息子へ。被災地からの手紙(2013年7月24日)

iRyota25

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静岡県賀茂郡西伊豆町・集中豪雨災害復旧ボランティア

東北から帰った週末あたりから、Facebookに「静岡の被害状況」という石巻エリア発の書き込みが見られるようになった。頭がぼーっとして理解するまでに時間が掛かってしまったが、17日から18日にかけて大雨被害を受けた西伊豆町にボランティアに行こう!という、呼びかけメッセージだった。

西伊豆の美しい沿岸部が集中豪雨に見舞われていた頃、父さんは石巻にいた。その晩は石巻も大雨で、翌日の予定をどうするか気をもんでいたりした。けれども、同じころ伊豆半島が集中豪雨に見舞われていたなんて、父さんはつゆほども知らないでいた。まったく、うかつだった。

「地元じゃん。」

石巻の人たちが静岡の水害を心配する書き込みを見て思ったのはそのことだった。伊豆に住むようになって5年か6年くらい。住所からはちょっと離れた西伊豆町には、釣りとカヤックとジオパーク活動で数回行ったことがあるだけ。とはいえ立派に「地元」である。九州から石巻に移り住んだという人まで「静岡に行かねば」と言っているのだ、地元の父さんが行かずにどうする?!

後ろから尻を叩かれて決意したみたいで、ちょっと不本意な部分もあった。でも、動機はどうであれ、とにかく行くのだ、地元なんだから。と、ボランティア活動に出かけてきた。

西伊豆町災害ボランティア本部

静岡県西伊豆町役場

ボランティアはまずボラセンへ

西伊豆町は漁業と温泉と海岸の絶景で有名な町だ。釣り好きの間での人気も高い。
海沿いに北から走っていくと、伊豆市の土肥(とい)との市町境を越えて、宇久須(うぐす)、黄金崎、安良里(あらり)、田子、堂ヶ島、仁科…と、漁港の集落と観光名所が交互に現れる。

今回の集中豪雨では宇久須、安良里、田子、仁科の集落のうち、海にそそぐ川近くで多くの浸水被害が発生していた。とくに安良里の集落の被害は大きく、町全体が黄土色の泥に汚れた状態だった。

北から入って、被害を受けた集落の近くを順に走っていく。でも、目についたところに飛び込みでボランティアするという訳ではなく、まずはボランティアセンター(ボラセン)で手続きをしなければならない。西伊豆町のボラセンは仁科にある役場の入り口に設置されていた。被害を受けた集落を通り過ぎて、隣町・松崎町のすぐ近くまで手続きのために南下したわけだ。

役場の入り口広場に設置されたテントが受付。そこで団体のボランティアと、個人のボランティア(2名以下での参加)に分かれて登録(名簿に名前を記入)する。胸にはガムテープに油性ペンで名前を書いた名札を貼り付ける。そして、屋内で作業のマッチング。住民からの支援ニーズにボランティアが割り振られる。今回の父さんのように個人で参加した場合は、ここでチームに編成されることになる。

父さんは、小柄でチャーミングなおじさん、Tさんと作業服を着た若手4人で6人チームになった。登録準が最初だったからという理由で「リーダーやってね」と腕章を巻かれた。行先は田子という集落に決定された。地図を見せられたがよく分からない。Tさんは「畳屋さんの角を入ったあたりか」とずいぶん詳しい様子。あらら、Tさんがリーダーやればいいのに、なんて思ったりもしたが、父さんはTさんと2人で軽トラに道具を積んで、若手4人は別のクルマで現場を目指した。

楽な作業も大変な仕事も運次第

ボラセンで渡された資料によると、作業内容は「床下の泥出し」とのこと。
実際にやった経験はないが、東北の現場の経験者の話や写真から大変な仕事だということは知っていた。庭先や道や側溝の泥出しなら、水分を含んで重たくなった泥をスコップですくって、一輪車に載せて仮置き場に搬出する体力勝負の作業だ。ところが床下の泥出しとなると、それに加えて、狭い床下での作業という困難さが付け加わる。

