東京電力の報道配布資料のコーナーで、通常よく見かける東京電力フォーマットとは異なる、縦サイズの資料が発表された。タイトルは「福島第一原子力発電所海水配管トレンチへの長距離水中流動充塡材「Hilo」の開発」。建屋周辺の地下に網の目のように張り巡らされたトレンチを埋めることで、中に溜まった汚染水を追い出す処置を実現した新素材と、その工事実施についてのリリースだった。
内容を要約した冒頭部分を引用する。
福島第一原子力発電所海水配管トレンチへの長距離水中流動充塡材「Hilo」の開発
作業に伴う被ばく線量を最小限に、汚染水との置き換えを完了
鹿島建設株式会社(社長:押味至一)、東京電力株式会社(社長:廣瀬直已)、東京パワーテクノロジー株式会社(社長:原英雄)は、福島第一原子力発電所の海水配管トレンチ※1 の内部を充塡するため、長距離水中流動充塡材「Hilo」(ーロー)※2 を共同で開発しました。
「Hilo」は、水中100mの距離を流動させても材料分離や品質の低下が生じない特殊な材料であり、本材料を福島第一原子力発電所の海水配管トレンチの内部充塡工事に適用することで、新たに打設孔を設けることなく、既存設備を利用し
た打設作業を行うことが可能となりました。
これにより、作業に伴う作業員の被ばく線量、および汚染水の漏えいリスクを最小限に抑えつつ、確実で迅速な施工を実現しました。海水配管トレンチ内部への
充塡は、2号機が2015年7月10日、3号機が同年8月27日、4号機が同年12月21日に完了しました。
※1 海水配管トレンチ:配管やケーブルを収納している地下トンネル
※2 「Hilo」:High leveling for long distance
福島第一原子力発電所海水配管トレンチへの長距離水中流動充塡材「Hilo」の開発[ 20 1 6 年 1 月 26 日]鹿島・東京電力・東京パワーテクノロジー
海側配管トレンチ(トンネル上の構造物)内に溜まった水は高濃度に汚染されており、事故原発における大きなリスクだった。しかし、トレンチはほぼ水平方向に80m以上も続く構造となっている上、内部に配管等が複雑に配置されいる。水中にコンクリートを打設するように、セメント系の充填剤でトレンチ内部の空間を下から埋めていけば、内部に溜まった水を追い出しながら、トレンチそのものもセメント詰めにできるのだが、そのためには特殊な充填剤の開発が待たれていた。
新たな充填剤には、既設の立坑だけを利用して最長86.6mの距離を水中流動しながら充填する性能(つまり自然と水平に広がろうとするやわらかさ)、作業の迅速化のため安定的な入手可能な材料を用い、かつ円滑に製造・供給できることが求められた。とくに最初の条件は、施工の正確さだけではない重要な問題に直結していてた。たとえばトレンチの途中に充填材を打設するために新たな立坑を穿つ工程だと、工期が長期化するために作業員の被曝量が増加する懸念があったのだ。安全と確実な施工を実現するための充填剤開発だったことが発表資料から読み取れる。
【長距離水中流動充塡材「Hilo」の概要】
「Hilo」の性能は、以下の通りです。
・100mの水中流動性(JISモルタルフロー値で370~450mm、12時間後でも流動)
・100m水中流動させても、流動先端部の物性(性能)が低下しない水中不分離性
・トンネル内部に設置されているケーブルや、配管等の周りへ確実に廻り込む自己充塡性
・ブリーディング※3 が生じないこと(ブリーディング率0%)
・軟岩相当の低透水性(1×10-7cm/sec)
・軟岩相当の強度(一軸圧縮強度5.0N/mm2)
・発熱、収縮による体積変化が小さいこと(自己収縮50μ)
※3 ブリーディング:構成材料のうち比重が小さい水が、時間経過とともに浮き上がってくる現象。仕上り面の沈下の原因となる
福島第一原子力発電所海水配管トレンチへの長距離水中流動充塡材「Hilo」の開発[ 20 1 6 年 1 月 26 日]鹿島・東京電力・東京パワーテクノロジー
ブリーディングとは、打設したコンクリート系の材料の表面に、材料中の水分が分離して上澄みのように浮かぶこと。カップ容器に入ったヨーグルトの表面に上澄みが浮かぶのと同様の現象。結果として固形部分の堆積が減少するため、完全に充填することができなくなる。
水中を100m流動して進みながら物性の低下がなく、ブリーチングも起こさず、軟岩*並みの低い透水性と強度を持つというのは、要求仕様として非常に高度なものだと思うが、「海水配管トレンチの充塡は、2015年12月21日に全ての作業を完了し、2~4号機の海水配管トレンチ内に滞留していた約1万トンの汚染水の除去とともに、作業員の被ばく対策を行いながら、無事故で安全に施工を終えることができ」たという。(上記発表資料から引用)
*著者注:ちなみに軟岩とは、充分岩石化していない堆積岩や、風化によって固結度が低下した岩石のことで多種多様だが、中には指で潰せるものもある。
ちなみに長距離水中流動充填剤「Hilo」の材料は、一般的な高炉セメント、フライアッシュ、高性能減水剤、水中不分離性混和剤、消泡剤からなっている。高炉セメントは一般的なポルトランドセメントに製鉄高炉の副産物として発生するスラグを混ぜたもので、ごく一般的な建築材料。フライアッシュは石炭火力発電所で発生する灰で、二酸化ケイ素とアルミナが主成分。これもセメントの混合剤として一般的で、セメントの強度が増すとされる。減水剤はセメントの流動性を高める混和剤(添加剤)で、セメントが柔らかくなるので結果的に水の量を減らせる。以上は陸上の土木建設工事等でもお馴染みの素材だ。水中不分離性混和剤はパルプを混和することで粘りを出し、水中での分離を妨げる材料で水中コンクリートの打設では一般的な素材といえる。
このように特別な材料を使うことなく、その絶妙な配合で高い機能を実現した「Hilo」は、事故原発の廃炉工程を進めていく上で、大きな教訓になったことだろう。あるものを工夫することで機能を高める――。その結果、製造プラントを事故原発構内に設置することが実現し、通常のアジテータ車(コンクリートミキサー車)やコンクリートポンプで施工できたことも、工期の短縮、ひいては作業員の被爆軽減につながったものと考えられる。
廃炉に向けての歩みを進めていく上で、この取り組みは大いに評価されるべきだろう。「Hilo」で開発された技術は、その他のトレンチ群やスクリーンポンプ室などの空洞充填に応用される方針だという。
同日付で事故原発構内の滞留水の濃度・量について取りまとめた資料が発表された。汚染水が滞留している建屋につながるトレンチ等が、まだ数多く残されている。滞留する汚染水を回収し、再び汚染水が溜まることがないよう、空洞充填が早期に完了するのを期待したい。
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