御嶽山の噴火から、今もなお山頂付近に遭難された多くの方が取り残されたまま数日が過ぎました。秋の観光シーズン、あこがれの3000メートル級の山の頂上で、ちょうどお昼時に発生した突然の水蒸気噴火。その映像はショッキングでした。多くの人たちが今回の惨事に心を痛め、マスコミやネット上にはたくさんの報告や情報、意見などが寄せられていますが、その内容には大きく3つのテーマがありそうです。
ひとつは救助の状況です。噴石や火山灰が降り注ぎ、ぬかるみ始めた火山灰で足元が悪く、しかも火山性ガスに留意しなければならないという厳しい状況で、自衛隊、消防、警察の方々を中心に1,000人規模での捜索活動が続けられています。「くれぐれもご安全に」と救助活動の無事を祈りながら、いまは救助隊の活動を見守り続けるほかありません。二次災害が起きぬことを願ってやみません。
もしも自分が噴火に遭ったら
もうひとつ多くの関心を集めているのが、もしも自分が今回の御嶽山のように突然の噴火に遭遇したら、ということでしょう。
27日の噴火で被害に遭われた方の多くは、煙のように吹き上がった噴煙から落下してくる火山礫や火山弾の直撃を受けたようです。何百メートルの高さまで噴き上げられて落ちてくる噴石は、たとえ小さなものでも物凄いスピードと莫大なエネルギーを持っています。ニュースで伝えられる内容と考え合わせると、噴石に当たって致命傷を負われたり、骨折などで動けなくなった後、火山灰や火山ガスを吸い込んで命を落とされた方が多いと思われます。遭難された方の恐怖や苦痛を思うといたたまれない気持ちになります。
荷物を置いて逃げたことで助かったという人もいたようですが、今回のように、頑丈につくられた火山シェルターがない場所での突然の噴火の場合、ザックなどの荷物で体を守ることが致命傷を避けるほぼ唯一の方法だったと考えられます。(山小屋の屋根も噴石の直撃を受けてたくさんの穴があいていました)
ザック等で身を守る際には、地震時の避難と同様に、頭だけでなく首から背中にかけてもガードする必要があるでしょう。頭を保護しようとした手に噴石が直撃して骨折した人や、鎖骨を折る大けがを負った人もいたと伝えられています。頭部だけでなく首から背中にかけて守れるようにザックをずらして頭に載せ、肩ひもを顔の横で下に引っ張るような形で持ち、肩ひもを持つ手で胸部もガードしつつ、なおかつ口をタオルなどで押さえ、少し前傾姿勢で身を守りつつ――、と言葉で説明するとややっこしいですが、要するにザックを甲羅にして、噴石に直撃されないように体を縮めてということになると思います。
そして、できるだけ早くかつ噴火の状況を見ながら(矛盾していますが、そう言うほかありません)避難する。あのように突然の噴火から逃げ延びる絶対安全な方法は、なかなか難しいと言わざるをえません。
絶対に生きるんだという強い気持ちと、直面している危機、たとえば噴石や熱風、火山性ガスなどから、その場面場面でできる限り安全に逃れる行動を、迅速にとることが不可欠なのは言うまでもないと思います。
噴火予知、「断定できるレベルにない」の衝撃
もうひとつは噴火を予知できるのかという問題です。
火山学者の中に「地震と比べて火山噴火は予知しやすい」という意見があったのは事実です。地震が発生する可能性を有する場所が面的な広がりをもっているのに対して、火山は「そこ」と指させる特定の場所で発生するケースが多い現象です。活発に活動している火山を対象に、レーザーで山体の膨張を計測する装置や傾斜計、CTスキャンのように火山内部を調べる地震波トモグラフィなどで観測を続けていれば、火山の噴火はある程度予知できるという考え方がありました。
九州電力川内原発に関して、過去に巨大噴火を起こしたカルデラ火山が多数あることから、火山災害に対する原発の安全性が懸念されている中、規制基準を満たしているとの審査が行われたのは、「火山被害が原発に及ぶ可能性は十分低い」「巨大噴火は観測によって予知できる」と原子力規制委員会が判断したからでした。規制委員会は「火山被害の可能性は低い」という予知と、巨大噴火は予知できるとしたのです。
しかし今回の噴火を受けて、火山噴火予知連絡会の藤井敏嗣会長は会見で噴火予知に否定的な発言をしています。
「いまの科学技術のレベルでやれることは、そういう完全に安全だとか、完全に危険だとか、必ず噴火にいたるということまで断定するようなレベルにないですから、こういう異常があって、次にどういうことが考えられるかということを、もう少し丁寧な情報として発信することがあってもいいのかなと思います」
