台風18号避難小記

Kazannonekko452

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実感した避難の難しさ

たまたま風邪で寝込んでいたせいで、僕は避難困難者の状態だった。ふつうの体調であればもう少し早めに避難を決意できたかもしれないが、できれば動きたくないという気持ちが機敏な判断を妨げていた。

「たぶん大丈夫だろう」という頭では、いくら様々な情報を集めてもバイアスがかかった判断しかできない危険を身をもって経験した。古老の話もそう、ハザードマップもそう、ほぼ最新式の水位の情報であってもそう。思い込みを持った状態でいくら情報を集めても有効に使うことはできない。それどころか危険を高めるおそれすらある。

予断を許してはならない、とはそういうことなのだろう。

まして、過去に経験したことがないような災害が頻発している現実がある。これまでは大丈夫だったという経験則を無条件に信じることはできない。

その反対に、安心材料として頼ってきたものの信頼性が損なわれると、舞台が暗転するように不安が募る。手先がふるえているのに気づいた時には、下手するとパニックになるのではないかと恐れた。

避難に関しての心理的な側面もあるが、それを越える暴威を自然が発することも、病気で弱った体だからこそ実感させられた。逃げたくても逃げようがないのだ。逃げずに済むと思い込みたくなるのだ。

大正六年の大水害のことも思い出した。毎年台風被害に見舞われる日本では、暴風雨と堤防の決壊や高潮がセットで襲ってくる危険をいつも考えていなければならない。「このたびの台風はあまりにも激甚だったから死んでしまっても仕方がない」なんてことは誰も考えたくないだろう。

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重ねて思うのは、せっかくの情報をどう判断するかという問題だ。自分たちの生命の危険を冒して市内に警報して回った消防団の言葉を、僕は「安全側に立った、万一に備えてのもの」だと疑った。安全側に立っての警告だからこそ真摯に受け止める必要があったはずなのに、それができなかった。慢心というほかない。

さらに重ねて強調したいのは、ふだん元気な人間でも、体調が悪い時には避難困難者、災害弱者になるということだ。この場合、体調が悪いから動くのが億劫だと体の側では思っていても、意識だけは元気な時のままだから、さらにたちが悪い。

それではもっと単純明快に避難行動に移る手立てはなかったのか。振り返ってみれば、それは少なくとも一度あったのだ。上には書かなかったが、台風18号が浜松に上陸した直後、浜松に住む信頼できる友人から「この台風はやばい。とにかく避難を」と呼び掛けるFBメッセージが入った。その時自宅の周辺は、ようやく雨の降り方が強まってきた頃で、まだある程度安全に避難することはできたと思う。

たしか台風は西から東に65キロほどのスピードで進んでいたのだから、西に100キロ離れた場所の空模様は、1時間半ほど後の自分の住む場所の天候を先取りするものだった。そんなことも理解できないくらいに、体調不良のせいで判断力が弱っていたということでもある。

災害避難は難しい。甘く考えてはならない。

ふろく:河川は巨大な人工のシステム

昭和34年の大水害の後、近所の一級河川の本流沿いには高く丈夫な堤防が築かれた。これは全国でも同様だ。河川の改修工事は全国的に進められ、いまも続けられている。

堤防が高くなると今度は、大雨で水位が上がった時に本流の水が支流や用水路に逆流する危険が大きくなる。そのため氾濫の危険がある支流にも遡って堤防の整備が広範囲に進められた。

しかし用水路は田んぼや畑を灌漑するためのものだから堤を築くことはできない。だから用水路と本流などの間には水門(樋門)が築かれた。本流の水位が上がると水門を閉じて逆流を防ぐ。(市街地にある雨水を集めて流す水路も同様だ)

しかしそうなると今度は、市中に降った雨水が側溝や用水路を通って水門の近くに集まってきて、その付近を浸水させることになる。

そこで溜まった水を本流側に捨てるため、排水機場というものが造られることになった。排水機とは文字通りポンプを使って水を揚げ、水位の高い本流に向けて排水する施設だ。用水や雨水が本流に流れ込む場所のすべてに排水機場が造らるわけにはいかないから、場所によっては小規模な冠水は発生するかもしれないが、大規模な浸水を防ごうという仕組みだ。

このように、堤防を高くするといった形で人間の手を加えると、そこから連鎖して、水害から町を守るためのさまざまな工夫を施していかざるを得なくなる。それが、ある程度人口がある地域を流れる河川の現在の姿だと考えられる。

上流に治水用のダムがある河川の場合、想定された雨量に対しては町を水害から守る機能を発揮してくれることが期待される。しかし想定を超える雨が降ったり、あるいは近年のようにダムより下流で集中豪雨があった場合には、まさかの洪水も起こり得る。

もはや川は、山に降った雨が自然に流れをなして、周囲の小川から水を集めて海に向かって流れ下るという天然の姿ではない。人間の手によって堤防という囲いを造られ、所によっては放水路や排水機場のように電気を使って動作する仕組みも組み込まれた大きなシステムだ。防災・減災を考える上では、地域の川の「仕組み」について知っておく必要があるだろう。

※地元の河川の防災情報については、国土交通省の各地方整備局や都道府県の建設局などのホームページから情報を得ることができる。

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