青春18きっぷを手にすると、どれだけ電車に乗っていても平気になってしまう。
--------------------------------------------------------------------------------------- ■青春18きっぷ
・JR北海道からJR九州まで、すべてのJRの普通列車が乗り放題になる。
(特急列車は不可)  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
・使用期間は大まかに春、夏、冬。学生の休暇時期と重なるように設定される。
・5枚つづり11,500円で販売されるため、1日あたり2,300円で乗り放題。
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「1日列車に乗りっぱなしだと、果たしてどこまで行けるのか?」
僕が青春18きっぷの存在を知ったのは、大学1回生のころ。実質2,300円でJRの普通列車が1日乗り放題というのだから、鉄道にそれほど詳しくない僕でもワクワクしたものだ。そして、そんな青春18きっぷの存在を知ると、多くの人がこう思うのではないだろうか。
「1日列車に乗りっぱなしだと、果たしてどこまで行けるのか?」
もちろん、スタート地点もゴール地点も人それぞれなのだけど、僕の場合は当時住んでいた実家から近い、神戸・三ノ宮駅がスタート地点。兵庫県を代表する駅からなるべく遠いところまで、果たしてどこまで行けるのか。これは、僕の中でいつしか解決したい疑問となっていた。
そして、大学4年目を迎えた2008年。諸々の事情から大学を休学し、4月から沖縄・西表島で働くことになった僕は、これを機会に電車で鹿児島まで行き、鹿児島から船に乗り継ぎ西表島を目指すことにした。そう、数年来の課題を試す時がついにやってきたのだ。
「神戸から九州へ、1日列車に乗りっぱなしだと、果たしてどこまで行けるのか?」
神戸から西表島まで。どれだけかかる?
例えば、この道のりを飛行機に置き換えてみる。西表島を目的地として調べてみると、
「神戸空港 ⇒ 石垣空港 ⇒ 西表島」(※)
と、ワン、ツー、スリーステップ。時間にしてわずか半日足らずで行くことが可能だった。費用にしても格安航空券を手配すれば、片道2万円程度。当時から、「便利な時代だなぁ~」と感心したものだ。
※ 2008年当時。現在は神戸~石垣を就航する路線はなく、
関西からは関空~新石垣航路のみ。
さて、これが電車だとどうなるか。出発はもちろん早朝。「特急列車は一切使わない」を条件に調べてみると……。
まず、三ノ宮駅から1日で進める最遠地は八代駅。なんと熊本県だ!つまり、1日電車に乗り続ければ、神戸から熊本県の南部まで行くことが可能なのである。それも、2,300円で、だ。ただ、その後は、(2日目)八代から鹿児島、鹿児島から船で那覇へ、(3日目)早朝に那覇到着、夕方に船に乗り石垣島へ、(4日目)早朝に石垣島到着、さらに船を乗り換え西表島へ……。と、けっこうかかるのだが。
そして、これらの費用(青春18きっぷ2日分と、沖縄~石垣~西表の船賃)をすべて足すと、当時の料金で2万6000円程度!ここまでしても、飛行機の方がはるかに安いことにやるせなさをおぼえつつ、「こんなことが出来るのも学生のうちだけだ」と、大学生にありがちな結論で納得した。そうだ、道中に見る移りゆく景色にこそ、価値があるんだ。
さぁ、いよいよ出発の日がやってきた。
沖縄で働くぶんの荷物は全てザックに詰め込んだ。
初日は「神戸・三ノ宮駅から、熊本・八代駅まで、乗車時間13時間30分の旅」だ。
もちろん、これだけの長時間電車に乗りっぱなしなんて経験はなく、完全に未知の世界。気楽な遠足気分だった僕は、これからやってくる「地味な苦難の数々」について知る由もなかった。
地味な苦難その1.荷物に集まる視線が恥ずかしい
自宅の最寄駅から私鉄に乗り、三ノ宮でJRに乗り換える。ここから青春18きっぷの旅がスタートだ。
4月上旬、平日、午前7時、そして神戸・三ノ宮。そうです、まず第一の洗礼は「通勤ラーッッシュ」!!乗客はみな黒のスーツに身を包み、パリッとした白のカッターシャツが見え隠れ。世間では、新社会人が飛び立ち始めたばかりの初々しい季節である。
就活を間近に控え、大学を休学した僕にとって、これはひとつ以上年上の先輩たちの姿。ある意味一番見たくない、目を背けたかった光景かも知れない。何せ一方の僕は、モラトリアム期間をこじらせて大学を休み、帽子、Tシャツ、ハーフパンツ、そして大容量のザックを背負い、通勤電車に揺られているのだ。旅先では馴染む格好も、都会の電車内じゃ完全なる浮世離れ。大きなザックが、シワひとつないスーツに食い込んで申し訳のない気持ちになってしまう。
それに何より、視線が痛い。どうしても「ナンだこいつ?」という視線を感じて仕方がないのだ!
