あたらしい石巻・体感リポート「花の芽をつなぐ運動」

iRyota25

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「電気ケトルは置いていませんか?」

すべてはその一言から始まった。石巻駅から歩いて数分の場所に建てられた仮設の商店街「石巻立町ふれあい商店街」。約20店が入居する商店街の一番奥まった場所で電器店、「パナックけいてい」を経営する佐藤秀博さん(地元の人たち呼び方に従って、以下「けいていさん」と呼ばせていただく)の元に、東京からやってきたという2人の大学生が訪れた(*注)。

けいていさんの店は石巻で最も古い歴史を持つ電器屋さんだ。父親の代から照明器具、冷蔵庫や洗濯機などのシロモノ家電、テレビなどのAV機器など、石巻の町の人々に届けてきた。昔からお店は町の中心部にあったが津波で被災。店内はヘドロで埋まった。

「電気ケトルは置いてないなあ。でも、中古でよければ自分ちで使っているのをあげようか」

「ただでいただくわけには」、「じゃあ格安価格で」なんてやり取りの中で、

「立ち話もなんだから、まあお茶でも飲んでいく?」ということになった。

寒い夜のこと、温かいお茶をすすりながら、初対面の大学生たちの気持ちが少しずつほぐれていく。大学生たちは多摩美術大学の学生だということ、石巻には本の読み聞かせのボランティアで来ていること、明日の朝どうしてもお湯が必要なので電気ケトルを探していたこと、などなど話してくれた。

「ここの仮設商店街って、まだできたばかりでプレハブの壁が白々としていて淋しいんだよね。うちのお店も奥まったところにあるから、なかなかお客さんがここまで来てくれない。よかったらここのプレハブの壁に絵でも描いてくれないかな」

けいていさんの言葉が何気ない思いつきだったのか、先行きを見通してのものだったのかは分からない。しかし約1カ月後、多摩美の学生たちから連絡が入った。

「ボランティアのメンバーが集まりました。本当に絵を描かせていただけますか?」

ひとつ、つながった。電気ケトルから、新しい何かが動き始めた。

美大生たちも被災地のためにできること、自分たちだからこそできることに出会って、きっとすごくうれしかったに違いない。

*注)それは仮設商店街のお店のほとんどが閉店した後の寒々しい夜のことだった。けいていさんは閉店後の店内で音楽を聴きながら、あれこれ考え事をしていたのだとか。

電気ケトル、テーブルタップ、LED電球…。ちょっとした買い物をきっかけに、人々と街がつながっていく。けいていさんのお店は人が出会う「街のヘソ」のような場所だ。(ちなみにけいていさんが手にしているのは、美大生たちに提供した実物ではありません)
電気ケトル、テーブルタップ、LED電球…。ちょっとした買い物をきっかけに、人々と街がつながっていく。けいていさんのお店は人が出会う「街のヘソ」のような場所だ。(ちなみにけいていさんが手にしているのは、美大生たちに提供した実物ではありません)

壁一面の花の絵が人の流れを生む

「ふしぎなものなんだよね。壁に絵があるだけで、このスペースに人が集まってくるようになったんだ」

多摩美術大学有志28名による「花の芽をつなぐ運動第一弾」の作品
多摩美術大学有志28名による「花の芽をつなぐ運動第一弾」の作品

多摩美のボランティアチームは、デザインや日本画、油彩画などさまざまな専攻の人たちの混成チームだった。とはいえ、部分ごとに単純に分担して制作するのではなく、全体としてのコンセプトもあったという。

「絵の一部が白いでしょ。まるで塗り残しのようにも見える。でも、そこにもちゃんと意味があるんだって。ここに来た人は絵を眺めながら『どうして白いまま残されているんだろう』と考えてみたり、思ったことを口に出して『どうしてだろうね』とたまたまその場にいた人と語り合ったりするでしょう。絵には人を引き付けていく力があるんだな」

多摩美のボランティアチームが8日間ほど石巻に滞在して仕上げた壁画のおかげで、仮設商店街の中で人の流れるルートができた。それまで灰皿が置かれただけだった場所にベンチやソファーが持ち込まれた。座って絵を見ながらくつろげるスペースに屋根を設置してくれるボランティアも現れた。