深く考えたって仕方がない。とにかく行ってみなければと現場に到着して、Tさんと顔を見合わせた。

「こりゃ大変だ!」

被害にあった住宅はぎりぎり畳がやられずに助かったという、ぎりぎり床下浸水のお宅だった。ぬれずに済んだ畳は上げられていたが、畳の下はベニヤが床板として打ちつけられている。それぞれの部屋の真ん中に1m四方くらいの穴が鋸であけられていて、そこから床下の泥をかき出してほしいというのが住民からの要請だった。

床下のスペースは30cmくらい。古い造りなので1m間隔くらいで土台も入っている。床下にもぐりこまなければ作業できない? でもそれはさすがにキツイ? ずいぶん迷ったが、鋤簾(泥などをかき出す鍬みたいな道具)やレーキを手が届く限り奥まで伸ばして、浸水で堆積した泥をかき出した。

外は小雨が降っていた。こんな日に限って風もない。屋内はたぶん湿度100%だったろう。汗が蒸発せずにたらたら流れた。手を付いているところ、膝立ちしたところが汗で染みになった。服からもぽたぽた汗が落ちた。眼鏡もそう。すぐに体中泥だらけになったから眼鏡を拭くこともできない。フレームを手で持って振ると、汗がレンズから散って落ちた。

泥を出し、乾燥促進と消毒のための消石灰を撒いて、そのお宅の作業を終了した。

町内や県内からのボランティアが主体

作業に向かう軽トラの中でも、海岸で並んで食べた昼飯の間も、Tさんはボランティアに参加したことを近所の人には知られたくないなあと繰り返し言った。

Tさんは地元の漁船の乗組員。前日、船の仕事がなかったので初めてボランティアに参加したという。

「こんな時だからさ、こういうボランティアみたいなこともやっておかなければと思ってね。地元だからね。」

でも、近所の人や職場の人から「ボランティアなんかやってたの」と言われてたら、

「いやぁ、格好がつかないなかなあなんて思ってな。」

と、人目に付くことを心配していたんだ。

若手の4人は、土木工事や電気設備工事関係の仕事をしている友人グループで、なんと静岡県中部の藤枝からやってきたという。そう聞いたとたん、俺とTさん、ほぼ同時に「海を渡って来たんですか?」「じゃあフェリーで来たのか?」と同じ意味のつっこみを入れてしまった。

「同じ日に発生した豪雨では藤枝の隣の焼津も被害があったけど、あっちは業者が入ったからね。だからこっちに来たんです。実際ね、ナビで最短ルート探したらフェリー利用だったからびっくりしたんですよ。」

「同じ県内で被害が出ているのに、仕事どころじゃないってこと?」と尋ねると、うんと頷いていた。

阪神淡路の頃がきっかけになったんだろう。大きな災害が発生すると、全国から世界中からたくさんのボランティアが集まってくる。
でも、今回のように、Tさんみたいに近所のおじさんが人目を気にしつつ泥出しに参加したり、同県とはいえ150kmも走ってボランティアに参加する人たちがいたりという状況も、なんだかいいなと思った。被害から立ち直るにはまだ時間が掛かるだろうが、いいなと思った。

最後にボラセンの人から聞いた今後の見通しについて聞いた。

被災後から多くのボランティアに協力してもらってきたが、ずっとニーズに対してボランティアが足りない状況だった。24日の水曜日にニーズの掘り起しを行った上で、この土日(27日・28日)の状況を見て活動内容について判断しようと思う。

とのことだったが、26日の情報では、

本日(24日)にニーズの再調査・整理を行い、今後の活動について検討した結果、
7月28日(日)をもちまして、災害ボランティア本部として活動を終了し、通常の社会福祉協会の
ボランティアセンターの移行に向けての準備を進めることといたしましたのでお知らせします。

なお、西伊豆町外からのボランティア募集につきましては7月28日(日)を持って終了させてただく予定です。

西伊豆町災害ボランティア本部

とのこと。収束に向かっているらしいので少しほっとした。

それにしても――、
三陸の海岸にしろ、今回の西伊豆にしろ、風光明媚な場所ほど自然災害を受けているような気がするが、気のせいではないだろう。

美しい景観は地球がつくり出したもの。気象、地震、火山の噴火。自然は豊かな自然をつくり出すが、それは往々にして突発的な惨劇をともなうものらしい。うつくしい国土に生きるからには、強くあらねばならないということかもしれない。

 【ぽたるページ】息子へ。被災地からの手紙
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