ゴールデンウィーク前の話だが大切なことなので改めて。
新潟県の泉田裕彦知事が、原子力災害対策指針の改定について原子力規制委員会に質問書を提出した。原子力規制委員会が原子力災害対策指針からSPEEDIなどの予測的手法活用に関する記述の削除を決めたことに対するもの。
SPEEDIは、死の灰のフォールアウトを予測する
福島第一原子力発電所の事故当時も、データがあるにも関わらず米国に対して提供されただけで、地域住民の避難に活用されなかったとして問題視されたことがあるSPEEDI。正式名称は「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(System for Prediction of Environmental Emergency Dose Information)」。
アメリカのスリーマイル島原発事故を機に、緊急時における周辺住民の安全確保のために開発されたもので、事故等で発生した放射性物質の放出源情報に、風速などの気象条件を併せることで、放射性物質の大気中濃度および被ばく線量の予測計算を行うシミュレーションシステムだ。
SPEEDIを使えば、放射性物質が何時間後にどのように拡散・降下(死の灰としてのフォールアウト)するかを予想することができるとされた。ところが原子力規制委員会はSPEEDIなど予測的手法に関する記載を全文削除する方針を打ち出し、4月22日、原子力災害対策指針を全文改正した。
泉田知事の質問状は、原子力規制委員会の方針がマスコミ報道された4月19日の2日後、4月21日付で提出されている。
原子力規制委員会田中俊一委員長に宛てられた質問書は以下の3項目。
実測値で判断するのでは被ばくが前提になる
1 被ばくが前提となる防護対策について
屋内退避等の防護措置の判断をモニタリングの実測値のみで行うことは、被ばくが前提となることから、30km圏内の住民が屋内退避せずに避難を開始する等の事態となり、混乱することが予想されます。
そのように住民理解を得て、避難計画の実効性を確保するのかお示しください。
SPEEDI等の予測的手法の活用について、原子力規制委員会に対して、質問書を提出しました。 | 新潟県 平成27年4月21日
実際には測定した結果で危険かどうかを判断するのでは、高い数値を測定した時点ですでに被ばくしてしまっている。当たり前の論理といえよう。
実測のみでの監視体制は機器・人員とも不十分
2 予測結果を用いた緊急時モニタリングの実施について
国は、住民避難等の防護措置をモニタリング実測値のみで判断するとしていますが、通常の監視体制では機器・人員が不足し、必ずしも十分ではありません。
事故時に的確な緊急時モニタリング体制を迅速に組むためには、気象予測やSPEEDI等の予測的手法が必要と考えますが、今回の指針改定で気象予測やSPEEDI等の予測的手法の記載を削除した理由をお聞かせください。
SPEEDI等の予測的手法の活用について、原子力規制委員会に対して、質問書を提出しました。 | 新潟県 平成27年4月21日
原子力規制委員会の今回の改定では、予測的な手法に関する記載が全削除されたが、文字通り削除されただけ。改正と言うからにはよりよいものになったはずだが、従来からの改善点についても説明されていない。
防災業務の実務を担う地域を抜きに原子力規制委員会だけで決めていいものか?
