東京電力「吉田調書」を読む(5)海水注入の判断

iRyota25

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ベントへの困難な道 ~総理の来訪は関係ない

菅総理(当時)の来訪によってベントのタイミングが遅れたのではないか。総理が乗ったヘリが上空を飛んでいる時に、放射性物質を空に排気することが躊躇されてベントが遅れ、それが爆発につながったのではないか。

1号機が爆発した後、そんな憶測が飛び交っていた。総理がヘリで去っていった後、インタビューはそこを質していく。

○質問者 これは、今、若干話に触れられましたけれども、経産大臣からの実施命令というのが6時50分にあったということで、そこからちょっとして、21分後ですかね、総理が到着ということは、まず、実施命令があるところに、まさにそのころ、もう総理が向かっているというような状況になっていると思うんですけれども、その辺の総理が来て帰っていくと、その上空をベントでどんどんふかしていくということになると、どうなのかなというところから、その辺が操作を遅らせたんではないかという思惑なんかも一部ではあると思うんですけれども、そういうような判断というか。

○回答者 全くないです。

○質問者 それは、全く所長の頭にはなかったのですか。

○回答者 はい。早くできるものはかけてしまったっていいじゃないかぐらいですから、こっちは下げたくてしようがないわけですよ、私だって、格納容器の圧力を下げたくてしようがないわけですよ、安全から考えれば、だけれども、できないというぎりぎりの状態ですから、何とかしてやれといっているわけだけれども、できないと。それは総理大臣が飛んでいようが、何しようが、炉の安全を考えれば、早くしたいというのが、現場としてはそうです。

吉田調書 2011年7月22日 52ページ

ベントを急ぐこと、格納容器の破損を防ぐことこそが最重要課題ということを吉田所長は強調している。

それにしても、「早くできるものはかけてしまったっていいじゃないかぐらいですから」という言葉の意味は分かりにくいが、「総理大臣が飛んでいようが、何しようが」という後の言葉と合わせると、「ベントの排気を総理にかけても構わない」という意味にもとれる。ベントを急ぐ気持ちの表れというには、表現があまりに不穏当ではあるが。

ベントへの困難な道 ~100に近い被曝をした作業員

○質問者 できないというのは、何ができないんですか。

○回答者 だから、さっき言いましたように、電源がないですね、それからアキュムレーター(圧縮した空気を蓄える蓄圧器)がないので、いろいろ工夫しているわけですね。その間に圧力を込めに行ったりとか、電源の復旧だとかやっているんだけれども、どれをやってもうまくいかないという情報しか入ってこない。最後の最後、手動でやるしかないという話で手動でいくんですが、手動でいって、ドライウェル側のMO弁というバルブは結構重たいので被曝するんですけれども、これは何とか開けた。だけれども、ドライウェルのサプレッションチェンバから出てくるライン、ここのバルブにアクセスしようとするんですが、線量が余りにも高過ぎてアプローチできないという状態で帰ってくるわけですね、そんな状態が続いているので、また、それをもう一度アキュムレーターから動かすのをチャレンジしろとか、やっとそのころにコンプレッサーの車が来たりとか、役に立ったりとか、そんな段階で道具もそろっていない中いろいろやるんですけれども、なかなかうまくいかないということなんです。

 ここが、今の議論の中で、みんなベントと言えば、すぐできると思っている人たちは、この我々の苦労が全然わかっておられない。ここはいら立たしいところはあるんですが、実態的には、もっと私よりも現場でやっていた人間の方が物すごく大変なんですけれども、本当にここで100に近い被曝をした人間もいますし。

吉田調書 2011年7月22日 52ページ

ドライウェルは格納容器のうちフラスコ型をした上部構造物。本来水がない場所なのでドライウェルという。サプレッションチャンバはフラスコ型の下に設置されたドーナツ型の部分。ベントの際に放出される水蒸気は一旦、ここに蓄えられた水を通して、放射性物質を減らした上で大気に放出される。

