LED照明にうっすらと照らされたその場所で、初対面の藤原節男さんに手渡された彼の著書「原子力ドンキホーテ」が面白かった。公益通報(内部告発)を行った人物の誇りと信念が言葉のはしばしにちりばめられている。生半可な意識で読んでいると、ところどころでピシッと指先を怪我してしまう、そんな一冊だ。
読む側が逆に問われる一冊
名著である。
ただし、この本の価値が理解できるのは大人だけだ。
なぜなら、言葉の端々に「エッジ」が立っていて、その意味が分からなければ、途中で投げ出してしまいかねないからだ。
などと評していると「お前、何様のつもりなんだ」と逆に刺されかねない。
いや指摘されたって構わない。「何様?」と問われて、「自分はこの一冊の価値が理解できる人間だよ」と笑って答えるには、その人が大人でなければならない。そういう意味も含めて、名著であると断言する。
著者の藤原節男さんは原発技術者だ(過去形ではない)。原発メーカーである三菱重工で、さらにそこから転じて原子力発電所の安全性を担保する行政の一員(原子力安全基盤機構検査員)として原子力発電に関わってきた。そして、長いキャリアの中で、いくつかの公益通報を行った。公益通報とは、たいらな言い方をすれば内部告発だ。告発すべきことが原子力発電の現場にあることに目を背けることができず、技術者の良心から告発してきた。公益のため、原子力の安全のために。そして、藤原さんは結果的に原子力開発の現場を追われた。
東日本大震災による原発事故の後、藤原さんの言動は脚光を浴びるようになった。マスコミに取り上げられ、各地で講演をし、とくに第一原発3号機の爆発が水素爆発ではなく小規模な核爆発だったと解説したことで時の人ともなった。
藤原さんの考えは「脱原発」だ。安全がないがしろにされ、きわめて重篤な事故に発展しかねない事実に外側から見えないように蓋をして、原子力村の安寧を図る風土では、安全な原子力発電は不可能だと断じている。福島の原発事故批判の急先鋒のひとりだ。
脱原発だが原子力研究推進とは?
だが、藤原さんは脱原発運動の旗手であると同時に、原子力研究推進の論客でもある。脱原発と主張しながら一方で、原子力の研究開発は不可欠だという。真に技術者の良心によって支えられる原子力は、未来に向けてあるべきだと主張する。その論拠は、本書を読んでもらうことで理解できるだろう。しかし、「脱」でありながら「研究推進」。一見、相反する考えを一身に担うことは矛盾撞着のようにも見える。
しかし、これこそが藤原節男さんが藤原節男さんたる所以。良心をもった技術者であり続けていることの証だ。
このような主張は余人にはなしえないだろう。しかも藤原さんは、さまざまな立場から数多の批判の石礫(いしつぶて)が飛び交うであろう野(左右のみならず行政や旧知の同僚など、ありとあらゆる「立場」の人たちが雑居する場)に、自ら進み出て、覚悟の上で、自ら信じるところを主張しているのだ。
職業上の良心は、どんな仕事にも存在する。マスコミの良心。建設作業員の良心。農家の良心。コンビニの良心。漁師の良心。ものづくりの良心。商売人の良心。政治家の良心。自らの生業の良心に反する行為は、その職によって糧を得てきた自分自身の存在を否定することに他ならぬ。
だが、良心とは自らが自覚し、自らの行動の規範とするものだ。他者から押し付けられるような種類のものではない。たとえ相手が社長であれ、奥さんであれ、総理大臣であれ。だからこそ、藤原さんは脱原発であり、そして本来あるべき形での原子力推進という、自らのポジションを獲得し、そこに立っている。
本書を読み進めて行く中では、良心を持ち続けるということが指弾、孤立、放逐という組織側からの仕打ちにつながって行く状況が明らかにされていく。しかし、そこで屈することが意味することは何か。
組織側に指弾され、孤立に追い込まれることで、やがて放逐されていくものはあなたの「良心」にほかならないと、本書はちょうど自分の頬のあたりまで近づいてきて、静かだけれど明瞭な声で呼びけてくる。そう感じる。
本書で述べられる「アクティブ・グッドマン」とは、「大人」の別の言い方に他ならない。日本人にグッドマン(善人)は多い。しかし受動的善人(パッシブ・グッドマン)ではなく、「このままではいけない」というアクティブなあり方が必要だ。なぜなら、バッドマン(悪人)にパッシブ・バッドマンはいないからだ、との論には、目から鱗が落ちた。
公益通報が当たり前の社会、公益通報が賞賛される社会へのと、世論を向かわせること。そして第二の福島原発事故が起こらないような社会組織をつくること。その究極の目標を果たすまで、私は人生を賭した活動を続けていくつもりだ。
藤原節男「原子力ドンキホーテ」174ページ (ぜんにち出版 2012年4月13日刊)
ドン・キホーテ。世俗の評価に意を決し、真の英雄たらんとする者。21世紀という時代が求める人であり、生き方のイデア。
老朽化した大人たちのみならず、13歳のこども達にもぜひ読んでほしい一冊だ。
●TEXT+PHOTO:井上良太
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