【熊本地震点景】避難所で食べ物がゴミになる理由

iRyota25

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熊本地震発生から2カ月が経過した。地震発生直後の混乱が少しでも解消し、復旧への動きが確かになっていることを願う。

今さらな話だし、もうこんなことはないと信じて、熊本地震発生から約1週間後に起きたある出来事を紹介する。同様なことは震災から数カ月が経った時点でも、東北の被災地では見られたという。

[熊本大地震]菓子パンの行方

熊本県益城町でボランティアセンターがオープンして3日目、ボラセン経由で町内の避難所となっている老人福祉施設でサポート活動をさせてもらった時のことだ。

施設内の掃除をした後、「ゴミはこちらにまとめて置いて下さい」と指定された場所に、段ボール箱が無造作にぽんと置かれていた。

写真でご覧のとおり、中身は救援食糧。具体的には菓子パンだ。数量は48。この一箱で避難している人の約半数にパンが行き渡るだけの個数だ。しかし消費期限が問題だった。

この日は4月23日。消費期限はすでに過ぎていた。期限を1日過ぎたから、昨日まで食べ物だったものがゴミになってしまったというわけだ。

さらに、避難所の仮の倉庫として使われていた近くの公民館には、今日明日が期限の「救援食糧(パン類)」がさらに10箱以上積み上げられていた。

「ここに避難している人はほとんどがお年寄りで、子どもがいるのは一家族だけ。チョコレートパンやクリームパンを送ってこられても、誰も食べないんだよね」

町から派遣されたという支援スタッフはため息をついた。そして、避難所の管理を担当する町の職員と相談して、「捨てるくらいなら、今日の活動が終わった後でボランティアの人に持って帰ってもらいましょう」という話になった。

ちなみに「救援食糧(パン類)」は製パンメーカーから直接避難所に届けられたものではない。町が設置した集積場で仕分けされた後に、この避難所に送られてきたものだ。

集積場を中継して支援物資が避難所などに届けられるプロセスには、地元のことをよく知っている町役場が関わっていたわけだ。どこの避難所にどんな人がいるのか、大雑把にイメージできたのではないかと思う。にもかかわらず、避難者百数十人、菓子パンを食べる人がほとんどいない避難所に10数箱、つまり500個以上もの菓子パンが配送され、日にちの経過によって自動的にゴミになるのを待っている。

それが被災地の現実だった。

物資の横流し

そんな話になった時、思い当たることがあった。その日合流してボランティアに参加する予定だった、福岡在住の知人のことだ。彼は早朝から益城町近辺の小さな集落の支援に直接入っていたのだが、「物資がまるで足りていない。雨が降るのに屋根に掛けるブルーシートすら足りない。住民は被害の少なかった家に集まって、肩を寄せ合うようにしている」という連絡が入っていた。

ボランティアセンターのオープン時間に合わせて合流の予定だったが、彼はその場を離れることができず、結局その日は別行動になっていた。

ブルーシートすら足りていないくらいだから、食料も不足しているに違いない。そう思って、菓子パンを5ケース譲ってもらい、福岡から来た彼のもとに届けることにした。

ボランティア活動を終了して、福岡からの彼のもとへクルマを走らせながら思い出したことがある。それは、東日本大震災の約2週間後からトラックで東北に入った知人から聞いたいくつかの話。

福島県のとある巨大な避難所に物資を届けに行ったら、物資は足りているから他に届けてほしいと言われた。たしかに倉庫の天井に届くほど支援物資が山積みされている。現場の担当者は「この避難所で使い切れないほどの量だ」という。だったら、自分のトラックで他の町の避難所に運びましょうと申し出たところ、ダメだという。「これは当市に支援していただいた物なので、他の町に横流しすることはできない」と。

一方、ヤンキー少年たちがツイッターで連絡を取り合って、どこの避難所で何が足りないという情報を集約。「運んでくれるんなら、これをどこそこの避難所に頼むっす」と、集積場から勝手に物資を持ち出して、トラックにぼんぼん積み込んでくれたという話。

避難者全員に行き渡る数がないからという理由で食品が廃棄されてしまった話。

震災から1カ月もたつと、毎日同じメニューのお弁当にほとんどの人が飽きてしまって、支援の弁当が半分以上に残っていたという話。

別の人から聞いた話だが、震災の直前に近所に完成したパン工場から、毎日大量の菓子パンが届けられてありがたかったが、生活が少し落ち着いてくると、もうその会社のパンを見るのもいやになったという話。