MO弁はモーターで駆動する弁ということ。本来電気で動かすものなので、人力で動かすには非常に重たい。

そのうちドライウェル側の弁はなんとか開けることができたが、サプレッションチャンバからの弁を開けるにも、空間線量が高すぎて近づけなかった。

100に近い被曝という100の単位は、ミリシーベルトだろう。弁を開きに行った時間だけで、急性放射性障害で死亡者が出始めるとされる2シーベルトの20分の1ちかい被曝をした人がいたという衝撃の事実だ。

ベントへの困難な道 ~情報伝達に往復1時間

100ミリシーベルトも被曝してしまうような厳しい現場は、もちろん原子炉建屋の奥深くだ。各原子炉の中央操作室からも離れている。もちろん円卓からも遠い。距離的にも、空間線量の高さという点でも離れた場所との情報伝達はどのように行われていたのか。ここでも衝撃の証言が行われている。

○質問者 通信は、PHSはまだ使えていないんですか。

○回答者 使えていないです。

○質問者 そうすると、命令を出して、どうだったかと、1往復情報するのは、どのぐらい時間がかかるんですか。

○回答者 1時間以上かかる。

○質問者 1往復。

○回答者 はい。だから、要するに中央操作室と円卓のところは、そこはあるんです。ここからやれと指示してきます、向こうから人を募って現場に出しますと、行ったら行きっぱなしで状況がどうかわからなくて、それで帰ってくるというと、ここを段取りして行って、返ってくると1時間くらいかかってしまうから、それで言ったことが返ってくるまでに1時間後に、行ったんですけれども、線量が高くてできませんでしたというのが、指示してから1時間後ぐらいに返ってくると。

○質問者 8時3分の9時目標でベント操作を行うように所長が指示されたというのは、どんな形で指示をされたんですか。

○回答者 これは、円卓の中で。

○質問者 総理もおられるんですね。

○回答者 いや、これは総理はもう出ているんです。7時11分だから、ヘリコプターの、ここに到着した時間と、ここから出ていった時間を行っているので、ここの免震棟にいます時間は、これから都合プラスマイナス10分ぐらいですね、到着は後だし、出発は前と思っていただいた方がいいと思います。

○質問者 9時目標で指示されたことを聞いて総理が出発されたというわけではない。

○回答者 ないです。

吉田調書 2011年7月22日 52~53ページ

情報伝達に往復1時間。シビアアクシデントへの対応を困難にする大きな要因だと考えられるのだが、質問はここでも菅総理の動向と現場対応に因果関係がなかったどうかという話題に横滑りしている。

ベントへの困難な道 ~遅れの理由はできなかったから

これ以降も、意味を汲み取りにくい質問が続くが、少し辛抱してお読みいただきたい。9時ベントという指示があったにも関わらず、それができなかった理由は何なのかということ訊く質問が続く。

9時という指示があったから、準備ができていないのに人力によるベントに行かざるを得なくなったのではないか?

福島県側とのやり取りで周辺住民の避難状況を考慮したのではないか?

本店側が「待て」と指示したのではないか?

○質問者 その指示に従って、9時4分ですかね、現場に当直員が出発したりするわけですけれども、そういったいきさつで9時という目標をつくりましたので出発を余儀なくされたというところもあるということなんでしょうか。むしろ、機材とかアキュムレーターとか十分準備できていないし、線量も高いしできるかどうかわからないんだけれども余儀なくされた。

○回答者 ここは、まず、最初の段階で、手動、今までいろいろ遠隔で電源だとかやったんですけれども、うまくいかなかったので、最後、手動でやるしかないというふうに、被爆しますけれども、腹を決めて9時にやってくれというお願いをしたというのが、ここです。

○質問者 時系列をずっと見ると、8時37分に9時ベントの開始に向けて準備していることを福島県の方に連絡をされて、避難完了してからベントということで調整を図っていると。

 それから、9時3分に大熊町の避難完了が確認されたと、それで9時4分に当直員が現場へ出発するということになっているんですが、地域の方の避難がなかなか進まなかったという状況はあるんですか、それとも、要するに9時目標でやるにしても。

○回答者 これは、済みません、私に訊かれても発電所の外の状況がわからないので、外から聞いた話で、要するに本店から入ってくる情報で、一部の地区で、まだ逃げていない人がいるだとか、そういう情報が入ってきたということです。