それだけではない。多摩美の大学生たちが描いたのは仮設商店街の一番奥の壁面だけ。そのほかの壁面に絵を描こうという学生たちがつながっていく。学生たちのリレーの中で殺風景な仮設商店街が華やいでいく。

活動は“ 花の芽をつなぐ運動 ”と名付けられた。

第一弾は多摩美術大学の有志たち。第二弾は聖徳大学で幼児教育を学ぶ学生たち。第三弾は名古屋造形大学、第四弾は長岡造形大学とリレーはつながり、ふれあい商店街は花の絵に埋もれるほどになった。さらに実際の花を植えるボランティアもやってきた。石巻市雄勝町に花壇をつくりにやってきた千葉大学園芸学部の学生たちが、プランター用の花をプレゼントしてくれた。

街が外に向かって開かれていく

「ふたつのミッションがつながったんだね。アーティストとしてのミッションと、キャンバスを用意する側のミッションが」

けいていさんはそう表現した。
つながらなければ、この花はなかった。電気ケトルの縁でつながったから、石巻の街に新しい動きが生まれた。

けいていさんがミッションという言葉を使った意味をさらに推察すると、こういうことかもしれない。

石巻の中心街は震災前から右肩下がり。シャッター通りと呼ばれるくらい寂れていた。そんな状況をなんとかしたいという動きはかねてから数多くあった。しかし、なんとかしたい動きと、具体化する動きとが出会うことが少なかった。街には閉塞感が広がっていた。

震災後、「自分たちにできること」を見つけたいという多くの人たちが外から石巻にやってきた。かねてから街をどうにかしたいと考えていた人たちと結びつくことで、これまでできなかったことが形になり始めた。

花の芽をつなぐ運動は小さな動きにすぎないかもしれない。しかし、石巻が新しい石巻に生まれ変わる動きの象徴であることは間違いない。閉塞感が広がっていた地方都市が外に向かって開かれていく。描かれた花や虹には、描かれたものだけにとどまらない意味がある。

石巻の街を歩くと、さまざまな場所で震災後に描かれた壁画に出会える。花の芽をつなぐ運動だけでなく、さまざまな団体、たとえば台湾からの方々による絵も描かれている。けいていさんと大学生たちの出会いと同じようなつながりが、街にあふれているというわけだ。(そんな視点で石巻の街を歩いてみるのも興味深いかもしれない)

もちろんけいていさんのミッションは仮設商店街の「花」をつなぐことだけではない。たくさんのアイデアが彼の中で生まれ、蓄えられ、次なる出会いを待っている。お話の続きは、また次の機会にぜひ。

きっと今夜も閉店後のお店でひとり、けいていさんはお店のオーディオセットでいい音楽といい映像を楽しむふりをしながら、新しいミッションをあたためている。

【ぽたるページ】「花の芽をつなぐ運動」から壁画を眺めて街歩き
 【ぽたるページ】「花の芽をつなぐ運動」から壁画を眺めて街歩き
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石巻の町を彩るたくさんの「壁画」を眺めてお散歩はいかが?

以下、ちょっとだけ予告編。

聖徳大学の学生たちと小泉卓先生による「第二弾」は商店街入り口に。
聖徳大学の学生たちと小泉卓先生による「第二弾」は商店街入り口に。
制作者の名前もしっかりと!
制作者の名前もしっかりと!
虹の続きが描かれた仮設店舗の外壁にはかくれキャラ。
虹の続きが描かれた仮設店舗の外壁にはかくれキャラ。

石巻立町ふれあい商店街

石巻に行ったらまずはこちら。駅から3分。今日も元気に営業中!

ちょっとシャイなけいていさん。撮影に際して「小道具は何がいいかなあ」と持ち出したのはお花。やっぱり「花の芽をつなぐ運動」なのだ!
ちょっとシャイなけいていさん。撮影に際して「小道具は何がいいかなあ」と持ち出したのはお花。やっぱり「花の芽をつなぐ運動」なのだ!
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●TEXT+PHOTO:井上良太(ライター)

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