【シリーズ・この人に聞く!第138回】こころMoji artist 浦上秀樹さん

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一見、美しい書のようですがよく見ると漢字の中に意味を示唆するひらがなが隠れている「こころMoji」。難病を抱えながら口に筆をくわえて描くお姿は、人の心を揺さぶります。想像を超えるアート作品の数々がどのように誕生するのか?「こころMoji」に込められた意味について、じっくりお聞きしてきました。

浦上 秀樹(うらかみ ひでき)

こころMoji artist
1973年2月9日埼玉県上尾市生まれ、春日部市在住。
1993年21歳の時、筋肉が徐々に減少していく進行性の病気、遠位型(えんいがた)ミオパチーを発症。すべての感覚はあるものの動かしたい意思があっても腕・足など動かすことに筋肉を必要とする部分をほとんど動かせない状態。2010年口に筆をくわえて描く「こころMoji」を始める。著書に「ひと文字のキセキ」(PHP研究所)、NHKをはじめメディア出演多数。

 詳しいプロフィール
www.kodomononaraigoto.net  
 公式ブログ ことばのチカラ☆
ameblo.jp  

言葉への苦手意識をもつ理系出身。

――浦上さんの作品、どれもおもしろくてずっと見ていても飽きない不思議な引力があります。この「こころMoji」を描き始めたきっかけは何でしたか?

テレビ番組で放送されると特に混雑する展示会。(TOYOTA横浜 障がい者ギャラリーにて)

テレビ番組で放送されると特に混雑する展示会。(TOYOTA横浜 障がい者ギャラリーにて)

37歳である本を読んだのがきっかけです。30歳の時に初めてちゃんと本を読むまでは文字を読むこと、書くこと、どちらも苦手意識がありました。一冊の本を最後まで読了することはなかった僕が、ある日知人から一冊の本を贈られて、正直面倒臭かったので数ページ読んで感想のメールを送ろうと。でも手に取ったら案外おもしろくて一冊スラスラ読み終えてしまった。今まで、できなかったことができるようになって新しい世界の扉を開けたような感覚になり、それからビジネス書をはじめ株式や投資の本、自己啓発、ドキュメンタリーなど7年間で600冊くらい読んだと思います。amazonで勧められる本は片っ端から購入し、趣味は読書となりました。

――意外にも文字に嗜むことのない時代がおありだったのですね。7年経て怒涛の読書量に変わり、出会ったその一冊はどんな内容でしたか?

僕は大学で工学部機械工学科を専攻し卒業後、検査入院をして病気が見つかってから、設計会社で建築の設計図を描く仕事に就き、その合間に読書をするようになった。37歳の時に「夢・ありがとう」という杉浦誠司さんの本に出会いました。表紙に「夢」という書があり、その中にひらがなで「ありがとう」と書かれていた。すごいことをやっている人がいる!と感動しました。それまでもたくさんおもしろい本や楽しい本は読んできたのですが、その一冊はどれとも違う気持ちになり「こういうことをやってみたいな!」と自分の内側から沸き起こってきました。でも、真似するのはいけないと思いましたので、葛藤しつつも…。

――現在の「こころMoji」のお手本となるものですね。

杉浦さんのBlogを見つけて、よく読んでみたら「皆さんもぜひ、挑戦してみてください」と書かれていた。「あ、やってみていいんだ!」と。それから1年くらいかけて10点くらい自分の作品を創りました。仕事の合間に読書して、その他の趣味として「こころMoji」を描いていたら、ヘルパーさんに「これ、どこかで展示しないの?」と聞かれて。例えば、感謝という文字には「ありがとう」というひらがなが書かれている。その意味をしっかり伝えたほうが、見る人にはわかる…と。いや、誰にも見せないからいいんだよ、と最初は言っていたのですが、家族にも「ちゃんと意味を解説したほうがいい」と指摘されて…。その後、友人の勧めでTOYOTAの障がい者ギャラリーで初めて展示会を開催した時に、杉浦さんも岐阜から遥々観にいらしてくださいました。

