浜岡原発からの段階的避難について

iRyota25

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同心円を描いてみて、意外な距離感に驚いた

関東・中京地方から百数十キロ。原発からの31キロ圏内に約86万人が生活する中部電力浜岡原発。もしも重大事故が発生したら、住民はどう避難すればいいのか。静岡県が4月23日に発表した避難シミュレーションが波紋を呼んでいる。

浜岡原発から半径約30キロ圏と100キロ圏(GoogleMapに加筆)
浜岡原発から半径約30キロ圏と100キロ圏(GoogleMapに加筆)

静岡県が発表したのは、原発から31キロ圏内の住民や観光客が31キロ圏外に避難するまでの時間を想定したもの。シミュレーションで一番の驚きだったのが、原発からほぼ5キロ圏内のPAZ(予防的防護措置を準備する区域)と31キロ圏内のUPZ(緊急防護措置を準備する区域)の住民を分けるなどして、段階的に避難するという想定を盛り込んだ点だ。(PAZとUPZの2段階避難のほか、全住民を3,000人ずつ段階的に避難させた場合など28通りの状況を想定)

それにしてもPAZとかUPZとか、言葉が分かりにくくて困ってしまう。さらにその外側にはPPAというエリアまである。日本語にすればどうかとも思うが、日本語表記ではPAZとUPZのどちらが原発に近いのかすらイメージできない。わざと分からないようにしているのかとさえ考えてしまう。ひどい話だ。

それはともかく、肝心なのは次の点だ。

スムーズな避難のため一時待機と言われたら……

原発で重大事故が発生して住民の避難が始まった矢先「段階的避難を行うために待機」と言われて指示に従う人がどれくらいいるだろうか。「一時待機」を強いる設定そのものがナンセンスだと思うのだが、シミュレーションではこの点も想定に盛り込まれている。すべての避難道路が使えると想定した原発の単独事故の場合で、90%の人が31キロ圏外に避難できるのは20時間10分から25時間15分というシミュレーション結果。意外なことに、一斉避難が最も避難に要する時間が短かった。

ただしこの結果には注釈が必要で、90%の人が避難する時間は短いものの、避難車両1台当たりの走行時間は最長となり、30キロほどの直線距離を13時間15分もかかるという数値がはじき出されている。走行時間が最短の8時間15分になるのは、40%の人が勝手に避難した場合という結果になった。

県では避難中の走行時間を短くする目的で、段階的な避難のシミュレーションも行っている。走行時間の短縮を最優先した場合(つまり渋滞の影響を最小に抑えた場合)、走行時間は2時間ジャストまで縮まるが、31キロ圏住民の90%が避難を完了するまでに39時間25分もの時間がかかる結果になった。

ここで問題なのは、単純に時間がかかるかどうかではない。外からは伺い知ることのできない原発の中で進む事故状況と比較してこそ、避難に要する時間は意味を持つ。

東京電力の原発事故では、津波でディーゼル発電機が使えなくなった後、バッテリーでどれくらいの時間原子炉の冷却が行われたのか不明だが、津波到達の9時間後には1号機格納容器で異常な圧力上昇が確認され、津波から約23時間後にベント(格納容器内の空気を外に出す)を実施、そして津波到達からほぼ24時間後に水素爆発が発生している。

最初に避難指示が出された時間は3月11日の9時前後で、ベントの18時間ほど前という計算になるが、指示を伝達すべき地元の消防団に伝達されたのは12日早朝だったとの証言もある。そこから消防団員が手分けして各戸を回っていくことになる……。このように考えると静岡県によるシミュレーション結果はかなり苦しいと考えざるを得ない。

 避難シミュレーション
www.pref.shizuoka.jp  

シミュレーションは万能ではないと言うものの

シミュレーションはあくまでもシミュレーションに過ぎないと言う人もいる。しかし、現実に浜岡原発で事故が発生した時、実際の避難がシミュレーションで想定された結果よりも短時間で行われる可能性はほとんどない。