気象庁火山噴火予知連絡会(会長・藤井敏嗣東大名誉教授)の記者会見より(9月28日)
今の科学技術は、噴火に関して安全、危険を断定するようなレベルにない。火山活動に異常があった場合、次にどんなことが考えられるかを、もう少し丁寧な情報として発信する「ことがあってもいいのかな」との発言です。後段は少し分かりにくいですが、「断定することはできないので、起こり得る事態をより細かく伝えてはどうか」という意味のようです。要するに気象庁が現在運用している、入山規制や避難を前提とした5段階の「噴火警戒レベル」では対応しきれないという表明と理解できそうです。
マグマは岩盤を割りながら上昇する
御嶽山では8月末から火山性の地震が発生するようになり9月11日には85回を観測したそうですが、噴火警戒レベルは1で「平常」とされたままでした。「水蒸気噴火だから予知が難しかった」とか「小規模噴火は予測しにくい」といった声も聞かれますが、予知できなかったことは事実です。
地下からマグマが上がってくるマグマ水蒸気噴火やマグマ噴火の場合は、山体が膨張したり傾斜に変化が現れることで、噴火の前兆をとらえることは可能かもしれませんが、「いつごろ、どの程度の噴火が起きるか」という予知については、藤井会長が語ったように断定はできないということなのでしょう。
そこで2つの話を思い出しました。東日本大震災の後、火山研究者から聞いた地震予知の難しさについてのたとえ話と、火山でマグマが上がってくる火道の形状のことです。
地盤に歪みが蓄積した場所ではいつか地震が起きるだろうと予想することはできるが、いつどんな地震になるのかが分からない。それは、お皿に衝撃を与えたら割れるだろうということは予想できても、どんな割れ方をするかが分からないのと似ている。パリンと2つに割れるのか、粉々になるのかを予知することは現代の科学では非常に難しいという話でした。
もうひとつ、マグマの通り道というのはこんな話です。地下からマグマが貫通してくる火道がどんな形をしているかは、見てきた人がいないだけにはっきりとはわかっていない。しかし、火口が円いからといって火道もドリルで開けた穴のような形かというとそうではないらしい。古い時代の火山が侵食されて、周囲の山体が削り取られた後に火道が残されてできるダイクという地形は板状をしている場合が多い。岩盤を割りながらマグマが上昇した痕跡なのだろう。ニューメキシコのシップロックやオレゴン州のクレーターレイクには板状に空にそびえるかつての火道の跡が見られる。富士山の宝永火口にも垂直に立った板状のダイクが残されている。
今回の噴火を受けての藤井会長の話を聞いていて、この2つの話が結びつきました。マグマが地底から上昇してくる状況は、さまざまな観測機器で捕えることができるかもしれません。しかし、最後の最後にマグマが地表に突き抜ける時には、岩盤を割り、狭い隙間をほとばしるようにして上がってくるということのようなのです。岩盤の弱いところが割れたり、まわりからの応力で堅い岩盤を貫くしか逃げ場がない状況だったり、かつての古い火道にそって噴出したり、マグマが地表近くに上がってくるパターンはさまざまなはず。
人間が地中に下りていって現場を確認することができないのは、火山の噴火も地震も基本的には同じです。いつどんな規模の地震が発生するのか知りえないように、お皿がどう割れるのか正確に予知することができないように。北海道の有珠山のように、噴火が予知できる場合はむしろレアケースだと考えた方が妥当だということです。
もちろん、「噴火する」と警戒レベルを引き上げて、1週間たっても1カ月たっても噴火が起きなかった時の社会的影響がどうなのかという問題もあるでしょう。断定的に判断することができないということは、外れることが十分ありうるということです。外れた場合の社会的ダメージ(人間の大規模な移動や企業活動の停止などで想定不可能なほどの大きな損害が生じる恐れがあります)を考えると、断定できる科学レベルにない状況で避難指示ができるかどうか。判定を行う科学者は社会的損失の責任を負えるだけの強度を持っているのか。
火山の噴火はきわめて困難と言わざるを得ません。110もの火山がある日本では火山噴火に関して「油断することなどできない」のです。
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この稿を終えるにあたって、今回の御嶽山噴火で犠牲になられた多くの方々のご冥福をお祈りします。またいまも続く救助活動の安全を心から祈っています。
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