3月14日02時07分頃発生した伊予灘沖を震源地とする地震。人的被害が負傷者にとどまったことは不幸中の幸いでしたが――。
「夜中だったし、揺れが長くて怖かった」
震度4の地域に住んでいる知人が電話口で語る言葉に、なかなか揺れがおさまらない中で彼女が感じた深い深い不安を思いました。
Twitterでも地震の恐怖や「西日本の人は地震への準備がない」といった言葉がたくさんつぶやかれていました。震災三年となった11日から数日後に発生した地震だったことで、災害への備えの重要性を再認識させられました。
伊予灘沖を震源地とする地震で考えたこと、3つ書き留めておきます。
ガバナンスが効いた情報発信
緊急時の情報収集手段としては、気象庁発表やマスコミの報道のほかインターネット経由の情報は迅速性と網羅性で役に立ちます。たとえば以下のようなページです。
しかし――、
誰かの手で一定のチェックがなされた情報が網羅されるという点で、これらの情報は確かに有益なのですが、いわば公式発表、記者会見に近いもの。このような種類の情報だけでは、現地のリアルな状況は必ずしも伝わってきません。
深夜の地震だったにも関わらずFacebookでは、東北の被災地や、全国のボランティア参加者たちが「情報求む!」と呼びかけを行っていました。もちろんFacebook本体が何かをしたというのではなく、あくまでもユーザーが自分自身の思いに駆られてという情報発信・情報提供依頼だったのです。
東日本大震災後の支援活動をベースに緊急災害支援活動を行う「311Karats。」を立ち上げた新沼暁之さんの「情報収集願います!」との声には、1時間ほどのうちに30件を超える情報がコメント欄に寄せられ、その後も情報は増え続けていきました。
すごいと思ったのは次の一連の流れです。地震直後に「今の地震で出光が、、」と製油所から炎が立ち上ったとのTwitter投稿に関して、新沼さんが「コンビナートの真意とれます?」と問いかけると、間もなく別のユーザーから「緊急停止した施設のメンテナンスの一環で意図的にガスを燃やしたそうです」。炎上情報から「火消し」までがコメント欄の中で更新されていって、見ている人たちの間でほぼ最新の情報が共有されていったのです。
東日本大震災では、インターネットのソーシャルなサービスの「明と暗」が浮き彫りになりました。膨大な情報が伝えられ、なかには人命救助や支援活動に貢献した情報も少なくなかった反面、誤った情報が野放図に拡散したことへの批判も少なくありません。
たとえ悪意がなくても、伝えることが結果的にデマの流布を助長してしまうという懸念は、個人を主体にした情報発信には常に付き纏う問題です。(突き詰めればマスコミもアカデミズムも同じことではありますが)
そんな問題への解決策が今回の地震をきっかけに見えてきました。それは、情報発信のガバナンス。ガバナンスというのは上からの押し付けではなく、関与者が主体的に行う合意形成。新沼さんの呼びかけと、それに参加した人たちのコメントを見ていると、個人による情報発信の信頼性を高めるために2つのポイントがあることがわかります。
◆「その情報の真偽のほどは?」と自由に質問することで、発信する内容を参加者みんなでチェックすること。また、それができる雰囲気や関係性。
◆ひたすら真っ直ぐな新沼暁之さんという人に賛同し集まってきた人によるコメントであるということ。つまり「被害を受けた人たちのために」という目的意識が透徹している。
そんな関係性を日頃から築いていくことが、いざという時にしっかり機能することは言うまでもないでしょう。
原子力発電所のこと
この組織が地震に即応して「緊急情報ホームページ」を開設していることを、今回の地震で初めて知りました。
伊方発電所(1・2号機:56.6万kWの加圧水型原子炉、3号機:89.0万kWの加圧水型原子炉、3号機はMOX燃料)を、四国西部に長く伸びる佐田岬半島に擁する四国電力は、Facebookに地震についての記事を掲載しましたが、ホームページ上に該当する情報は見当たりません。(地震直後に確認したわけではないので、公表後に削除された可能性はあります)
たしかに、原発で測定された地震の規模はそれほど大きなものではありません。
56ガルは0.057G、45ガルは0.046G。原子炉自体の重さの20分の1ほどの大きさの力が加わったに過ぎません。
しかし地図を見ると心配になります。
伊方発電所(地図上では伊方原発と表記)は震源地から50キロほど。
中国電力が建設しようとしている上関原発は15キロほどしか離れていません。地図で見ると、反対運動を行っている住民が多くいる祝島のすぐそばのようです。
発電に使われる原子炉というものが、頑丈に造られた建屋の中に据え付けられた巨大な二重の圧力鍋というイメージで考えてはいけないことを、私たちは東京電力の原発事故で知りました。