――こころMojiには、一つひとつのひらがなの意味が解説されていますが、これもまたよく吟味されている文章です。

文字の意味を伝えるというのは、自分が考えていることを人に明らかにすること。僕にとってそれはとても恥ずかしくて苦手意識がありました。メールを打つのも言葉を考えこんでしまうくらいですし。自分の中身を出すのは、今でも抵抗があります。夜中にラブレターを書いて、翌朝読むとすごく恥ずかしい内容だったりするでしょう?その感覚がどうしてもある。たいてい夜書いたものを、朝読んでみると「なんでこんなことを…」と思うことばかり(笑)。でも、そういう作品を「いいじゃん!」と人に褒められたことがきっかけで、じゃあ続けてみようかと思うようになりました。

漢字を決めて、ぴったり入る言葉を探す。

――2010年から「こころMoji」を描き始められましたが、どんな手順でこれは完成するのですか?

こころMojiの美しさだけでなく、その解説文に心奪われる人も多い。

こころMojiの美しさだけでなく、その解説文に心奪われる人も多い。

まず、描きたいなという漢字を決めます。例えば「風」という文字にします。イメージは、追い風、向かい風、いろいろありますよね。それをパソコンのワード文書に箇条書きで、自分が「風」に思う気持ちをメモします。そこから、中に入れるひらがなを探します。文字が余りすぎ、足りなすぎは途中で捨てます。ぴったり入る言葉を見つけ出します。入れたい言葉でも、ぴったりしなければ考え直します。「風」には「ゆめにむかって」という言葉が入りました。でも、なぜその言葉になるのか?その時はわからない。ぴったりだから、「風」が、その言葉を選んだ…という判断です。そこから解説を考え始め、パソコンに向かって何行か書いては消して…ぴったりする意味になるまで繰り返します。

――パズルを組み立てるような緻密な作業は、理系ならではかもしれません。筋肉が徐々に減少していく進行性の病気、これはある日突然に発症された?

野山を駆け巡り、虫や魚を獲って遊んだ。(写真は小学2年生時)

野山を駆け巡り、虫や魚を獲って遊んだ。(写真は小学2年生時)

自覚症状がでる前から少しずつ進行していたのだと思います。幼少期は魚や虫を捕りに駆け巡り、勉強よりも体を動かすことが好きでした。スキーもサーフィンもやっていましたが、大学2年生頃にスポーツジムのランニングマシーンでトレーニング中、腰が抜けるような感覚が襲いました。その後、頻繁にそれが起きるようになった。3歳上の姉がこの病気で3年早く発症していて、医者には「きょうだいではならないはず」と言われたのですが、もしかしたら…という気持ちがあって。大学卒業するまでに、つまずきやすくなったり階段登るのがキツクなったりして、これは同じ病気だろう…と。でも両親に言うと心配するので、卒業してから病院へ行くことにしました。

――すごい確率の難病を患っているにもかかわらず口に筆をくわえて描かれている姿に、心打たれる方も多いはずです。設計図と「こころMoji」は共通点がありますか?

設計図は図面上0.1mmでも違うとやり直しになります。たとえ現場で0.1mmずれていてもわからないと思いますが、設計図というのはそういうものです。できあがった設計図を見ると、よくこんな細かいことができたと思いますが、そういう過程を知っていると、こころMojiのぴったりな感じを探す作業は似ているかもしれませんね。

――小学生の頃、お習字が得意だったとか、夏休みの宿題で読書感想文がいつも表彰されたとか、そんな文字にまつわるエピソードはありますか?

習字も感想文も大嫌いでした。読書感想文はいかにして人に書いてもらうか?または、本を読まずに映画をみて、あらすじ8割、感想2割みたいな構成で書いた。国語は特に大の苦手でした (笑)。ですから僕の小学校時代を知っている友人は「浦上がこんなことやっているなんて、どうしちゃったの?」と、今の僕に対してびっくりされます。

楽しめないと良い作品にならない。

――今の活動は、学校教育では培えなかった力なのでしょうね。「こころMoji」を制作する上で、一番大変なことは何ですか?