○質問者 それが、要するにやろうとしていたら、本店の方から、ちょっと今、待っておけというような状況があったのかどうかということです。

○回答者 それは、待っておけというか、そこの避難に時間がかかるとか、そういう話は入ってきているので、待つというよりも、勿論、その状態を終わってからという話は入ってきていますけれども、ただ、実際我々としては、さっきから何度も言っていますけれども、できないんですもの、できないのに、待ても何もなくて、最後はもう手動でやるしかないと、腹を決めてやったのが9時なんですけれども、これをやったら、最後、被爆さえすれば、何とかできるかと腹をくくってやったんだけれども、結局S/C(注:サプレッションチャンバ。ベント時に排気する水蒸気を一旦通すべき水の溜まった部分)側の弁は近づけなかったという状態で、1回も、手動もあきらめているんですね。そこからもう一度S/Cのところについて、バッテリーを積んだコンプレッサーをもってきて圧力を上げて、遠隔で開くというのにチャレンジができ始めた、その後ですね

吉田調書 2011年7月22日 53~54ページ

「ただ、実際我々としては、さっきから何度も言っていますけれども、できないんですもの、できないのに、待ても何もなくて、最後はもう手動でやるしかないと、腹を決めてやったのが9時なんです」

これがベントについては全てということらしい。

ベントへの困難な道 ~建屋内の白いもや。やはり何かが漏れている

○質問者 9時4分の現場出発までのベント実施手順の検討、継続というところが、15ページにもう少し詳細に記載があって、これは、2時24分以降、300mSvの区域であれば、緊急時対応の線量限界で17分の作業時間と、要するに線量が非常に高いということもあって、3時45分ごろ、原子炉建屋の線量測定のために、二重扉を開けてみたら、白いもやもやが見えたと、それですぐに扉を閉めたと、結局、線量も測定の実施ができなかったというようなことがあるんですが、この白いもやもやが見えたということについては、報告は入っていますか。

○回答者 入っています。

○質問者 この白いもやもやというのは、聞いたときに何だと。

○回答者 蒸気だと思いました。

○質問者 やはり、何かどこか漏れているんじゃないかというような認識だったんですかね。

○回答者 はい。

吉田調書 2011年7月22日 54ページ

何かが漏れている「何か」とは蒸気、それも高い線量の放射能を含む蒸気と認識しながら、その場所に作業員を送り出さなければならない――。自分が作業員の立場、また所長の立場だったらと想像すると、全身の毛穴が収縮するような、体がふるえるような感覚になる。

ベントへの困難な道 ~続く余震。そして決死隊

○質問者 その後、4時30分ごろなんですが、余震による津波の可能性から中央制御室の方に、現場操作の禁止が指示されると書いてあるんですが、これは要するに余震の影響というものもあったんですかね。

○回答者 あります。この辺、ちょっとデータを覚えていませんけれども、震度5とか6近い余震が、この晩、結構起こりましたので、その都度現場退避をかけていましたから、そういう状況での作業になります。

○質問者 それで、これを見ますと、4時45分ころ、発電所対策本部より100mSvにセットしたABD(注:APD、警報付きポケット線量計か)と前面マスク(注:全面マスクか)が中央制御室(注:中央操作室か)に届けられると。どうも決死隊じゃないですけれども、そういう方向に、このころ流れていっているということなんですね。

 この後なんですけれども、班編成を組んだり、2名1組の3班体制ということで、これもだれが行くのかというところで、これをみると、結局、上の当直長、副長という、その班のトップ、かなり年をとっているというと語弊がありますけれども、要するに若い人よりも年をとっている人が優先的に班編成を組んで行かれているという状況なんですかね。

○回答者 はい。

○質問者 この辺の班編成をどうするとか、そこはもう当直の方に任せているわけですか。

○回答者 任せています。

○質問者 最初は、遠隔操作で何とか開けられないかということをずっとやられていて、それがどうもだめだということで、4時から5時にかけてぐらいから、何とか直接開けていくしかないかなという方向で検討を進められていたと。その間、余震なんかもありながら、作業を中断しては、またやるということがずっと繰り返されているということなんですね。

