、その間に反抗期はありませんでしたか?

ありましたよ!自分がわからなくなってきて…。商店街の小さなステージで30分ゲスト出演したりチョクチョクやっていた結構忙しい中学生時代。自分は学生なのか?セミプロなのか?ちょっとうまいアマチュアなのか?…自分の立場は一体何なのか?肩書きは何だろう?と、そういうのをハッキリさせたくなってきた。それで16歳の時に「プロデビューコンサート」と名付けて地元と東京の2か所で開催しました。曲目も、メンバーも、自分で全部考えてセルフプロデュース。各関係者の方にも招待状を書いて発送。そういう発信によってプロと位置付けることができた。それから不思議なほど、いろんなご縁に恵まれるようになりました。

――ピアニストのご両親は今の一馬さんの活躍ぶりをとっても喜んでいらっしゃるのでは?

両親はいつも応援してくれています。僕が10歳でハンドネオンをやりたい!と言った時も、実は反対されるかな?と思ったのですが「ああ、いいんじゃない?やってみれば?」とすごく賛成してくれました。但し、両親もバンドネオンという楽器のことを知らなかった(笑)。後にその時のことを両親に聞くと「どうせすぐやめるだろうと思ったのに、思いのほか続けたからビックリした」…と言われました。僕の場合、本番の一つひとつが学校のようなものです。うまくいった時も、ダメだった時も、そこから学ぶ。練習しなくてはならないからやるのではなく、本番の恐怖がわかるから練習しなくちゃと思える。すごく幸せです。

――では最後に子どもを育てる親へのメッセージと共に、これからの演奏活動へ賭ける思いをお願い致します。

何か好きで取り組んでいるものには、その人の人生観やキャラクターまで変えてしまう力があります。僕はこの複雑怪奇で魅力的なバンドネオンに出会って、人見知りで消極的な性格が180度変わりました。子どもの頃、僕は自転車が好きで知らない場所はないくらい町中乗りまわしていた。もし言えるとしたら、傍にいる大人は、そういう子どもの冒険心とか興味のアンテナを拡げてほしいなと思います。バンドネオンはまだまだマイナーな楽器。いろんな場所で聴いて感動してもらいたい。タンゴだけでなくジャンルを超えて今後も新しい取り組みをします。ピアノやバイオリンのようなメジャーな楽器となれるよう、可能性を拡げていきたいですね。

編集後記

――ありがとうございました!10歳という年齢で未知の世界に触れ、躊躇なく挑んでいく姿勢に心をうたれました。ピアノでもバイオリンでもプロの音楽家として活動するのは大変な道のりですが、まだ日本に馴染みの薄い楽器バンドネオンを深く愛してやまない純粋さ。コンサートではバンドネオンの音色の美しさだけでなく、一馬さんご自身が心から感動している音楽を多くの人に届けたいという情熱が溢れていて涙がでました。今年は年男だそうで、さらに飛躍の年となるはずです。応援しています!!

取材・文/マザール あべみちこ

活動インフォメーション

 三浦一馬が魅せる再びのタンゴスペシャル
www.toshima-mirai.jp  

日程  2014年5月24日(土)
会場  東京芸術劇場プレイハウス
開場/開演時間  13:30開場 / 14:00開演
お問い合わせ  としまみらいチケットセンター: 03-3590-5321

 みなとみらいクラシック・クルーズ Vol.55 三浦一馬バンドネオン・リサイタル
kazumamiura.com  

日程  2014年4月22日(火)
会場  横浜みなとみらい大ホール
開場/開演時間  11:30開場 / 12:10開演   13:50開場 / 14:30開演
お問い合わせ  横浜みなとみらいホールチケットセンター: 045-682-2000

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