【熊本地震点景】東北の教訓は生かされているか[ハード面]

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東北沿岸部の被災地で、いまもよく目にするのがH型鋼のベースに取り付けられた仮設のガードレール。ところが熊本地震の被災地益城町では、最初の地震から1週間程で、足の長いポールを使ったガードレールの新設が進められていた。

[熊本大地震]緊急度の高い復旧は比較的迅速だった

熊本県益城町中心部の国道で工事が進められていたガードレール(2016/04/23)
熊本県益城町中心部の国道で工事が進められていたガードレール(2016/04/23)

写真は4月23日の撮影だが、路肩の崩壊を防ぐための大型土のうが積まれ、真新しいガードレールが設置されていた。路面も仮舗装されているようだ。地震発生後、ごく早い時期から復旧工事に手がつけられていたことが伺える。

津波の被害が甚大だった東北地方とは異なり、直下型の熊本地震では地盤が緩み、さらなる崩壊が心配される場所が少なくなかったため、H型鋼ベースの仮設ガードレールを使えなかったという側面もあるだろう。

H型鋼ベースの仮設ガードレール。岩手県釜石市(2016/06/08)
H型鋼ベースの仮設ガードレール。岩手県釜石市(2016/06/08)

それでも、道路などのライフラインの復旧に向けて、発災後速やかに行動が起こされたことは、復旧にあたる体制の迅速な整備などで東日本大震災の教訓が生かされたと考えていい。

熊本地震では電気の復旧も早かった。支援物資の仕分けを行う倉庫には、発電機付きの照明も持ち込まれていたが、使用したのはわずかだったという。避難所によっては冷水とお湯が出るウォーターサーバーが設置されている所もあり驚かされたほどだ。

ライフライン関連では断水が続いた水道も、約2週間後には多くの地域で復旧していった。

被災住宅の解体と家財レスキュー

最初の地震から2カ月となり、報道では仮設住宅建設の遅れが指摘されているが、写真などを見る限り、被災した建物の撤去作業もあまり捗っていないように見える。

余震が長く続くのに加え、いつまた大きな地震が発生するかもしれない恐怖感が払拭されないというのが熊本地震の大きな特徴だ。心理的な問題だけではなく、傷んだ家屋が余震によって倒壊する物理的な危険がある中では、被災した住居の解体はままならない。

熊本県益城町(2016/04/23)
熊本県益城町(2016/04/23)

倒壊の危険度が高い家屋の解体を自衛隊にやってもらえばいいという意見もあるが、現地で自衛官に聞くと、自衛隊には個人宅の解体などの作業はできないという話だった。公道の啓開(通行できるように切り開く作業)など公共性の高い任務に限られているのだという。

となると民間の建設業者に活躍してもらうほかないわけだが、家屋を解体する前には家財のレスキューという作業が必要になる。

こどものおもちゃや勉強道具、部活の道具、大切な仕事などの資料、家族のアルバム、仏壇、位牌など、重機を使って解体する前にどうしても持ち出しておきたい物はどの家庭にもあるだろう。通帳や印鑑、証書類も解体前に持ち出したい。

最初の地震から1週間ほどでボランティアセンターが開設された頃にも、全半壊した家屋にひとりで入って、片付けや大切な物の持ち出しをしている人を数多く見かけた。

「壊れた家にひとりで入るのは危いから、ボラセンに連絡してボランティアさんに来てもらって下さい」と声をかけても、「いや、大丈夫だから」という人がほとんどだった。

それはそうだろう。見ず知らずの人に我が家の片付けを手伝ってもらうことにはさまざまな抵抗がある。通帳や印鑑はもとより、タンス預金もあるかもしれない。他人には見られたくないものもあるだろう。

住民にとっては非常に関心が高い、しかし行政としてはあまり目が向けられない家財のレスキューを進める体制がつくられているかどうか。東日本大震災や広島、北関東の豪雨災害などで、そのような活動を担う大きな力となったのはボランティアだった。ボランティア団体の中には、住民との人としてのつながりを大切にしながら、大切な財産、思い出の品物を救い出すノウハウを高めているところも少なくない。

災害に見舞われた直後は抵抗感の方が大きくても、やがて時間とともに変化していく感情もある。被災した人にとっては、地元の人ではないからこそお願いしやすいという側面もある。現金や通帳などを住民自身が取り出した後であれば、誰かに頼みたいという時期も訪れる。

緊急度が高いハード面の復旧の次には、こころのケアが大切になる。家財レスキューはその典型的な一例だ。先祖代々の位牌を取り出せていないのに、家を重機で潰せないとか、こどもが小さい頃から大切にしていたぬいぐるみを助け出したいとか。そのようなニーズはモノに対してだけではなく、こころの領域の問題でもある。

被災した人たちにきめ細かく対応するためには、行政とボランティアの連携を深めていくことが不可欠だ。

もちろん、建物が全壊か大規模半壊か半壊かといった罹災証明の発行のように行政にしかできない仕事がある。罹災証明の発行などは、それがなければ先に進めないという極めて重要な業務だ。行政であれば、解体前にレスキューした家財などを安全にストックする場所を確保することもできるかもしれない(避難所暮らしでは家財を持ち出したくても持ち出せない)。その反面、被災者ひとりひとりへのきめ細かな対応では、平等の原則を重んじる行政では手が届きにくい場面も出てくるだろう。だからこそ、行政とボランティアの連携が重要なのだ。

熊本地震では、発災直後から行政とボランティアの軋轢が伝えられた。地域のことには通じていても実際のノウハウがない行政と、ノウハウはあるが地域のことが分からないボランティアがしっかり手を携える形ができているかどうか。

マニュアルだけでは解決することの出来ない問題。「連携」という点について、教訓が生かされていない場面が少なからずあるように思う。

※ 熊本地震の被害を伝えるため、個人の住宅の写真を掲載させていただきました

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