圧力容器と格納容器という二重の圧力鍋には、発電のための蒸気や高温高圧水の配管、タービンへの配管、非常時に炉心を冷却する装置の配管、ベントのための排気管、多種多様な配管に取り付けられた弁を作動させるための配線や、センサーを原子炉内部と連絡させるために開けられた孔などが取り付けられています。
配管や配線が張り巡らされたきわめて複雑かつ巨大な装置なのです。◆
原子力規制員会の緊急時情報ページには次のように記されました。
【緊急情報メール】愛媛県伊予灘地方で発生した地震による影響について(第3報)
[2014/03/14 03:34更新]
(中略)
本日(14日)2時7分頃に愛媛県伊予灘付近で発生した地震による原子力施設への影響について、お知らせします。(3時29分現在)
現在、各施設ともに異常情報は入っていません。
今後、特に異常情報がない限り、本報をもって最終報とします。
1.原子力発電所
<四国電力・伊方発電所(PWR)>
愛媛県:最大震度5強
伊方町:震度5弱
1から3号機:停止中
○プラントの状態に異常なし。
○排気筒モニタ、モニタリングポストに異常なし。
(以下略)
東北地方太平洋沖地震で大きな被害を受けてから現在にいたるまで、事故が継続している東京電力の原発を見てきて、「細かいところでも、もしも異常があったら……」と不安をいだくことが当たり前の感覚になっています。
たとえ、小さな地震であったとしても、
○プラントの状態に異常なし。
○排気筒モニタ、モニタリングポストに異常なし。
のたったの2行で安心できるものではありません。
同じ文言が記載された「第一報」が出された更新時間は、「2014/03/14 02:45」です。地震発生から40分弱。プラントの状態は制御室の計器に示された数値から割り出されたものでしょう。すべての設備・装置・配管等を目視点検ができる時間ではありませんから。
とはいえ緊急情報です。危ないことがあるのかないのか、いち早く情報を上げることが一番に求められているのはいうまでもありません。それでも、
「今後、特に異常情報がない限り、本報をもって最終報とします。」
というのは違うのではないでしょうか。せめて、
「緊急情報としては最終報としますが、プラントのチェックを行った上で改めて報告を行います。」
くらいのことはやってほしいし、表明してほしい。地元の人たちはもちろん、情報を全国にオープンにしていく姿勢を示してほしかった。
「原子力プレスリリース・お知らせ」というコーナーまであるのに、Facebookにしか情報を上げない電力会社と、「異常なしだからこれで最終報」という国の機関の「上から目線」。あらためて思い知りました。
その意味で、伊予灘沖を震源とする今回の地震は、きわめて残念な地震と言わざるをえません。
余震に注意というが、「前震」の可能性は皆無なのか
この地震で気象庁は、発震から約2時間後の午前4時10分から記者会見を行い、
・今後1週間ほどは余震の可能性があること
・落石や崖崩れなどの危険性が高まっているおそれがあるとの注意喚起
を行った。さらに、記者からの質問に答える形で、南海トラフ地震との関連を「今のところは考えてない」と否定しました。
南海トラフの地震はフィリピン海プレートの沈み込みにともなう地震ということで考えられております。で、今回の地震はフィリピン海プレートが沈み込んだ先のところで発生してございます。
ただ今のところは、直接、これが南海トラフの大きな地震に結びつくとは、直接結びつくとは考えておりません。
気象庁記者会見から書き出し
(全録)愛媛県で震度5強の地震 気象庁が会見
YouTube
◆長谷川洋平地震津波監視課長の記者会見。地震発生は午前2時7分としていたが、解析の結果、地震発生は2時6分。2時7分は地震を観測した時間。マグニチュードは6.2。震源の深さは深さは78kmとやや深めの地震など説明した後、記者の質問を受けた。
プレート境界地震として考えられている南海トラフの地震は、トラフと呼ばれる浅めの海溝状の地形を最前線にして、海側のフィリピン海プレートが陸側のプレートの下にもぐり込んだあたりで発生すると考えられています。
気象庁気象研究所の弘瀬冬樹研究官が取りまとめたフィリピン海プレートの形状を示す図(下のフィリピン海プレートの上面を示す等高線図)でいうと、だいたい深さ10kmから20kmのあたりを震源域とする地震になると考えられています。
それに対して、今回の伊予灘の地震の震源は付近では、フィリピン海プレート上面を示す等高線が密になり、プレートが沈み込む角度が大きくなっています。
フィリピン海プレートが陸側プレートと接している面の深さは、図から読み取ると深さ50km~60km。震源の深さは78kmと計算されているので、今回の伊予灘の地震はプレート境界面で発生した地震ではないと考えるのが妥当でしょう。
しかも、地震発生のメカニズムが、プレート境界地震で顕著な「圧縮」ではなく「引っ張り」だったことも、南海トラフ地震との関連を否定する材料になったようです。
◆3月11日に東北地方太平洋沖地震が発生する2日前、2011年3月9日にM7.3の地震が三陸沖で発生したのを覚えていますか?