……とは言え、三ノ宮を離れた電車は明石、加古川と進むうち、徐々に人も減り始める。いつの間にか、座席に座れるようになり、田園風景が広がり始めた。
地味な苦難その2.ソワソワする
列車に乗って1時間弱、姫路駅で乗り換え。列車は都会的なステンレスの車両から、少し古めかしいグレーの車両へと変わった。
ここから岡山駅、広島・三原駅、山口・岩国駅、新山口駅と乗り換えていく。乗車時間は87分、89分、132分、115分……。「青春18きっぷでどこまで行けるか」なんて憧れも、改めて数字で見れば、気が遠くなる。そう思うと、なんだかソワソワしてくるのだ。
この長い時間をどう過ごそう。最初に携帯電話を取り出し、メールや当時隆盛のmixi(SNS)をしようかと思ったが、これじゃあ旅情も何もあったものじゃない!もちろん、友達はみんなマジメに(?)授業や就活に取り組んでいるのだ。僕一人、旅の浮かれ気分を届けても仕方がないし、充電だって残しておかないと。却下。
携帯電話以外……、そうだ、景色を楽しもう!
延々と続く田園風景は確かに美しいのだが、とても長い乗車時間を楽しめるモノじゃないし、トンネルも多い。却下。
景色もダメ……、そうだ、家から持ってきたパンを食べよう!
家で朝食は済ませたけれど、何だかもうお腹が空いた。8時20分。時間的には早すぎるが、このパンも美味しそうだし食べてしまおう。練乳フランスパン、んーっこれ大好き!カレーパン、肉が大きくてうまい!アップルパイ、大ぶりのりんごがジューシー!
……フーッ、ごちそうさま!8時30分。……さて、と。
時間との付き合い方がわからない。道のりはまだまだ長い。
地味な苦難その3.ケツが痛くなる
最初は時間を持て余していた僕だが、早速秘策アイテムを使うことにした。
小説だ!
一日中電車に乗りっぱなしとは言え、乗ってしまえば時間的にはゆとりだらけ。この時間を有意義に使うほかないだろう。予め買っておいた小説をここぞとばかりに読むことにした。
タイトルは、『きみが見つける物語 ~恋愛編~』。
当時の僕は何を思ってこの本を買ったのだろう……。これはたしか高校生向けの恋愛小説アンソロジーで、1作品50ページ前後のものが、5作品収録されていた。高校生向けの恋愛小説を、ハタチを過ぎた大学生が読むのもアレだが、それでも梨屋アリエ、乙一、山田悠介、有川浩、東野圭吾という、著名な作家陣は個人的にドン・ピシャリ!いつの間にか、電車に揺られていることも忘れて読みふけってしまった。
没頭して読み、駅につけば乗り換えてまた読み。
「特に乙一と山田悠介の作品が良い!良すぎる!!!」
と思ったところで、我に返る。時刻は13時30分過ぎ。当初、立ち寄ってお好み焼きを、と思っていた広島を過ぎ、電車は山口・岩国駅へ到着しようとしていた。ふと、僕は違和感を覚える。
「ケツが痛い」
それまで何事も無かったのに、骨盤だか、尾てい骨だか、とにかく痛い。というか、ヒリヒリする。ひとたび集中力が切れると、どの姿勢になっても違和感が消えず、仕方なしに立つことにした。長時間の電車移動、「何もしないのだから疲れるはずはない」と、タカをくくっていた僕だが、実は意外と体力が消耗していることに気付く。
そうして岩国駅へ到着。時刻は13時45分ごろ。気づけば出発して6時間以上経過しているのだが、これでようやく予定の半分が終わろうとしているところだ!
