東京から来たボランティアさんが、東北の被災地で開催された手芸のワークショップでこんな挨拶をした。
「東京の方ではもう東北は復興したんでしょ、って感じです。テレビでも3月11日の前に特集が組まれるだけなんですよ。だから、私たちが実情を伝えると皆さん一様に驚かれるんです」
(参加している仮設住宅の人たち)うん、うんとうなずく。残念ながらそんなもんだろうなという反応。
「熊本の地震のことだって、もうほとんど報道されていないほどなんです」
(参加している仮設住宅の人たち)エッエ〜!と驚きの声。
人間が忘れる生き物であることを改めて実感した瞬間だった。忘れることは時として人間にとっての慰めとなるかもしれない。忘却は人間の重要な能力だという人もいる。けれども忘れてほしくないことがある。
JR東北本線や大船渡線の車内、車両の連結部や入口ドアの上などに「津波警報が発表された場合のお願い」という啓発ポスターが貼られている。
その内容を抜き書きすると…
津波警報が発表された場合のお願い JR東日本
1. 乗務員の指示に従って、落ち着いて行動してください。
2. 避難はしごの組み立てや、降車の補助にご協力をお願いいたします。
3. 線路に降りたら、係員の指示に従って避難場所まであわてずに避難してください。
(漢字にはすべてふりがな付き)
JR東日本車内の啓発ポスター
降車にはしごを使う場合と使わない場合の写真による説明や、線路上の案内表示の説明も添えられている。
たしかに分かりやすい啓発ポスターだ。しかし、このポスターのもっと大きな意義は、震災から5年以上が過ぎた現在、このようなポスターが貼り出されていること自体にあるのではないか。
まだまだ復興を現実のものとして感じ取りにくい東北の被災地。津波や地震は過去の悲惨な出来事として片付けられることではない。九州の震災の知らせを聞いて「駆けつけたい!」と切望する声は東北のいたるところであがった。実際に熊本や大分でボランティア活動したという人も少なくない。地震や津波のみならず、自然災害に対するアンテナの感度は極めて高い。そんな東北の人たちにとって、津波警報が発表された際の避難方法は改めて説明されるまでもないことだろう。
JRの車内に貼られたポスターは、災害に対する感度の高い人たちに対してというよりも、忘れがちな人たちに向けて、自然災害はいつでもどこでも起こりうることを呼びかけている。
日頃から備えている人の上にも、喉元過ぎれば忘れてしまう私たち普通の人たちの上にも、自然災害は等しく起こりうる。
そのことを忘れちゃいかんと思うのだ。
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