息子へ。東北からの手紙(2015年12月20日)幸せになるために生まれてきた

iRyota25

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いちばん海に近い蔭磯橋の架け替え工事が始まっている。

もともと蔭磯橋が架かる河口あたりは、山と海からの砂が堆積して天井川みたいになっていて、北町から橋へ向かう道はゆるやかな上り傾斜だった。つまり橋の方が町より高かった。だもんだから、蔭磯橋が津波に呑み込まれたという情報に、この町を知る人々は震撼したに違いない。町に残された人はどうなってしまったのだろうかと。

実際、この近くでは悲しい出来事がたくさん起こってしまった。

蔭磯橋の架け替え工事が本格化して、町の景色は一変した。写真の正面に見えるのが橋脚を造る工事のための足場で、左手の上り坂は、北町地区のかさ上げ工事が完成した時の高さと橋の高さを合わせるために造られた仮設道路。上の写真でワンちゃんを連れた散歩の方や、工事現場の監督員さんが歩いているところが蔭磯橋。

そんな地形を説明するのにちょうどいいなと思って、散歩の人と監督員さんを風景に取り入れさせてもらっていたのだけれど、撮影していると思わぬ展開に。

監督員さんが途中で欄干を乗り越えちゃったのだ。ここを乗り越えた方が工事現場へは近道なのかもしれない。そんなこと、さほど大したことではないと思うかもしれない。でもさ、監督員さんが橋から下りた結果、ワンちゃんを連れたおじさんが、監督員さんを追い越していく格好になったんだ。

もう一度、一番上の写真から続けて見てみよう。工事の人がずっと先を歩いている。この町の住人はワンちゃんと一緒に、ちょっと遅れてついて行ってる感じ。このおじさんを、この町で平和に暮らしていきたいと希っているこの町のたりさんの人たちの象徴だと考えてみて。

津波で被害を受けた蔭磯橋を傷ついた町の、ひとつのシンボルだととらえると、この橋をつくり直すことは生活の場を取り戻すことに他ならない。そのためには建設の専門家のお世話にならねばならない時期がある。建設・建築関係だけじゃないだろう。さまざまな分野の専門家の支えがなければ、町の復活は難しいかもしれない。

しかし、その土地で暮らしている人は、いつかは専門家のみなさんを追い越して、自分で先頭を切って歩いて行かなきゃならないんだ。たとえ、続く道がきつい上り坂であったとしても。

写真を撮りながら、そんな寓意を感じたんだよ。震えたよ。

かさ上げ工事に並行して、道路や排水溝、住宅地の区画工事なんかも、ようやく始まった。4カ月前に来た時とは見違えるほど、といって工事現場がいっぱいという点では変わらないのだが、町の空気が一変した。これまでは、土の山がどんどん高くなっていくばかりで、どちらかというと明るい気持ちになれないというのが正直なところだったのに、なんだろうこの感覚。町を見る自分の方が変わったのかもしれない。

日がな一日ダンプや重機が走り回って、人の話し声が聞こえなくなったりするくらいなんだけど、この騒々しくて埃っぽい時期を乗り越えたらその先に、町の将来が見えてくる「次のステージ」がたしかに現れるんじゃないだろうか。そう思いたくなる。

そんなことを、いつもの「お母さん」との会話の中でも見つけたよ。お母さんというのは、震災直後からボランティアさんたちの受け入れ拠点になっていたお宅のお母さん。行くと必ず長話になるのだけれど、この日は時間がなくて、出発間際に早口で、だけどとびっきりの話を聞かせてくれた。

その時に聞かせてくれた話ってね、ちょうど1年前に話してくれた、「私たちもね、どこかで切り替えなきゃならないんですね。いつまでも被災地、被災者じゃいられないですからね」という話の続きだった。

「時々思い出すんです。震災の直後でガラ出しとか側溝掃除でバタバタしていた頃のことなんですが、いつもボランティアで来てくれてた○○くんが、ある日こんなこと言ったんですよ。お母さん、オレたちは幸せになるために生まれてきたんだよね、って。えっ?って思って、そしてハッとさせられました。服装も髪型もしゃべり方も、まったくの今時の若者って感じの子で、そんなこと言うような雰囲気ではなかったんですよ。私たちだって震災直後で、自分が何のために生まれてきたのかなんて、そんなことを考えるような余裕なんかなくて。でも○○くん、どうしてあんなことを言ったんだろうって、今でも考えます。私は何のために生まれてきたんだろうって」

○○くんは震災を機に仕事を辞めてボランティアに打ち込んで、その後再就職して結婚もして、今では赤ちゃんもできたのだという。こどもを見せに来てくれた時、「そういえば、そんなこと言ってたけど、どういう意味だったの」とお母さんが尋ねてみたら、「えっ、オレそんなこと言ってったっすか?!」と逆に驚いていたんだって。でもね、お母さんは言う。

「どんなに時間が経っても、町がキレイに復興しても、傷が完全に癒えることなんてないと思うんです。神戸の方々ももう21年になるけれど、気持ちまで復興することは難しいそうですよね。だけど、癒えない傷と付き合いながら生きていかなくっちゃと思うんです。私たちはみんな、お父さんとお母さんがいてこの世に生まれてきて、生きて、そしていつか死ぬわけですけど、どうして生きているのかっていうと、やはりひとりひとりが幸せになるためなんですよね」

人間は生まれて、生きて、そして死ぬ。生きている間の日々、私たちは何のために生き続けるのだろうか。

私たちは父と母のおかげでこの世に生を受け、だけどその時には、自分自身としては生んで下さいでもないんだけど、だけどこの世に生まれる。そして生きて、死んでいく。その与えられた生の間の時間に、私たちは何をするのか。

ワンちゃんと一緒に蔭磯橋を渡って行ったおじさんの背中からも、よく似たオーラが出ていたような気がするのは気のせいだろうか。

ここはいわき市久之浜。また来年の2月、この地を訪ねる予定です。ずっと通い続けるつもりです。町の風景が変わっていくことを、大切な地元の方々と語り続けていきたいと思ってる。もちろん、君もいっしょにね。

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