3時間限定の彼女【青春18きっぷ道中記 北海道編vol.1】

tanoshimasan

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青春18きっぷを手にすると、どれだけ電車に乗っていても平気になってしまう。

---------------------------------------------------------------------------------------  ■青春18きっぷ
  ・JR北海道からJR九州まで、すべてのJRの普通列車が乗り放題になる。
   (特急列車は不可)             ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ・使用期間は大まかに春、夏、冬。学生の休暇時期と重なるように設定される。
  ・5枚つづり11,500円で販売されるため、1日あたり2,300円で乗り放題。
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青春18きっぷで札幌から網走方面へ行こう!

2006年2月、僕が所属していたとある学生団体の一行は、北海道の旅の途中、釧網本線・北浜駅の喫茶店で大いに盛り上がっていた。

「あっさりしているけどめっちゃ旨い!」「これが1,000円ちょっとで食べられるんはありえへんなー!」

―――どれを取ってもプリップリ!ひと口噛めば歯ごたえがバツン!旨味がじわー、だ。オホーツク海に流氷が見える北海道の北浜駅。その小さな駅に併設された喫茶店・停車場(ていしゃば)名物「オホーツクラーメン」の旨さに、誰もがみな、ただただ感動していた。

あっさりベースの塩味スープに鮭、ホタテ、エビ、カニといった魚介の旨味がからむ。さらに口の中でイクラが弾けた瞬間、その旨さは僕の舌にも完全に刻まれた。20数年の短い人生だが、今まで生きてきた中で一番うまいラーメンである。



その1年半後の2007年8月下旬―――再び北海道を旅する機会に恵まれた僕は、札幌で旅仲間たちと別れ、1人になった。大学生の夏休み、本当はもう地元の関西に帰っても良かったのだが、ふと、去年食べたあのラーメンの思い出が甦った。

「せっかく北海道に来たんだ。もう一度、あのラーメンが食べたい」

そんなことを思い立つと、早速翌日、朝イチで北浜駅に行こうと決めた。札幌駅から約390km離れた網走市内・北浜駅。調べてみたところ、青春18きっぷを使う場合、6時ちょうどに札幌駅を出れば、1日で北浜駅まで行くことができるようだ。

去年は贅沢にも特急列車に乗って行ったのだが、特急に乗れば片道1万円ほどかかる距離である。それが青春18きっぷであれば2,300円!そのお得感だけでもう、僕はワクワクしていた。

翌日―――青春18きっぷを片手に、重いバックパックを背負って電車に乗り込んだのは、6時15分。僕は不覚にも札幌駅で道に迷ってしまい、鮮やかに電車を1本逃してしまったのだった。

北浜駅
北浜駅
「停車場」名物・オホーツクラーメン
「停車場」名物・オホーツクラーメン

3時間限定の彼女

「岩見沢駅時刻表」旭川方面の時刻表は真ん中だが、見事に有料特急ばかり

「岩見沢駅時刻表」旭川方面の時刻表は真ん中だが、見事に有料特急ばかり

札幌駅を発車して40分弱。

早速、岩見沢駅で洗礼を浴びてしまった。僕が乗った札幌発の普通列車は岩見沢駅どまり。岩見沢駅からさらに旭川方面(北浜駅の方向)へ進む列車は、青春18きっぷが使えない特急列車ばかりだ。時刻表が特急列車を示す赤文字ばかりで、びっくりしてしまった。次の普通列車が来るまで、いきなり1時間30分の待ちぼうけだ。

何やら改装工事をしているのか、駅舎の一部はシートで覆われている。工事の音も聞こえ、都会的な雰囲気を感じさせるのだが、その一方で高い建物は皆無。空は広々としている。工事の音の合間に小鳥のさえずりが聞こえてくると、これが北海道特有ののどかさだろうか、と思った。

駅構内の椅子に腰かけ、1時間30分の待ち時間をどう潰そうかと考えていると、同い年くらいの女の子に声を掛けられた。

「どこまで行くんですか」

彼女も僕と同じようなバックパックを背負っている。僕の中で、バックパックとは旅人手形みたいなものだ。これを背負っているだけで、同じ旅人のニオイというか、仲間意識を感じずにはいられない。

「網走方面の北浜駅……ってわかります?そこまで」

と、僕は答えた。すると、彼女は

「あっ!知ってます!駅に喫茶店が付いてるところですよね?」

と笑うので、唐突に始まった会話は急に弾んだ。

彼女はハットを被り、登山にでも行くかのようなスポーティな格好をしていた。顔だちはとても綺麗。石原さとみのような、美人ともカワイイとも言えるような雰囲気だった。それこそ、化粧をして服装を変えれば、モデルにでもなれるんじゃないかと本気で思えた。そんな子が、1人旅モードで気の抜けていた僕に急に声を掛けてくるものだから、妙に焦ってしまう。さっきまで、冷たいお茶を飲んでゲップをかましていた僕なのに。

彼女も同じく青春18きっぷを使った貧乏旅行のようで、彼女は日本最北端の宗谷岬に行きたいらしい。同じ旭川方面行きの列車を待っていた。

「けっこう待ちますよね~」

と彼女。

「特急ばっかりで普通が全然ないよね。時刻表が真っ赤やったし」

と、僕も答える。すると彼女は目をまん丸くし、

「えっ、もしかして関西人ですか?」

“真っ赤やったし”のイントネーションに反応したのか、彼女はさらにテンションが上がる。

「う、うん。そうやけど」

「いやん、ウチもですよ!うわ、すっごい~!」

とか言いながら、彼女は僕の肩をパシッと叩く。今までの人生、出会って10分程度で女の子にスキンシップをされた記憶なんかない。……が、不思議と悪い気はしない!!(なんのこっちゃ)

