いのちを考える日

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閖上ではかさ上げが進み、公営住宅が建って、あたらしい町ができ上がっていっているように見えます。だけど、かさ上げによって私たちが暮らした町ははなくなりました。あのなつかしい景色、ひとりひとりにある景色、たとえばあの曲がり角を曲がった時に広がる光景はもう見ることができないんです。こんなことを言うと、復興に水を差すなというようなことを言われることもあります。しかし、かさ上げされた町で私たちが心に抱いている感情は、悲しさです。私たちは毎日、悲しさとたたかっているんです。

私たちは閖上の港の近くに、「閖上の記憶」という施設をつくって、震災の記憶を語り継ぐ活動を続けています。このことについても、「新しく生まれかわっていく地域に、過去にとらわれるような施設なんてもってのほかだ」と言われることがよくあります。そういうことを言う人が本当に多いのです。

名取市では3人の消防団員が殉職した消防車を処分しました。私たちは消防車をどうか潰さないでほしいとお願いしてきました。かたちが残っていれば、それを通じて語り継いでいくことができると考えたからです。広島の原爆ドームもそうでしょ。被爆から長い間、木の塀で閉ざされてはいたけれど、壊されずに残っていたからこそ、いまでは世界遺産です。

消防車を保存してほしいという訴えを受けて行政でも、いったんは処分の動きは止まりました。しかし、けっきょく潰してしまったんです。「被災した消防車を目にするのが辛いという市民が一部にいるから」という理由でした。一部の市民、誰なのかは明かされません。そうなんです、妨げる動きをする人たちはいつも「匿名」なんです。しかし、震災を語り継ごうとしている私たちはいつも実名です。消防車は匿名で処分することはできても、語り継ごうとする私たちの口を閉じさせることは誰にもできません。

3月11日は、失われた命を悼む日ですが、7年が経って、この日の意味は変わってきていると思います。3月11日は、いのちについて考える日。被災をした、していない、大切な人を亡くした、亡くしていない、といったこととは関係なく、すべての人が、いのちの大切さを考える日だと思います。

——ともだちのともだちの言葉を陸前高田で聞いた。上に紹介したのは、ライブステージでの語りのごく一部。聞き書きだから細かい部分に間違いがあるかもしれないが、受け止めたところを記した。

ライブの後半、閖上のかさ上げ地を撮影したドローン映像に、こころの針が振れた。地上を歩きながら変化を見てきた町を、空の上からの視線で見せられたことで、なつかしさという場違いな感情すら湧いた。青い海と、土色のかさ上げ地の景色が、陸前高田の光景とも合致した。そして、閖上の人たちが感じているという「悲しさ」を受け取った。

(ライブステージの紹介につづく)

後編『「地球のステージ」という名のステージ』
 後編『「地球のステージ」という名のステージ』
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会場内は撮影禁止だったので、エントランスホールのパネル展示の様子
会場内は撮影禁止だったので、エントランスホールのパネル展示の様子

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