Photo:Chihaya Kaminokawa
ひらひら揺れる美しいレースのような切り絵。美しく繊細な作品をじっくり眺めてビックリ。なんと、切っている紙は、すべてレシート!さまざまなお店、ブランド、商品にまつわるレシートが、見事にうまれ変わるマジック。クリエイティブな発想の源泉とは?子どもの頃はどんなことが好きだった?など子育て真っ最中の今、じっくりお聞きしました。
タナカマコト(tanaka macoto)
切り絵作家1982年生まれ。ハサミ一つで切り絵をする切り絵作家。下書きなしのフリーハンドで切り絵を制作。レシートや書籍に印字された言葉を残しながら形を切り抜いたり、写真を切り抜くことで、媒体のもつ意味と切り抜かれた形を関連づける独自のスタイルで活躍する。近年ではCDジャケットデザインやTVCM、WEBCM、ミュージックビデオ、店内装飾など、切り絵を通して活躍の幅を広げている。
コンビニバイトの暇つぶしから始まった。
――今年コロナ禍となる直前の1月に、青山スパイラルショウケースでの個展を拝見して、作品の素晴らしさにハートを撃ち抜かれました。以降、Instagramでもおつながり頂いて日常シーンも含めて大ファンです。レシートで切り絵を始めたきっかけは何でしたか?
高校卒業後、一年浪人していた時に受験費用を稼ぐため都内のコンビニでアルバイトをしていました。オフィス街にある駅中コンビニで宅急便もなく、土日は結構ヒマ。お客さんがこない時、レジ横でパラパラ漫画を描いたりしていたんです。大学合格してからも、ずっとこのバイトは続けていて通算5年間、暇つぶしにお客さんが捨てて行くレシートで切り絵をしていました。お客さんにも喜んでもらいましたし、店長も面白がってくれて、環境がよかった(笑)。それまでバイトは何をしても続かなかったので。
――暇つぶしと言っても凡人が思いつくようなものではないですが、誰が見ても衝撃を受ける作品だと思います。大学をご卒業なさってからは、どんなお仕事を?
脚本を書きたいと思って大学へ進みましたが、自分は物語を最初から最後まで創るというよりは、企画をするのが好きなんだと気づいて、それでTVCM制作会社の企画演出部を狙って就職活動をしました。運よく決まってTVCM制作会社に入社し、2年間はプランナーとして、撮影現場ではADとして働きましたが、漠然とある日、「私、この業界ではないかも」と思って辞めました。せっかく新卒で入った会社を辞めることはとても不安でしたが、さぁ次は何をしようと考えた時、5年間、作り貯めしていた切り絵を引っ張り出してきて、「これかもしれない」と、アートイベントに出展しました。
――新卒で企画演出になるのを憧れの職業に掲げる学生も多いですが、2年経験して早めに切り替えられたのは素晴らしい。思い切って辞めてよかったですか?
アートイベントでお客様の反応が良かったり、物販で作品を買ってくださったりするのを見て、心から嬉しくて楽しい!って思えたんです。それが2008年、26歳の時です。双子の妹が所属する会社の社長に作品を見せる機会があり、そこで『とりあえず100体作品を作りなさい。嫌になっても作り続けること』とアドバイスを受けました。趣味でやっていたことを自信もってこの先やっていけるかどうかを示唆してくださったのだと思います。そこからずっと作り続けますが、結局飽きなかった。
――すごく運がいいし、いつでも神が味方をしている感じですね。切っているのは紙ですが(笑)。そこからは順風満帆でしたか?
いえいえ、ずーっとバイトをしながら制作してアートイベントに出展する、という生活を4年くらいしていました。アイドルのブログのコメントをチェックする仕事とか、地下室みたいな場所でひたすら段ボールに物を詰める単純作業とか。アートイベントの前後何週間は大変なのでスケジュールの融通の利く仕事を選んでいました。その頃は、バイトでお金を稼いでいるほうが多かったので、堂々と切り絵作家と名乗れなかった。言えるようになったのは8年くらい前です。「ぶらり途中下車の旅」という番組に出演したのをきっかけに、私を知ってもらえる機会が増え、CMや企業様のカレンダー等のお仕事をいただけるようになりました。その頃から忙しくなってきたので、バイトも辞められた。私はこれを「ぶらりバブル」と呼んでいます(笑)。
双子の妹となんでも通った習い事。
――おもしろい巡り合わせや偶然も重なって道が拓けてきたのですね。今一度、作品の世界観がどんなものかを初めて読まれる方にもわかるように、ご紹介ください。
もともと切り絵を始めたきっかけがレシートだったということもあり、切っている素材からモチーフを考えて制作しています。レシートや文庫本、写真を直接切ったりなど、印字されている文字や絵柄からモチーフを膨らまして制作します。レシートに印字された商品名や店名から連想した形の神様を切るシリーズ(※タダのカミ様)は、19年も続けていますが、未だに飽きることなく、生み出しております。
――すごくおもしろい視点で誰も思いつかないですよ。ぶきっちょな私からすればこのチョキチョキはまさに神技です!紙技か(笑)。小さな頃のお話しも聞かせていただきたいのですが、習い事は何かされてました?