○質問者 はい。

吉田調書 2011年7月22日 54ページ

続く余震。しかも震度は5とか6。その都度避難をかけながらの作業。

そんな中、発電所対策本部から100mSvにセットした警報付きポケット線量計と全面マスクが中央操作室に届けられる。

決死隊。

「要するに若い人よりも年をとっている人が優先的に班編成を組んで行かれているという状況」

ベントへの困難な道 ~過酷事故対応の不備

○質問者 非常用のコンプレッサーみたいなものは、消防車みたいな感じで準備はしていないんですか。

○回答者 していないですね。これは、普通、我々が必要なのは、いろんな計器を構成するために、ちょっと圧力をコンプレッサーで(・・・)ということで、通常は、大きいIDSAという駆動用のでかいコンプレッサーが中に(・・・)しているんですね(・・・)4台ぐらいあるから、基本的にはこれがあれば、通常の運転状態だとか、通常の状態のときは、そのコンプレッサーで空気を張ればいいんですけど。。

○質問者 すべては交流電源がないということに尽きてしまうわけですね。

○回答者 だから、そうすると、アクシデントマネジメントのあれで用意するものになりますけれども、今後の検討になりますけれども、IDSAのコンプレッサーが死んだときのことを考えて、どうやって圧力を張るのというところの手順だとか、道具までいれておく必要があるという話にはなると思います。

吉田調書 2011年7月22日 56ページ

シビアアクシデント(過酷事故)への対応はとられているはずだった。しかし、現実にそれが起きてしまったとき、弁を動かすためのエアに圧をかけるコンプレッサすら備えられていない。結局すべてを人力で、非常に高い線量の高い空間の中で、被爆しながら人間が動かさなければならない。

吉田所長の「今後の検討になりますけれど」という言葉は、東京電力の事故原発ではシビアアクシデントへの対応ができていなかったことを明かすものだ。

ベントへの困難な道 ~結局、ベントが出来たのかどうかすら分からなかった

○質問者 それで、結局、ベントに関して言うと、これは14時30分のところで、S/Cベント弁の大弁を動作させるために、14時(注:3月12日)ごろに仮設の空気圧縮、コンプレッサーを設置したところ、ドライウェル圧力が低下していることを確認したと。それで、ベントによる放射性物質の放出と判断、これを15時18分に官庁等に連絡と書いてあって、これは、この当時、ベントでラプチャーディスク(注:あらかじめ設定された圧力で破損することで以上圧力を排出する安全装置)がやぶれて、ベントが行われたんじゃないかというふうには思っておられました。

○回答者 わからないです。要するに、本来、ベントができているかどうかというのは、排気塔の上についている線量計で線量が上がればわかるんですけれども、それすら監視できないですから、だから、結果論として監視できるのは、ドライウェル圧力が下がっているかどうかというぐらいしかないわけですね。ドライウェル圧力で見ていると、どうも下がったみたいだから、ベントできたんじゃないかということの推定です。ですから、本当にベントしたかどうかの確認は、本当は、そこの線量を見るしかないんですけれども、それができないので、代替としてこれで見たというのが1つ。

 それから、ちょうどNHKのテレビカメラが1号機をとらえていまして、これが14時ごろ、スタック、ぽっと白い煙みたいのが出るんです。これは、ちょうどタイミングが出たのと、ドライウェル圧力が下がってきたのと同じような時刻だったので、これはベントした可能性が高いと。

 さっき言ったように、もともと最後の砦のところは、ラプチャディスクですから、圧力が立って壊れるということなので、こちらが意識的にやるというよりも、まず、どこかで破れてくれて、という話ですから、何時何分にラプチャディスクが壊れたから(ママ)わからないですね。だから、そこで確認するしかないということで報告したんです。

吉田調書 2011年7月22日 56~57ページ

格納容器を守るために、何としてもベントをしなければならない。9時の当初目標から大きくずれこんで、14時頃に弁を開くための仮設の空気圧縮、コンプレッサーを設置したら、すでにドライウェルの圧力が下がっていた。

