【シリーズ・この人に聞く!第7回】教育者 義家弘介さんが伝える、「挫折から学べること」

kodonara

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「全国のさまざまな問題を抱えた生徒に、広く門戸を開いている北星学園余市高等学校。そこで教鞭をとっていた当時2003年4月に、過去15年間のドキュメンタリー番組『ヤンキー母校へ帰る~超不良が母校の熱血教師に!日本一泣ける卒業式まで…』がオンエアされ、ヤンキー先生との異名で一躍有名になった義家弘介さん。「夏休みだからこそ、親子でじっくり向き合う時間を」…という想いをこめて義家さんからキラキラした、そして胸のすくようなメッセージをいただきました。「子どもが熱中するものに、親がどうかかわるか?」その義家さんの熱い言葉を読んで、この夏、子どもと真剣に向き合ってみませんか。

義家 弘介(よしいえ ひろゆき)

1971年3月31日生まれ。長野県出身。O型、おひつじ座。
横浜市教育委員会教育委員、東北福祉大学特任講師、警察庁バーチャル弊害研究会委員。3歳男の子のお父さん。

 衆議院議員「義家弘介」OFFICIAL WEB SITE
www.yoshiie-hiroyuki.com  

失敗をする分、たくさん学べることがある。

――『小学校時代、落ち着きのない子だった』と書籍で読みました。今の時代、席に座っていられないADHD(多動性)などの病気の子も
多いようです。義家さんは、そうした子をどのように指導されますか。

まず「きめつけ」は駄目です。「ADHDの疑い」であっても病気として決めつけて、当たり前のしつけが疎かになっている側面がある。LDでも、ADHDであっても、私たちは実社会で生きていかねばなりません。教育の営みとは、未熟な子どもを社会化することです。成長の速度がちょっと遅い子もいます。それなのに、子どもを囲うような教育のありかたに僕はとても疑問を感じています。囲われてしまった結果、家で暴れている子がたくさんいる。失敗をたくさんしている子のほうが、経験則としてたくさんのことを学べるわけです。安易なきめつけほど、子どもたちの可能性を無にしてしまうものはないと思います。

――「教育」と「調教」は違うと。親の押し付けは、駄目だということでしょうか。

押し付けは、こうしてほしいという期待がスタートにあるわけで、そういう気持ちは否定すべきものではありません。でも、押し付ける「前提」というのがありますよね。それって、子どもが「この人に愛されている」と自覚しているかどうかだと思う。『トイレのしつけ』を例にすると、小さな子どもにとって、うんちを我慢するのって大変なこと。洋服の構造を覚えて、ふんばって、お尻をふく……という営みを嫌がらずに覚えられるのって、親の愛情が根拠にあるからですよ。部屋の中で垂れ流してしまうと、誰にも褒めてもらえないし、喜んでもらえませんよね。どんなことでも、そこに愛情があってこその押し付けで、愛情なくしては「調教」です。

――喜んでもらえる、といううれしい気持ちが次のステップになるわけですね。

僕は、勉強ができるようになってほしいという希望や期待を否定はしません。勉強はできたほうがいいに決まっています。でも、家に帰ってくるなり「宿題やったの?」「塾(または習い事)の時間でしょ」ではなく「今日はどんなことがあった?」と聞いてほしい。子どもに期待することは結構ですが、その前提が確認できているのだろうか?と。それさえできていれば、子どもは決して道に迷わないと思います。

――義家さんは小さい頃、負けず嫌いでしたか?習い事はどんなものをされてましたか?

負けず嫌いになる教育を受けてきました。「男子たるものは、勝ち続けよ」と。空手と書道で精神統一を養うために……。実践空手でしたから、体の大きな相手には叶わないわけですが、「だからもっと練習して勝つんだ」と父に仕込まれて。それで悔しくて泣いて、の繰り返し。まるで卓球の愛ちゃん(福原愛選手)みたいでしたよ(笑)。勝つためには悔しがることって必要です。今は、子どもより親のほうが悔しがっているでしょう?それは違うと思いますね。僕は、長男として強くなれと言われ続けてきました。それに反発していた時期もあったけれど、思い返せばよかったなと。厳しさが、長男であるという変えようのない理由で一貫していたので。

親が興味をもって関わっているか、が境目。

――義家さんは中学時代に荒れて、勘当されたという苦い体験がありました。その絶望の淵から、どうやって自分を立て直したのでしょうか。

16才で勘当され、児童相談所経由で里親に引き取られた僕の場合、一人で生きていくしかなかった。帰る家すらなかったのですから。勝負に勝つ・負けるというよりも「生きること」に負けられなかった。たとえリンチを受けても、泣いて帰れる家もない。ならば、その現実を乗り越えて、打ち勝てる現実を自分で創っていくしかないのだと考え直しました。
今、子どもたちにセーフティネットを張り巡らせて失敗をさせないように先回りしている教育が目に付きます。本当は、失敗や挫折から初めて向き合えることのほうがある。教育で守ってあげても、社会では誰も守りません。教育と社会の矛盾が大きくなり過ぎているんですね。どうせ生きるなら、楽しくなれるような現実を創るしかない。