サーフィンやスキーなどスポーツに明け暮れ色黒な大学時代。(19歳の夏)

サーフィンやスキーなどスポーツに明け暮れ色黒な大学時代。(19歳の夏)

解説を考えることですね。漢字やひらがなは決まっていても、解説できないものがまだまだたくさんある。解説ができるまで1~2年掛かるものもあります。無理やりは創れないものですから。先日、NHK「ハートネットTV」の取材があった時、最短3時間で「海」を描きました。この時は、きらくにいこう、という言葉を入れました。その前に描いたのは、なんとかなるさ、という言葉を入れた「海」でした。取材クルーが訪問される3時間くらい前にお風呂に入ってリラックスをしていたら、降りて来るとしか言えない感覚があって、「この間みた海は、なんといえばいいかなぁ?」と。そこで、きらくにいこう~という言葉がぴったり収まった。解説がないと描き始められないので、クルーが到着するまで急いで作りました。自分の体験をそのまま解説にしたのは初めてのことです。

――墨文字だけでなく、カラフルな点描画の作品もありますね。これも浦上さんが考えられた手法ですか?とても細かくて神業としか表現のしようがない美しさです。

2年前の4月、長野県の友人カフェで「花」をテーマに展示会をしないかと声を掛けてもらいました。最初は、「花」という文字に「めぐみ」という言葉を入れてそれぞれの文字を色で塗り分けてみたら…塗り絵みたいになってしまい意外によくなかった。それで前から好きだった点描画だと、どうかな?とやってみたらしっくりきたのです。いつも誰かにきっかけを与えてもらって、考えて何か新しいものが生まれる。そして自分が楽しめないと、良い作品にはなりません。

――たとえ子どもの頃好きでなくても、やりたい!という欲求があって楽しめる時がスタートですね。

僕は小学校低学年でKUMONに通いましたが、つまらなかったからすぐ辞めました。その後は、中学生になってカッコよく泳ぎたくてスイミングスクールに通い、学習塾には嫌々行きました。国語と社会をやりたくないからという理由で理系選択して、大学生の家庭教師についてもらい勉強が楽しくなってきたら数学がクラスで1番になり、全教科で5位、3位、1位と毎回テストするたびにメキメキ成績も伸びた。クラスで1位のポジションは高校卒業までキープし、大学も進学できました。

――大人になるに従ってメキメキ頭角を現したのですね。では最後に、習い事を考える親に望むことをお願いします。

自分の好きでないことは、やらされても身になりません。やりたくないと継続できないから、子どもの気持ちを優先してあげてほしい。子どもは思っている以上に親の言動を見ていると思うし、親の取っている行為を真似て育っていきます。ぼくは車いすに乗っていますが、子どもは車いすに興味を持って近寄ってきたり、「なんで乗ってるの?」「ぜんぜん動かないの?」と抱いた疑問を素直に投げかけてきます。ぼくはその率直さがとても好きだし、「こうこうこうなんだよ」と説明してあげることも大切だと思ってます。中には、「こら!もうスミマセン」という感じで子どもを引っ張って連れて行ってしまう親もいます。子どもにとっては、その瞬間から「さっきのはやってはいけないこと」だと認識してしまいます。本来、子どもは自由奔放です。危険な時は助け舟を出す程度でも良いのかと思います。「木」のうえに「立」って「見」る、で「親」です。適度な距離から見守っているぐらいがちょうどいいのかもしれません。子どもは可能性で溢れています。それを広げてあげられるのも、芽を摘んでしまうのも親次第です。自分の子どもを信じて良い距離感を作って欲しいと思います。そして、今の時代、知りたいことはほとんどインターネットでわかりますけれど、知りすぎてもよくない。自分で見て触って感じる体験をして初めてわかるものがある、と思います。

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