菓子パンだけではない。カップ麺、コンビニおにぎり、コンビニ弁当、定番過ぎる炊き出しなど、食べ物に関しては残念な話があまりにも多い。

そんなことを考えながら、福岡の彼と合流し、「消費期限が迫っているものですが菓子パンです」と手渡すと、「ありがとう」と言って受け取る彼の表情がふっと曇って、「ありがたいんだけど、俺が入っている地域にもなぜか菓子パンだけはたくさん届けられているんだよね」

東北の被災地で数多く聞かれた食べ物にまつわる残念な話。その続編のひとつを自分自身が手がけてしまったことを知った。

翌日彼からは、「こっちに来ていたパンと種類が違ったから、子どもたちが喜んでくれたよ」と連絡があったが、200個もの菓子パンを食べてくれるだけの人数がいたのか、どうか。

繰り返される食べ物問題。対策はないのか?

どうして救援物資が無駄になるのか。なぜそれが繰り返されるのだろうか。しかし改善する方法がないわけではない。

熊本の避難所で大量の菓子パンがゴミになってしまったのは、ニーズがないところに物資が配送されたのが最大の要因だ。もう少しフレキシブルな対応ができるなら、廃棄される食料を減らし、避難している人が飽きない食品を各避難所に配ることもできるだろう。

しかし、災害直後の混乱した状況の中では、避難所ごとのニーズにきめ細かく対応することは現実問題として不可能だ。

熊本地震で配送を途切れさせることなく続けたコンビニチェーンにセブン-イレブンがあるが、店舗からの発注は受け付けず、本部から一方的に商品を送り届ける「プッシュ式」の配送だったという。

混乱した中で個別対応を取ろうとすると、流通全体が麻痺してしまう恐れがある。だから、プッシュ式で物を届けることになる。この事情は自治体の集積所から各避難所への物資配送でも同じだったはず。

しかし、集積所から避難所に物資を送る際には、避難者の人数に合わせて配送する量を決め、避難所ごとの荷物をつくっていたわけだ。であれば、そこに避難所ごとの年齢層のデータを加味すれば、それだけで避難所の特性に合わせた配送量が割り出せるのではないか。

年齢データを加味することなど、簡単なソフトを組めばすぐにできる。年齢区分も乳児、幼児、青少年、壮年、高齢者の5つくらいでとりあえずは十分だ。なんなら年齢構成をパターン化していくつか用意してもいい。

現在のように、避難所ごとの人数から割り出して「この避難所は1000人だから菓子パン10ケース」などとと手計算でやる代わりに、ソフトが計算した数値から「この避難所は菓子パン3ケースに、おにぎり8ケース。赤ちゃん用のミルクが3缶と入れ歯安定剤を1ダース」と読み上げながら荷物をつくっていけばいいわけだ。計算の手間も省けて効率的だ。

さらに、避難所の個別のニーズや人数の変動をフィードバックして、データを日々アップデートして、実情により近づけていくことも簡単にできるだろう。

そうすれば少なくとも、老人ばかりの避難所に500個以上もの菓子パンが送られることはなくなるに違いない。

足りない人手をボランティアとの連携で

廃棄予定の菓子パンが山と積み上った避難所で、活動を終えた後、管理を任されていた町の職員と軽く反省会のようなものをした際に彼は言った。

「人が足りていないんです。菓子パンが大量に余る一方で、町が指定した場所以外の自主避難先がどこにどれだけあるのか、しっかり把握することすらできていない。もちろん、町の職員で出来る限り調査はしました。しかし、すべてを把握するには至らなかった。パンを捨てる避難所がある一方で、そのパンが欲しいと思っている人がどこかにいるかもしれない。その把握であったり、細かなニーズの拾い上げまで手が回らない。本来なら、ボランティアの方たちと連携して、そのような仕事をお願いできればいいのですが…」

益城町は役場の建物が使用不能となり、規模の比較的大きな避難所に配置された町の職員は、指示や連絡を受けるためか、パソコンとにらめっこしている状態だった。きめ細やかな対応を実現できるような体制ではないし、そのことは職員の人たちも重々理解しているようだった。

それでも改善に向けての動きが見えにくいのはどういう訳だろう。

震災直後、行政のスタッフが必要とされる人数の半数以下だったとか、自治体によっては3割未満だったと報じられたのは6月に入ってからだった。

「人が足りないからヘルプしてほしい」と言いにくいのは、地域性の問題なのか、あるいは役人の悪しき特質なのか。

菓子パンの行方を追う中で、東日本大震災の時から今もなお改善されない問題点が見えてくる。

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