ベントが成功したのかどうかは判らない。ただ圧力が下がったことと、NHKの映像で「らしい」と判断しただけ。

圧力差で壊れて排気を行うラプチャーディスクの構造の問題もあるかもしれないが、排気塔の上の線量計が機能しなかった。

そもそも、放射性物質を含む気体を人為的に「外」に放出する行為であるベントを検知する仕組みがそれだけしかなかったということに、重要な瑕疵があると言えまいか。事故以前のシビアアクシデント対応は、まったくできていなかったと言われても仕方ないだろう。

海水注入 ~発電所内では検討が進められていた

ベントが本当にできたのかどうか、格納容器の破損はどの段階で起きたのか、1号機の爆発を水素爆発と断定する根拠がどこにあるのかなど、素人目で見てもベントは重要なテーマなのだが、質問者は「ラプチャディスクの性質上はっきりは分からない」という回答に満足して、話題を転じる。

次の話題は「海水注入」。いったん原子炉に海水を入れてしまったら、その原子炉は廃棄するほかなくなってしまう。その重大な判断がどこで、どのように行われたのか。

○質問者 それで、その後、ベントの話があって、そこから14時53分のところで、消防車による原子炉への淡水注入、80トン、累計注入完了とありまして、その1分後のところで、原子炉への海水注入を実施するよう、発電所長指示とあるんですけども、これは、それまで淡水を防火水槽などを水源にして、水をどんどん入れていて、それが現状ではほとんど真水がほとんどなくなったという状況なんですか、この累計完了というは、それで、引き続き、この海水注入を実施するよう発電所長。

○回答者 これは、引き続きじゃなくて、ごめんなさい、ここも表現を正確に言いますと、14時54分の前から海水注入の準備はしていたんです。ですから、海水注入の準備をしなさいという指示は、もっと早い時点にしているので、ラインナップが、もう既にこの時点でできるようになっているので、では、海水注入を実施しなさいと、これはどちらかというと、準備指示ではなくて、実施指示に近いものを私はしていたような記憶があります。

 ただ、それが、爆発でできなくなってしまったと、また、元へ戻ってしまったということなので、ここを正確に言うと、もう少し前の段階で、海水中のラインナップについても検討するように指示しています。

吉田調書 2011年7月22日 57ページ

原子炉に残されていた淡水はわずか80トンだった。次の対応、つまり淡水がなくなった後にどの水で原子炉を冷やすのか、その検討はすでに行われていた。準備も整えられていた。吉田所長はそう説明している。これに対して質問者は驚いたように訊き返す。

○質問者 これは、海水を入れるという初めての判断になると思うんですけれども、これは、例えば円卓の皆さんだとか、あとは本店のテレビ会議を通じて、本店の人だとか、そういう人たちと話し合った結果、海水を入れようとなったのか、どういう経緯で。

吉田調書 2011年7月22日 57ページ

海水注入 ~無限大の水源は海水しかないと腹を決めていた

海水注入は、「所長の判断で停止しなかった」というその後の経緯からも、吉田所長の決断が支持される要素の大きなもののひとつだ。途中で停止しなかったのみならず、所長と原発の現場では、本店や官邸からの指示や相談の以前から、海水注入の準備を整えていたわけだ。

○回答者 まず、だれかに聞いたというより、私ども無限大の水源は海水しかないので、淡水をいつまでもやっていても間に合わないと、だから、海水を入れるしかないと、腹を決めていましたので、だから、全体会議で言ったかどうかは別にして消防班に、海水を入れるにはどうすればいいんだという検討をさせて、それで、海から取ると、あそこは10メーターのあれがありますから(注:建屋と海面には約10メートルの高低差がある)、普通の消防用ポンプでは上がらない、ここが海で、ここが4メーターで(注:タービン建屋東側のエリア)、ここが10メーター(注:原子炉やタービン建屋が建つ地盤)、ここにタービン建屋、ここに入れるわけで、ここから水、10メーターは上げないといけないので、普通のサクション(注:吸い上げ)では無理なんですよ。だから、どうするんだと。

