「彼女」はとても気丈な人で、たまにプリプリ怒ることはあっても、いつもみんなをグングン引っ張っていくリーダーだ。
仮設住宅からの引っ越しの相談で出かけた車中でのこと。ラジオからは中学生の作文の入賞作品が、書いた当人の朗読で流れていた。言っちゃ悪いが、こんなふうに書けば褒められるだろうと考えて書いたような、まあよくあるタイプの入賞作文だった。
身を入れて聞いていると残念な気持ちが募ってしまうから、車窓の外の谷間の景色に眼を凝らして、どこかに春が落ちていないものかと探していた。
ちょうどそんなとき、後ろの席から息を噛み締めるような、すすり泣くような音が聞こえてきた。この車中で誰かが泣き出すなんて状況は考えられないから、いったい何の音だろうと思って後部座席の方を振り返ると、運転席の後ろに座ったボランティアの女性が、助手席の後ろ、ちょうど私の真後ろの席に座っている「彼女」にハンカチを差し伸べて、ほとんど何を言っているのか分からないような、しかしやさしい言葉で、慰めるようにして彼女の肩を髪をなでようとしていた。
一瞬、モードが変わった。髪をなでられた彼女の、まるで子どもが号泣するようにしゃくり上げる音がする。涙が止まらない様子だ。パクパクと空気を吸い込むばかりで、うまく吐き出すことができないようだ。それが苦しいのか、流れていく涙と嗚咽に抗って、息を吐き出そうとする。息だけでは吐き出しにくいのか、声を出すことで吐き出そうとする。
「頑張って、いるの、を、わたしは、知っている、よ、なんて、わたし、誰にも、言ってもらえないの」
30秒くらい前、車中に聞こえていたラジオからは、クラスの代表で何かの大会に出場したものの入賞できずに落ち込んでいた自分に友人がかけてくれた言葉、「あなたが人一倍努力してきたことを、私は知っているよ」といった言葉が作文を書いた中学生の肉声で流れていた。
「彼女」はとても気丈な人で、たまにプリプリ怒ることはあっても、いつもみんなをグングン引っ張っていくリーダーだ。
仮設住宅からの引っ越しの打ち合わせに向かう車中には、日差しが差し込んできて、春のようにぽかぽかしている。もうすぐあの日。
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