藤野先生のラスト体操

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「晴れてよかったな」

イチ、ニイ、サン、シ

体操しながら隣のお父さんがつぶやく。

「ホント、空が青いもんね」

イチ、ニイ、サン、シ

隣のお母さんが応える。

「今日はずいぶん多いな。40人くらい来てるんじゃないか」

イチ、ニイ、サン、シ

別のお父さんが言う。

「だって、藤野先生のラストだもんね」

ここは岩手県内で最大規模の復興住宅。

高齢化が全国レベルの遥か先を行く被災地では健康への関心が高い。震災後はとくにそうらしい。この復興住宅でも朝のラジオ体操はもう1年半続いている。入居が始まって間もなく、自治会が発足する半年も前から、有志が中心になって毎朝続けてきた。元日も3月11日も欠かさない。

それでも藤野先生が来てくれるときは特別だ。藤野恵美先生は一関市在住の健康運動指導士だ。震災前から三陸沿岸部で運動指導を続けてきた。指導中に陸前高田で被災したのを機に、震災後は沿岸部を中心に1000回以上も運動指導を行ってきた。

先生の体操はラジオ体操だけではない。NHKのみんなの体操のほか、いきものがかりの「ありがとう」や氷川きよしの「きよしのズンドコ節」、千昌夫の「北国の春」などの音楽に合わせたオリジナルのエクササイズも取り入れているから参加者に大好評。

「よく地面まで手が届くのは足が短いからね」など、声掛けもすてきだ。身体を動かしながら自然と笑顔があふれる。もちろん、足腰の悪い人にはベンチに座ってできるようにアレンジもしれくれる。

楽しんでいるうちに汗をかくほど身体を動かしている。肩が痛かったり膝が調子悪かったりしたのが、体操を終えるとスッキリしていたりもする。だから、藤野先生が来てくれるときには、朝の体操の参加者が増える。

みんな藤野先生の体操が、そして藤野先生が大好きなのだ。

この日の体操が終わった後、参加者が藤野先生の周りに集まった。この復興住宅で朝のラジオ体操を呼びかけてきたNさんが先生と握手した。

Nさんはラジオ体操ばかりでなく、仮設住宅の頃から仲間づくり、コミュニティづくりに力を入れてきた人。感極まってか、握手の後、藤野先生をハグした。

ふだんはそんなことしない感じのNさんのハグに、どよめきが起きる。そして拍手。みんな同じ気持ちだったようだ。

藤野先生の体操が今日でラストなのは、市としての支援活動が年度末をもって終了するからということらしい。

藤野先生はこれからも時々来てくれると言ってくれるが、仕事としての活動ではなくなってしまうのだから、これまで通りということはないだろう。

みんな感謝の気持ちでいっぱいだ。

だけど、さみしさもある。

その一方で、これからは自分たちでがんばらなきゃという気持ちもある。

この3月で支援が終わってしまうのは藤野先生の体操だけではない。お茶会だったり料理教室だったり手芸教室だったり、この3月は「今回でラスト」という催しが少なくなかった。

3月30日には福島県富岡町の災害FM「おだがいさまFM」を最後に、東日本大震災後に開局された4県30局の臨時災害FMのすべてが閉局した。町外や県外で避難生活を送る人たちを結びつける役割を果たしてきたFMの閉局は、被災地でのコミュニティづくりに大きな痛手だ。

これからは自分たちでがんばっていかなきゃ、と頭では分かっている。

がんばっている人たちもいる。でもがんばっている人たちが息切れしそうになっていることも少なくない。地元の人たちでがんばっていくためには、もうワンステップが必要ではないか。被災地で暮らしていてそう感じる。

誰かが言った。オリンピックまでには「大震災から復興しました!」ってことにするのが政府の方針なんだろうからな、と。誰もが同じように感じている。

震災から7年。建物ではなく、人のつながりという意味での「まち」の再生は、どっちに転がっても不思議ではない岐路に立っている。

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