○質問者 中間のどこかに置かない限りは、もう無理。

○回答者 そうなんです。ブースターを置かないとどうしようもないので、ないわけで、どうするんだと、たまたま3号機の逆洗弁ピットとタービンで、津波の水が、海水がたまっているという情報があって、この水を使えと、本当に工夫なんですよ、とりあえず、それで、この水を使って、このピットに何とか海水をメーキャップするようなことを考えていくしかないということをやっていて、その後、消防車がたくさん来てくれたので、この揚場に2列つないで、ここから引き揚げて、2台でブースターみたいにして圧力を上げて持ってきて、ここにもう一台の消防車をいれるというラインナップがその後で完成するんですけれども、最初の1号機の状態は、ここにたまっている津波の水を使うという、極めて現場的なというか、そんなことしかできなかった。

吉田調書 2011年7月22日 57ページ

海水を入れるにしても、ただホースをつなぎさえすればいいということではなかった。海面から10メートルの高低差があるタービン建屋まで水を揚げるには、普通のポンプで吸い上げることは不可能で、途中で圧をかけてやらなければならない。そのうち、3号機に津波の水が溜まっていることを発見する。

揚水・送水するラインを準備するにしても、水源の発見にしても時間と手間がかかる。つまり、全交流電源喪失で消火用の配管を使って原子炉を冷却するしかないことが判明した時点から、海水注入の準備が進められていたということだ。

海水注入 ~本店との電話会議システムは音声を切れる

しかし、原発をおじゃんにしてしまう海水注入を本店はどう見ていたのか。勝手なことを進めて大丈夫だったのか。やや老婆心気味の質問ながら、このやり取りから現場のリアルな状況が想像できる。

○質問者 そういうやりとりをしていることについて、例えば本店なんかは把握して。

○回答者 そこは、準備しているだとか、細かい状況について報告していなかったんですね。

○質問者 聞いていて、何か向うの方で、海水、海水といっているんだけれども、大丈夫かみたいな感じにはならないんですかね、映像と音声で、報告しているんじゃないですけれども、こっちの方で、そういう所長以下でやっているのが聞こえてきて。

○回答者 音声切っていますよ。

○質問者 切れるんですか。

○回答者 切れる、発言のときだけ押しますから、別に情報をしらせたくないということではなくて、検討しているわけですよ、こっちで、どうなんだと、どこでどうやればいいんだと、図面をもってきて、ここはだめだなとか、ポンプ何台、消防車何台あるんだと、2台だと、図面を持って来ていろいろやっているわけですね。それなら別にいちいち言う必要はないわけで、それで、こういうのを探していくわけです。本店に言ったって、こんな逆洗弁ピットに海水がたまっていますなんていう情報は百万年経ったって出てきませんから、現場で探すしかないわけですね。

吉田調書 2011年7月22日 58ページ

話すときにマイクの前のボタンを押すタイプのテレビ会議システムだったことが分かる。映像はずっと送られているが、音声は話者が話そうとした時以外には送信されない。そんな状況の中、円卓はなかば本店から独立した形で対応を進めていた。

海水注入 ~いくつかの対応策を並行して

○質問者 もう一つ、このころやられていたことで、これは時系列のところにありますが、15時18分ですね、ホウ酸水注入系復旧作業を進めており、準備が整い次第、ホウ酸水注入系ポンプを起動というようなこと、これば、要するに2号機のところの2Cというパワーセンター(注:電力供給装置)のところに電源車をつないで、そこからケーブルを敷設していって、中の方に通して、それでSLC(注:ホウ酸水注入系)の電源として、それで入れようというようなことが。

○回答者 パラで検討。(注:並行して検討ということか)

吉田調書 2011年7月22日 58ページ

この部分も、本店からは独立して、現場独自の措置をとっていた様子を伺わせる。ホウ酸水注入系とは、核燃料の臨界を抑えるホウ酸を原子炉内に注入するシステム。ここからの水の注入も検討していたということか。

しかし、これらの作業は15時36分に起こった出来事で振り出しに戻る。

3月12日15時36分、1号機

○質問者 それで、これを見ると、もうかなり。

○回答者 もうあとスイッチを入れる寸前に爆発したんです。

○質問者 それで、15時36分ということになるわけですね。

○回答者 はい。

○質問者 では、今日は、時間もありますので、この辺で、また、次回は爆発のところということで。

○回答者 わかりました。

以上

吉田調書 2011年7月22日 58ページ

※次回からは2011年7月29日の第2回聴取から、原子炉の爆発についてのインタビューを読み進めます。

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