シミュレーションの前提は、31キロ圏内約28万世帯の全世帯に乗用車があり、100%の人たちが自家用車で避難する条件を基本設定にしている(全員がバス避難という条件設定も1件だけ計算されてはいる)。実際には車を持っていない世帯や時間帯によって家に車がない世帯もあるから、当然、事故時の車の流れはシミュレーションよりも複雑になる。

長時間の車移動の間に、故障や事故、ガス欠は容赦なく発生するだろう。交差点での事故や故障で複数ルートがデッドロックしてしまう恐れもある。直線部分であっても車1台の故障は車線を1本塞いでしまうことになり、渋滞の悪化やさらなるトラブルの原因になり得るだろう。

さらに、31キロ圏外まで避難したらそれで終わりかというと、決してそんなことはなく、東京電力の事故のケースで避難した人たちにとって「30キロ避難するのが目安だった」などという言葉は聞いたことがない。

86万人が現実に避難行動を起こした場合に起こりうる事象は、ことごとく想定された避難時間を長引かせる方に作用する可能性が高い。

地震・津波と原発事故の複合災害への想定の甘さ

さらに注目すべきなのは原発単体が事故を起こすのではなく、大地震や津波と複合して災害が発生した場合の想定だ。シミュレーションでは、複合災害の場合は津波浸水域の道路が使用不可になるとして除外されているだけ。これはあまりにも甘すぎる。

地震によって道路は寸断される。地割れや段差で通行不能になったり、道路沿いの建物が崩壊して道路を塞ぐ場合もある。東日本大震災の教訓が盛り込まれていないことには腹立たしささえ覚えてしまう。

複合災害として原発事故が発生した際の避難については、新潟県の泉田裕彦知事が朝日新聞のインタビューに緊迫感ある言葉で答えている。

「中越沖地震で何が起きたかというと、道路が次々に寸断されたんです。道路というのは、端に30センチでも段差があったらもう通れない。とりあえずは段差ができたところに砂利を敷いて、そこを徐行して通るしかないんですが、その応急措置をとるだけでも半日かかりました。つまり、直下型地震が来ると『道路が連続してつながっている』という想定そのものが難しくなる。1カ所でも段差ができたら全部止まってしまうというのが道路の性質なんですよ。中越沖のときは、消防自動車もパトカーも救急車も、すべての緊急車両が動けなくなり、現場に3時間かかってもたどりつけなかったのです」

「世界標準に達してない」 泉田知事インタビュー全文:朝日新聞デジタル

浜岡原発がある御前崎は、想定東海地震の震源とされる東海トラフにごく近い場所にある。震源域の上にあると表現する人もいるほどだ。そこで発生する地震は直下型地震だった中越沖地震と同様に烈しいものになる可能性がある。

「原発で事故が起きたとき、どのくらいで放射能が出てくるのでしょうか。東日本大震災では、全電源喪失から8時間半でベントの判断をしています。国会事故調では、それでも判断が遅かったと指摘しています。ということは、数時間のあいだに逃げなければ間に合わない可能性があります。ところが実際には、緊急車両ですら通るのに半日かかってしまう。住民が制限時間内に逃げられず、健康に影響のある被曝(ひばく)が避けられないケースがおおいに起こり得るのです」

「世界標準に達してない」 泉田知事インタビュー全文:朝日新聞デジタル

何のための避難計画か。それは「放射能が出てくるまでの制限時間内に、安全に逃げ切る」ためだと泉田氏は言う。これに異論を唱える人はいるだろうか。

避難範囲の想定は半径31キロで十分だろうか

5月21日、関西電力大飯発電所(原発)3・4号機の再稼働を認めないとした福井地裁の判決では、原発から250キロ圏に住む166人の訴えを認めた。東京電力の原発事故では「250キロ圏内の住民への避難勧告が検討された」ことが根拠だった。この範囲を地図にプロットしてみるとこうなる。

言葉を失った。

「どこに?」「どのような手段で?」「どれくらいの時間のうちに?」と問うこと自体がほとんど不可能に思えてこないだろうか。

原発は考えものだ。どうすれば命を守れるのか、真剣に考えなければ。

文●井上良太

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