[空気の研究]ミュンヘン一揆・予告編

iRyota25

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ミュンヘン一揆をご存知ですか。まるで、もっとビールを呑ませろ!という群衆が立ち上がった一揆のような名称ですが、実際にその現場となったのは、ミュンヘン最大のビアホール「ビュルガーブロイ・ケラー」でした。

そしてその主人公は、アドルフ・ヒトラー。第一次大戦で過酷な賠償を課せられ、ドイツ国民が苦難の最中にあった1923年、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の党首として、勢力を拡大する最中にあったとはいえ、まだ一般的には、奇行としかとれない政治活動を行う極右政党という評価だったナチスとヒトラーが、苦しむ国民の支持を取り付ける最初の歴史的な一歩を刻んだ出来事でもあったのです。

ミュンヘン一揆の重大な意義を教えられたのは、山口定著「ヒトラーの抬頭~ワイマール・デモクラシーの悲劇」の冒頭のごく一部分によってです。大著なので、まだ全部は読んでいません。しかし、そこに描かれたミュンヘン一揆は、国民を包み込む空気がどのように変化して行くのかが如実に描かれていました。

ここ南ドイツ、バイエルンの市内を流れるイザール河の対岸のビュルガーブロイ・ケラーというビアホール兼高級社交場では、約三千人と伝えられる多数の人々が身動きもつかないほどつめかけて、ビールをあおっていた。

山口定「ヒトラーの抬頭~ワイマール・デモクラシーの悲劇」1991年 朝日文庫

第一次世界大戦を率いたヴィルヘルム2世を亡命させ、ドイツに共和制をうちたてることになった十一月革命からちょうど5年目の記念日となるその夜、ビヤホールには南ドイツ・バイエルンの右翼的政治指導者や官僚、軍人なども集結していた。そして、当時バイエルンで支配的な権力を握っていた三頭政治家のひとり、フォン・カールが演説をぶちはじめて30分ほどが経過した時、異変が起こる。

突然会場のドアが押しあけられ、ピストルと機関銃で武装した男たちがホールに入って来た。たちまち大混乱がおこった。

(中略)

押し込んで来た一団の男たちの先頭には、黒いフロックコートを着た三四、五歳かと思われる目つきの鋭い男が立っていたが、彼はきなり手近な机の上にとびあがると、ピストルを天井に向けて乱射した。混乱はおさまった。その中をこの男は壇上に進んだ。こうして、あおざめているフォン・カールを尻目に男はいきなり絶叫した。「国民革命は開始された。この会場は六〇〇名の完全武装した隊員たちによって包囲されている。だれ一人会場を出ることは許されない。ただちに静粛にしないと、わたしは廊下に機関銃を据えさせる。バイエルンおよびドイツ中央政府は解体され、臨時政権が樹立された。国防軍の兵営と警察は占領された。軍隊と警察はかぎ十字(ハリケーンクロイツ)の旗の下に、市の中心部に向かって進撃中である。

山口定「ヒトラーの抬頭~ワイマール・デモクラシーの悲劇」1991年 朝日文庫

まさに武力を背景にした暴動でした。

しかし著者は、このときヒトラーは三頭政治家たちに自分への協力を求めることこそを目的としていて、必ずしも彼自身が前面に出る腹づもりではなかったと指摘します。

ヒトラーは彼の腹心のゲーリンクに会場のことを任せると、三頭政治家とともに小部屋に入ります。しかし追いつめられた三人の有力政治家たちはことの成り行きに茫然自失し、ヒトラーとまともに交渉することすらできませんでした。内心では、このぽっと出の極右論者がたとえピストルを振り回そうとも、大勢は変わらないと馬鹿にしていたのかもしれません。ヒトラーはやむを得ず会場に引き返して、約三千の民衆に対して訴え始めます。

ヒトラーのこの弁舌は恐ろくべき力を持っていた。この日その場に居合わせた歴史家フォン・ミュラー教授の冷静な目は、それまでナチ党の突飛な行動を敵意の目で眺めていた参会者の間の空気が、このヒトラーの演説で一変してしまった過程をはっきり確認している。

とにかくヒトラーの話が終わると、参会者たちは一斉に歓呼の声をあがた。そしてそのどよめきが小部屋の三人にも達し、それが彼らの心を動揺させた。

(中略)

それまでは極度に昂奮して落ち着きのなかったヒトラーも、今では昂然と、しかも悠々と、情熱をこめて演説した。

「今、わたしは、五年前、陸軍病院で目を傷めて廃兵であった時に自分の胸に誓った誓いを果たそうと思う。それは、十一月の犯罪者たちがうち倒され、今日の惨めなドイツの廃墟の上に、ふたたびあの力と偉大さに満ち、自由と光輝にあふれたドイツが復興する日までは、休息も憩いも求めないという誓いである」

山口定「ヒトラーの抬頭~ワイマール・デモクラシーの悲劇」1991年 朝日文庫

11月8日、日本時間では11月9日になっていたこの夜の昂奮は、会場を脱出した三頭政治家と国防軍によって鎮圧されます。ヒトラーは逮捕され収監されるが、その時から彼自身の弁による「わが闘争」が始まったのです。

そしてまた、それまで一般の人々にとってはエキセントリックな存在でしかなったナチスが、明らかに空気を変えていく端緒となった出来事でもあったのです。そして重要なのは、三頭政治家を説得しに行ったのに相手をしてもらえなかったので、みずから演説したところ、民衆に歓呼の声で迎えられたというくだりです。

ここまでは、本書「ヒトラーの抬頭~ワイマール・デモクラシーの悲劇」の冒頭数ページに描かれていることに過ぎません。本書を読み進めながら、空気がどのように変えられていったのか、これから未来に向けての参考としたいと思います。

なにしろ「ナチスに学べばいい」と発言する人がいるほどのナチスなのですから。(もちろん逆の意味ですよ)

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