3 立地地域からの意見の取扱いについて
当県のみならず原発立地地域からは、屋内退避等の防護措置の判断に際し、SPEEDI等の予測的手法も活用すべきとの意見が寄せられていると伺っております。
なぜ防災業務の実務を担う立地地域と協議せずに原子力規制委員会のみで決めるのか説明してください。
SPEEDI等の予測的手法の活用について、原子力規制委員会に対して、質問書を提出しました。 | 新潟県 平成27年4月21日
地方自治体の現場の意見をまったく聞いていないのだとしたら、これこそお役所主義以外の何ものでもないだろう。
前述の通り、原子力規制委員会は「制定 平成27年4月22日 原規放発第15042229号 原子力規制委員会決定」との通達で原子力災害対策指針を全文改正した。
少なくとも泉田知事が質問書で示した疑問は、ごく一般的に理解できるものだと考える。唐突にSEEDIを使わないことになったと言われて、「なぜ?」と思わない国民はいないだろう。しかし原子力規制委員会はこの疑問に答えることなく、改正を強行した。SPEEDIなどの予防的手段を削除した理由も明らかにしていない。
原子力規制委員会のとった行動が、たとえ法に定められた手続き上の問題がなかったとしても、法の前提にあるリーガルマインドから考えて、不誠実であることは否めない。再び深刻な原子力事故が発生した時、生命・財産・生活が危険にさらされるのは、われわれ国民に他ならないのだから。
この件に関して、4月22日に行われた新潟県知事定例記者会見の該当部分を引用する。
原子力規制委員会は、なぜ情報を隠そうとするのか
平成27年4月22日 泉田知事定例記者会見要旨
(原子力災害対策指針の改定について)(文頭に戻る)
Q
本日、原子力規制委員会が、(原発事故時の住民避難の基本方針を定めた)原子力災害対策指針を改定し、SPEEDIの記述の削除を決めましたが、そのことに対する受け止めと知事の考えを伺います。
A 知 事
そもそも説明がないのです。避難する際に(SPEEDIを)どのように活用しようかということに対して意見を出しているのに説明もありません。原子力規制委員会の関係者は確か丁寧に理解を求めていきたいとコメントしているようですが、全く接触がないわけです。質問も出しましたが、回答がありません。その中で(SPEEDIの記述の削除を)強行的に決めており、全く丁寧な説明を受けていません。言っていることとやっていることが裏腹で、信用できない組織だと受け止めています。
Q
SPEEDI(の活用)に関して昨日も(原子力規制委員会に)質問書を出したかと思います。知事としては(SPEEDIは)必要というスタンスだと思いますが、あらためて必要性について説明してください。
A 知 事
以前も記者会見で申し上げたとおり、(原発事故が起きた際に)どこへ逃げるのかというときに、気象台に天気予報を聞いて北に行くか、南に行くかとするのがよいのかと。せっかく8時間後(に放射性物質がどのように拡散するのか)がわかるわけです。例えば、1週間後の風向きを当てるように言われても難しいですよ。スーパーコンピューターにより地表と上空の風向きの違いも含めて判断して、24時間後にどちらの方向に(放射性物質が)流れていくのかわかるシステムがありながら、避難の場所をどちらにするかなどと言って、避難経路で渋滞して被ばくしてしまうようなことが福島第一原発事故の際にはあったわけです。そのシステムを使わないようにするという判断はなぜなされたのかが全く理解できません。実際にドイツでは、気象庁から提供されたデータによるシミュレーション画像がインターネット上で公開されていました。大勢の日本人がそれを活用していたという事実もあるわけです。(シミュレーション画像の)提供を中止するという段階で、ドイツには日本から最も多くの「やめないでくれ」という声が届いたと聞いています。なぜ情報を隠そうとするのか、なぜ(SPEEDIの活用を)やめようとしているのかを、原子力規制委員会で聞いてきて欲しいという感想です。
泉田知事の対応は、県民の生活を守る県知事の仕事として誠実なものだと理解できる。原子力規制委員会が改正を断行したのは残念だが、実際に過酷事故が発生した際の避難の実務を担うのは県や市町村だ。泉田知事のマインドが、日本全国の自治体に広がっていくことを期待したいし、国民・市民として、その動きを応援したい。
最終更新:
iRyota25
SPEEDIのことは、気象庁が桜島や阿蘇山で実際に運用している「降灰予想」を思い浮かべればわかりやすいでしょう。これは1時間後から10時間後までの降灰エリアや小さな噴石到達距離が地図上に表示されるサービスです。原発事故時の避難に予測的手法を使わないとは、実際に火山灰や噴石が降っている下で降灰にさらされながら観測した結果を元に避難を計画しようということになります。しかも、予測する手段を持っているのにです。考えられない方針としか言いようがありません。