さて、僕はこの一日を乗り越えられるのだろうか……。
地味な苦難その4.いつの間にか手荷物が減っていることに気付く
岩国駅。次の電車まで、25分ほどの待ち時間。乗り換えを繰り返していると、時々こうした数十分程度の待ち時間が生まれるのだが、当時こうした長旅がほぼ初めてだった僕には、この時間がとても長く感じられた。
ただじっと待っているには少々長い。かと言って、どこかで遊んだりできるほどの長さでもない。
岩国と言えば山口県の一都市といった印象だが、そもそも僕は山口県自体が初めてだったので、」それ以上のイメージがない。しいて言えば、「高校野球で岩国高校がよく甲子園に出ているなぁ」というところ。
そんな微妙な感覚だったが、退屈さが勝ったのでとりあえず改札口を出てみた。特に目的も無く、何か面白いものはないかなぁと歩く。能動的なんだか、受動的なんだか。とりあえず小腹が空いていたので、キオスクでお菓子を購入。さらに駅前の商店群の一角に「アンデルセン」というパン屋さんを見つけたので、中に入ってみた。
どこにでもある街のパン屋さんといった感じ。オーソドックスなパンが多かったが、「岩国海軍飛行艇カレーパン」なるご当地パンを発見した。へぇー、岩国には海軍がいるのか。あっ、そう言えば「岩国基地」って聞いたことがあるな。……なんて、浅い知識を思い出し、今いる場所がその場所だと知る。とりあえず僕はそのカレーパンを購入した。
昼下がりにもかかわらず、意外と混んでいたパン屋に寄ったおかげで、待ち時間の25分はあっという間に過ぎた。重たい荷物のまま慌てて電車に乗り込むと、そのまま電車は発車した。
なんと言うか、本当に「帯に短したすきに長し」といったこの25分の待ち時間!岩国について何も知らなかったくせに、もう少し岩国を散策してみたかったなぁと急に名残惜しさが込み上げる。ちょっとした待ち時間でも、改札を出ると出ないでは随分と違うのかも知れない。
そのままふたたび電車に揺られること約2時間。岩国発の列車は終着の新山口駅へ。すっかり寝てしまっていた僕だが、「この先、下関方面への電車は、この電車到着後すぐの発車です」とのアナウンスに目が覚め、慌てて荷物を背負い、さっさと乗り換えた。
時間は16時すぎ。徐々に薄暗くなりつつある景色を眺めると、傾き始めた日に照らされるのどかな街並みが広がった。
しかし、こんな心落ち着くタイミングにこそ、不意に嫌な予感がよぎる。
―――あれ?そう言えば、財布は!?
それまで「肌身離さず」のつもりで、財布をズボンの後ろポケットに入れていた。その財布がない。慌ててカバンをまさぐる。……と、すぐにカバンのなかから財布が出てきた。
あぁ、そうだ。パンを買ったとき、当たり前のようにカバンにしまったんだっけか。よかったぁ……。財布は失くさないのが当然なのに、それだけで良かったと心から思う。が、
―――あぁ、そうだ。パンだ、パンが無い……。
岩国駅で買ったパン。そのパンが無い!そりゃそうだ、前の電車に忘れたんだもの。あぁ、そうだ。パンだよ、畜生。いや、そりゃあ財布を失くすよりはよっぽどマシなんだけども……。
注意力が散漫になりがちな電車での長旅。
荷物は、極力、ひとまとめに。
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