――横浜市教育委員会委員としてたくさんの学校を訪問されていますが、どのようなことを感じられますか。

親については、教育熱心な親というと総じて「習い事をたくさんさせている親」というイメージになっているようですが、習い事は教育そのものではなく、ごく一部です。その見方ができていない家庭が多いですね。塾や習い事へ通わせたとしても、その体験を親も共有しているか、なんです。例えば、塾で今日何を勉強して、どこが間違えたのか、どんな先生に習っているのか。その程度のことを把握できずに「お金払っているんだから!」「はやく行きなさい」と追い立てるだけでは子どもは歪んでしまいます。考えて接していかなければ、変な方向へいってしまいます。

――高みの見物でなく、子どものやっていることに関心をもつべきですよね。義家さんのお母さんはどんな方でしたか。

産みの母は0才児の時に、父と離婚してそのまま……。父が再婚した新しい母とはうまくいきませんでした。先日、奈良県で起きた16歳少年の放火事件。あの家庭環境とまったく同じでしたね。父の離婚、再婚で祖父母に育てられました。継母も出産したばかりで、当時は一生懸命だったのだと思います。でも何か起きると必ず父に告げ口して、僕が父に殴られた。そして、僕は中学時代、夜の街に居場所を求め逃げた。奈良の少年は親の期待に応えようと、逃げなかったのでしょうね。大人になった今、まったく違う見方ができますが、あの頃はどうしようもありませんでした。

――腹違いの兄弟ができたり、家庭の中で孤立感もあったのでしょうね。今、ご自身は3歳のお子さんのお父さんになって、我が家流のルールや信条はありますか。

そうですね、僕は母というものを知らずに育った。息子には母がいつも傍にいる。僕は立会い出産をして、新しい命の誕生を目の当たりにしました。それこそ命がけで産んでいる姿をみて感動した。その母さんに向かって、大きくなって「ババァ」だなんて言ったら許しませんよ。きっと嫌われることでしょうが、それでいいと思うんです。父親なんて、良い人になる必要ありません。「お前のことをいつでも想っている」という気持ちが、いつか伝わればいいなと。

たとえ救えなくても、一緒に歩くことはできる。

――男の子にとって、父親は特別な存在なのかもしれませんね。毎日相談事が届くようですが、これだけは伝えなければ!ということを教えてください。

生きる意味を見失ってしまっている人が多いですよね。生きるということは、探すことなんです。苦しんでいる今より、明日は少し楽になるために一歩踏み出そうよということを伝えたい。僕は、苦しんでいる若者を救おうなんて全然思っていない。悲しみがあれば、喜びもある。絶望を知るからこそ、幸せを感じられる。すべて相対的に成り立っているもの。たくさん苦しんでいいんです。でも、その苦しみを一人で抱えきれなくなったら、僕は一緒にいて考えてやるよと。歩く勇気もなければ、背中を押してやります。立ち止まった時にどこを向くかなんです。下とか横とか後ろでなく、上を見上げられなくても、前を向こうよと。とにかく、僕と話している間くらいは「顔上げて、おれの目を見ろ!」と言うんですよ。子どもの今日は、大人の一日より濃い。毎日が人生に直結しているのです。今を見ようとすることからしか、教育は始まらない。

――子どもの「今」をよく見ろ、ということですね。では、習い事についての義家さんのお考えをお聞かせください。

今、どんな習い事をしているのか。どんな気持ちで、どんな顔をしてそれをやっているのか。ちゃんと見てあげてほしい。今の積み重ねが未来になる。完璧じゃなくていいんです。失敗や挫折があって当然なんです。失敗を恐れて何もしないよりも、一歩踏み出したほうがいい。学校も家庭に丸投げ、家庭も学校や習い事に丸投げ。お互い欠けているからこそ、補い合って協力すればいいんです。学校も親も万能な機関ではありません。習い事であろうと学校であろうと、親が子どもにどう寄り添えるかなんです。
英才教育をうけたスポーツ選手たち(横峯さくら、松井秀喜、イチローなど)は、皆その傍らに親のサポートがありますよね。たかだか習い事であっても、仕事をしていて忙しくても、たまには習い事をしている現場を見に行ってほしいし、関心をもって接してほしいですね。

――いつも時間に追われている親にとっては耳の痛いお話ですが、本当にその通りだと思います!最後に、義家さんの家庭観、家族への想いとは?

僕が一番欲しかったのが、家族でした。と同時に、恐怖の対象でもありますけれど。こんなに大事に想っていても、もし消えてなくなってしまったら……と思うと、どうしようもありません。今は、文句ばかりをいう妻と、泣いてばかりの息子に囲まれて、一日のうちほんの少ししか一緒に過ごせなくても幸せです。人間の信頼関係なんて、もっともっと歳月を重ねた先に築けるものだと思います。欠けている自分を支えてくれているのが家族であり、生徒であるんです。僕にとっては皆同じで、皆へは「感謝」の心でいっぱい。周りのおかげで、今の僕がある。そういう意味で、僕のほうがよほど彼らに生かされているのだと感じています。

編集後記

――本当にありがとうございました。夏休みスペシャル、いかがでしたでしょうか?真夏の砂浜みたいにキラキラして熱を帯びた言葉をた~っくさんいただいて、心も体も熱くなりました。いつも気にはなっていたけれど、親にとって心にズシンとくるメッセージの数々。その他、義家さんに直接お聞きになりたい場合は、ぜひオフィシャルサイトを訪ねてください。どんなに忙しくても、必ずメールに目を通してくださっています。私は今回のインタビューをきっかけに、子どもの習い事にもっと深く関わってみようと思った次第です。

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