私は一卵性の双子で、妹がいます。8つ上の姉は映画が好きでよく家の中で映画を観ていたり、母は絵本を作る仕事をしていたという家庭環境で、漠然とモノを創る仕事に憧れていました。漫画を描いては双子で見せ合ったりして遊びましたね。また8つ上の姉の影響で、同級生が観ているよりもちょっと大人のテレビ番組だったり、雑誌のコラムなんかも好きで読んだりしていました。末っ子ということもあり、親から教育面で何か言われたことはなく、いい意味で放任されていました。区がやっている1年間限定のカルチャースクールとか格安の講座に母が応募してくれて、いろんな講座に通いました。ピアノ、水泳、体操、美術、書道、寺小屋、トロンボーンなど。双子で通っていたのは、母が二人で成長してほしいという思いがあったのでしょう。
――双子ちゃんでたくさんの経験ができて幸せでしたね。学校では何が得意でしたか?
習い事のおかげもあってか、図工や美術、体育といった技能系が得意でした。勉学はオール3といった感じ。面白いことに双子の妹も成績は全く同じでした(笑)。中学までは地元の公立校で、高校は都立で他学区受験をし、同じ地域の子がひとりもいない学校に進学。妹は私立の女子校へ。共通の趣味もあったので、私も妹も互いの高校の友達とも仲良くして、友達が2倍に増えた感じでした。高校ではバトミントン部に所属。上手くはありませんでしたが、部活の仲間とフザケ合いながら楽しんで活動していました。
――あの緻密な切り絵からイメージすると算数、数学がとても得意なのでは?と勝手に思っていましたが。一つの作品を創るのには、どのくらいの時間が掛かるものですか?
算数も数学も得意ではなくて、早々に文系選択をしました。小さなレシートは3~4時間。A3サイズくらいの大きさになると4日間くらい掛かります。しかしあくまでも目安であって、自分でもどれぐらい時間がかかるのが分からないというのが実情です(笑)。お仕事の納期も、「あれ?このままじゃ間に合わない!」ということもしょっちゅう。そういう時は寝ないでやっています。最終的に睡眠を削れば良い、という精神です。今現在は、昨年、スパイラルSICF20でグランプリを受賞し、今月の9月15日からスパイラルで始まる受賞者展用に作品制作をしています。コロナ禍で保育園がお休みになり、娘とずっと一緒に過ごした生活の中で感じた想いを作品に込めました。
子どもにはたくさんの世界があることを伝えたい。
――4歳の娘さん、かわいい盛りですが、何か教育方針はありますか?
男の子みたいな娘です。保育園へ行くとまず武器を作って、それを手に男の子と追いかけっこして遊んでいるそうで「ジャンヌダルク」と姉には言われました。女の子の友達がお姫様ごっこしようと誘っても、それを断って剣を振り回して遊んでいるらしく、ちょっと心配になりますね。園の先生には「ハサミを持つのが早い」と言われました。私が母にいろいろやらせてもらえた分、娘にもそうしてあげたい。結局は好きなことしか続けられないので、好きなことを早く見つけてほしいですね。「これ、好きかも!」と思えたら、その気持ちが強みになるということを教えてあげたいです。あとは、いろんな世界やコミュニティがあることも知ってほしい。学校以外にもたくさん世界があることが分かれば、いろいろなつながりを持てる。それが強みになると思っています。子供ってこんなに面白いんだな、とつくづく感じています。娘をかわいいというよりは、おもしろい人として見ています。
――タナカさんの投稿って我が子かわいいってだけでなく、程よい距離感で不思議な動物を観察しているような視点で捉えているので、キュンキュンしてハートがいっぱい飛んでしまう(笑)。コロナ禍で、注目しているニュースはありますか?
東京都知事選の投票率の低さでしょうか。私は友人と選挙の話で盛り上がり、フォローしているSNSの人たちも熱かったので、投票率は高くなると思っていたらものすごい低かった。自分が認識してる世界はすごく狭いんだなと感じました。意見が違うことを否定するのではなく、勉強という意味で友人の意見を聞き、オープンに選挙の話ができるようになったら投票率もあがるのでは?と思いました。意見が違っても分かり合える友人の存在ってありがたいですよね。
――その通りですね。では、習い事を考える同世代の親へ何かメッセージをお願いします。
アドバイスできる立場ではなくて、私も教えてもらいたいです。コロナが落ち着いたら娘に何をやりたいかを聞きたいと思っていますが、まず身近な生活の中から自分の好きなことを見つけてほしいですね。保育園での生活を見てて「空手とか柔道とかどう?」と聞いたら「嫌だ」と言われてしまった(笑)。難しい。だから自分から見つけて欲しい。最初はお友達がやっているから、というきっかけでもいいと思います。下手くそでも”好きかどうか”。私自身、何が好きかを知ることが強みになった。分からないほうが大変だな、とつくづく感じています。早く好きなことに気づくと、そのためにいろいろな準備もできる。もちろん途中で好きなことが変わっていってもいいんです。
――最後に、タナカマコトさんの仕事を一言でいうと?直近でのお仕事についてもご案内あればぜひ。
「切って、つながる」です。切り絵作家として出会えた人が本当にたくさんいた。私の周りには切り絵をしていなかったら出会えなかった人ばかりです。直近では9月のスパイラルでのSICF20の受賞者展があります。こんなご時世ですので、ぜひ、ご無理なさらず、感染対策をしっかりとなさって見に来ていただけたら嬉しいです。
編集後記
――ありがとうございました! コロナがこんなことになる直前の1月末に青山で初めて作品を拝見して衝撃を受けて半年。大ファンとしては今回残念ですがリモート取材となりました。切り絵が素晴らしいだけでなく、自分の好きな道を選んで歩き続ける人だけが放つ美しさ。作品もお話も楽しく、お人柄が詰まっている作品の数々。また青山スパイラルへ新作を拝見しに伺います。タナカマコトさん、これからのご活躍も心底楽しみです!
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