彼女は同じ関西でも、住んでいるところは2つほど隣の県だった。ただ、こういう一人旅の道中では、「同じ関西」と括れるだけで、毎回盛り上がってしまう。しばらく会話を楽しんでいると、

「せっかくやし駅弁でも買いません?」

と、彼女が提案。岩見沢駅の駅弁コーナーへ向かう。時刻はまだ8時過ぎだが、2人とも朝ご飯がまだだった。ここらで駅弁を買っておこうということに。



「あらあら、お2人で旅行ですか?」

60歳くらいだろうか、優しい顔をした駅弁コーナーの女性店員さんに笑顔で声を掛けられる。カップルに見られたのだろうか。

「そうなんです。旭川を目指してて」

と彼女。もっと言えば、旭川から先はそれぞれ別の目的地なのだが、2人とも旭川に行くのは間違いない。でもこれじゃあ完全にカップルである。しかし、内心どぎまぎしている僕とは対照的に、彼女の答えかたは堂々としたものだった。

駅のベンチに腰かけ、僕はホタテ釜飯、彼女はエビ釜飯を食べる。今までの僕には「駅のホームでご飯を食べる」なんて考えられなかったが、北海道の駅ならそんな光景もしっくりくる気がして新鮮だ。調子づいた彼女は敬語からため口に変わり、関西弁でよくしゃべる。旅の途中に撮ったと言うデジカメの写真を見せてくれた時、「ハの字」になったお互いのバックパックがぶつかる。顔も近い。

……なんなんだ。なんなんだ、この感覚(間隔)は。

岩見沢駅
岩見沢駅
車窓
車窓

―――そんな調子で不思議な時間を過ごすと、待ち時間なんてあっという間だった。旭川方面行の列車に乗り込んでもなお、彼女の調子は変わらない。何が楽しいのか、しまいには僕のことを写メで撮り始める始末だ。

「変顔してよ~」

「嫌やし」

自分で言うのもナンだが、この子のことが、昔からの友達か、付き合って数年の彼女にしか見えなくなってきた。

ところが無情にも(?)、列車は着々と旭川駅に近づく。旭川以降、彼女の行き先は稚内方面、僕は網走方面だ。

ふと、僕の気持ちが揺れる。こんな不思議な3時間を過ごしておいて、このまま何もなかったように別れるのか。アドレスくらい聞いておいた方が良いんじゃないのか。彼女のいなかった僕は、そんなことを考えながらも、口には出さず、彼女の話に相槌を打つ。

近文駅(ちかぶみえき)という、小ぢんまりとした駅を出ると、「次は終点旭川、終点旭川です」とアナウンスが流れた。殺風景だった街並みが、再び賑わいを見せ始める。

とりあえず、せっかく仲良くなったんだし、連絡先くらい聞いておこう。僕が意を決した直後、

「あっ、これウチのアドレスやねんけど、良かったらメールとかどうデスカ?」

と、彼女にメモを渡される。しまった!先手を打たれてしまった。とにかく挙動が格好悪い僕。……だが、内心ホッとしていた。いや、嬉しかった。



それまでのんびりと会話していたが、旭川に着くと、彼女の乗り換え列車までそれほど時間が無く、慌ただしいまま彼女と別れた。ふと1人になった瞬間、さっきまでの時間が急に嘘のように思えた。網走方面行の列車は1時間後だ。

旭川駅のベンチに腰かけると、残していた駅弁を食べ、一息つく。ほどなくして上川行(網走方面)の列車がやってきたので、僕はそれに乗り込んだ。

発車した列車は妙に寂しく感じたので、僕はさっきのメモを取り出し、彼女にメールをすることにした。下心が無いと言えば嘘になるかも知れない。さっきの会話の最後の方で、彼女はちらっと「最近彼氏と別れた」と言っていた。

正直その言葉も気になったが、たとえ友達としてでも、仲良く出来たら良いなと思ったのだ。

(さっきはお疲れ様……)


送信。


(ブルルッ!)


「MAILER-DAEMON」


!?!?


あっ、これ“オー”じゃなくて“ゼロ”か!!


送信。


「MAILER-DAEMON」


!?!?!?!?!?!?


これは“イチ”?それとも“エル”??
“ハイフン”か?それとも“アンダーバー”か??


送信。「MAILER-DAEMON」
送信。「MAILER-DAEMON」
送信。「MAILER-DAEMON」


ええええええ。
ええええええええええ。

結局、メールが届くことはなかった。



今では、あの日出会った彼女は「僕の妄想」か、「ひと夏のマボロシ」だったんじゃないかと思っている。

そう言えば、彼女の名前はなんだったんだろう……。

列車は網走方面へ。

(つづく)

 (次記事)約2時間の途中下車・上川駅【青春18きっぷ道中記 北海道編vol.2】
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網走方面へ……

岩見沢駅

旭川駅

旅の記事、いろいろあります。

「これさえあれば、1日中JRの普通列車が乗り放題」という、青春18きっぷ。この夢のようなきっぷが導くスローな旅には、「ちょっとしたドラマ」が詰まっています。

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青春18きっぷであっちこっち旅をした時の話です!

最終更新:

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  • U

    ueue52

    せつなすぎて泣けた!><

    • T

      tanoshimasan

      妙な話ですよね。。
      青春18きっぷってよく出来た名前だなと思いました。笑