最大震度は5弱。津波注意報も発令され、大船渡や鮎川浜では津波を観測。震源地は2日後の巨大地震にも近く、その後の研究で「前震」だったと言われるようになった地震でした。
◆似ているとは言いません。地震の研究者が「直接の関連を考えていない」と言っているのです。素人が口をはさむことではないでしょう。ただ、考えてしまうのです。2011年3月9日の地震の直後、11日の巨大地震を予測した人が果たしていたでしょうか。
地震を起こすと予想されるプレートで、やや大きめの地震が発生するたびに「巨大地震が来るのでは!」と騒ぎ立てるのはナンセンスです。でも、さらに大きな地震が来ることなどありえないと決めてかかるのも危険なことだと思います。
地震の研究者の本を読んでいてよく出てくるのがこんな言葉です。地震の研究は進むだろうが、地震が起きる地中深くのその現場まで下りて行って、この目で地震発生を確かめることは、けっして人間にはできない――。
騒ぐのではなく、冷静に準備を進めておきましょう。災害を減らすための備え、いざという時のための心の準備。
ありえないと決めつけたあげくの「まさか!」なんて経験してほしくないですから。
文●井上良太
気象庁気象研究所研究官、弘瀬冬樹さんによる「フィリピン海スラブ上面のコンター」のテキストと注釈。
フィリピン海プレート
関東から九州南部までのフィリピン海プレートの形状を示しています.
トモグラフィー,地震活動,メカニズム解,人工地震探査,レシーバー関数解析による情報に基づいて各研究者が推定したプレート形状を統合しました.
西南日本1, 3, 9,関東地方4,伊豆の北部延長領域10のフィリピン海スラブ等深線を統合しました. 緑領域は関東地震13,東海地域のアスペリティ7,東海・東南海・南海地震の想定震源域2, 15をそれぞれ示します. 青領域はスロースリップ域5, 6, 8, 11, 12を示します. 矢印は陸のプレート(ユーラシアおよびアムールプレート)に対するフィリピン海プレートの沈み込みベクトル14. 三角は火山.
[引用文献]
1. Baba, T., Y. Tanioka, P. R. Cummins, and K. Uhira (2002), The slip distribution of the 1946 Nankai earthquake estimated from tsunami inversion using a new plate model, Phys. Earth Planet. Inter., 132, 59-73.
2. 中央防災会議 (2001), 「東海地震に関する専門調査会」報告書, http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/20011218/siryou2-2.pdf, (参照2006-11-15).
3. Hirose, F., J. Nakajima, and A. Hasegawa (2008), Three-dimensional seismic velocity structure and configuration of the Philippine Sea slab in southwestern Japan estimated by double-difference tomography, J. Geophys. Res., 113, B09315, doi:10.1029/2007JB005274.
4. 弘瀬冬樹・中島淳一・長谷川 昭 (2008), Double-Difference Tomography法による関東地方の3次元地震波速度構造およびフィリピン海プレートの形状の推定, 地震2, 60, 123-138.
5. Hirose, H., K. Hirahara, F. Kimata, N. Fujii, and S. Miyazaki (1999), A slow thrust slip event following the two 1996 Hyuganada earthquakes beneath the Bungo Channel, southwest Japan, Geophys. Res. Lett., 26, 3237-3240.
6. 広瀬一聖・川崎一郎・岡田義光・鷺谷 威・田村良明 (2000), 1989年12月東京湾サイレント・アースクェイクの可能性, 地震, 53, 11-23.
7. Matsumura, S. (1997), Focal zone of a future Tokai earthquake inferred from the seismicity pattern around the plate interface, Tectonophys., 273, 271-291.
8. Miyazaki, S., P. Segall, J. J. McGuire, T. Kato, and Y. Hatanaka (2006), Spatial and temporal evolution of stress and slip rate during the 2000 Tokai slow earthquake, J. Geophys. Res., 111, B03409, doi:10.1029/2004JB003426.
9. Nakajima, J., and A. Hasegawa (2007), Subduction of the Philippine Sea plate beneath southwestern Japan: Slab geometry and its relationship to arc magmatism, J. Geophys. Res., 112, B08306, doi:10.1029/2006JB004770.
10. Nakajima, J., F. Hirose, and A. Hasegawa (2009), Seismotectonics beneath the Tokyo metropolitan area, Japan: Effect of slab-slab contact and overlap on seismicity, J. Geophys. Res., 114, B08309, doi:10.1029/2008JB006101.
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14. Wei, D., and T. Seno (1998), Determination of the Amurian plate motion, in "Mantle dynamics and plate interactions in East Asia", Geodynamics. Series, 27, ed. by M. F. J. Flower, S. L. Chung, C. H. Lo, and T. Y. Lee, pp. 337-346, AGU, Washington D. C.
15. 地震調査研究推進本部地震調査委員会 (2001), 南海トラフの地震の長期評価について, http://www.jishin.go.jp/main/chousa/01sep_nankai/index.htm, (参照2006-11-15).
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