さすがに表情が固まった東京電力の記者会見。またも汚染水トラブル。今度はメルトダウンした核燃料を冷やした超・高濃度の汚染水を移送ミス。しかも移送をストップしたのは異常発覚の翌々日。
SB建屋という建物の地下から、PM建屋という建物の地下に高濃度汚染水を移送していたら、汚染水を送っている先のPM建屋の水位が下がって、SB建屋の水位が上がった。どうしてそんなことになったのか、2日経った後に出来事の全容が判明した。
そもそも汚染水を移送するはずではなかったMSW建屋に、200トン以上の大量の高濃度汚染水が誤って移送されていたのである。
東京電力福島第一原子力発電所
焼却工作建屋(別名:焼却工作室建屋、MSW建屋)
水の送り先を間違えたという単純なミスではなく…
事故原発の1号機から3号機は、メルトダウンした核燃料を冷却するため、汚染水を処理した水をかけ続けている。かけられた水は格納容器から漏れて建屋の地下に溜まり続ける。さらに原子炉の建屋には地下水が毎日400トンも流入。そのため、原子炉建屋や原子炉建屋とつながっているタービン建屋の地下は、激しく汚染された水が戦艦大和まるごと一杯分以上溜まった状態だ。
そんなに大量の水を溜められるのなら、そのまま水浸しにおけばいいかいうと、そういう訳にはいかない。
問題は2つある。
いくら巨大な原発施設とはいえ、無尽蔵に汚染水を溜められるわけがない。やがて地下室も水でいっぱいになり、超・高濃度の汚染水が溢れてしまうかもしれない。地下室から溢れ出ないまでも、建物の亀裂や配管部分から、いまも外部に漏れ出ているのではないかと心配する声も大きい。
タービン建屋から汚染水を汲み上げ続けなければ、汚染水処理が破綻してしまう。
もうひとつの理由も深刻だ。事故原発の廃炉に向けては、デブリとか像の足などと呼ばれる「メルトダウンした核燃料と、高温の核燃料によって融かされて核燃料と混ざり合った、極めて高い線量の核物質」を取り出す必要がある。
しかし、建屋が水浸しでは取り出し作業ができない。また、極めて高線量の核物質を取り扱うため、作業は水で満たした場所で行わなければならないが、圧力容器や格納容器に穴が開いている状況では、容器に水を溜めることができない。まずは容器の修復工事が不可欠だ。そのためにも建屋の水をゼロにする必要がある。建屋に溜まった水をゼロにしなければ、本格的な廃炉作業は始まらない。
汚染水処理は事故原発の「いま」と「将来の廃炉」に向けて、最も重要視されている中心課題だ。
にも関わらず、考えられないようなミスが発生してしまった。この「事象」を最初に報告した東京電力の「報道関係各位一斉メール」のタイトルは「福島第一原子力発電所 集中廃棄物処理施設焼却工作建屋への意図しない滞留水の移送について」。
意図しない滞留水の移送――。東京電力 尾野昌之・原子力立地本部長代理の記者会見での固まりきった表情とリンクする、あまりにも苦しい言葉ではないか。
記者会見で配布された資料では、「福島第一原子力発電所集中廃棄物処理施設焼却工作建屋への滞留水の誤った移送について」に差し替えられていた。報道関係各位一斉メールのタイトルも、3本目以降「誤った移送」に変更された。
時系列
4/10 9:41~17:44 サイトバンカ建屋からプロセス主建屋への滞留水移送実施。
4/11 サイトバンカ建屋の水位上昇とプロセス主建屋の水位低下を確認
(本来とは逆の水位変動)
4/12 現場調査を開始
4/13 17:02~17:22 集中廃棄物処理施設において、通常使用していない滞留水移送ラインに設置している仮設ポンプが運転中であることを確認したことから、仮設ポンプ4台を停止。
21:20頃現場調査中の当社社員が焼却工作建屋地下1階に滞留水を発見。
22:15 汚染水の分析結果と広がり範囲から、東京電力株式会社福島第一原子力発電所原子炉施設の保安及び特定核燃料物質の防護に関する規則第18条第12号「発電用原子炉施設の故障その他の不測の事態が生じたことにより、核燃料物質等(気体状のものを除く)が管理区域内で漏えいしたとき。」に該当すると判断
4/14 2:35 焼却建屋の滞留水の深さは約18cm*で変化が無いことを確認。
2:50 工作建屋の滞留水の深さは約5cmで変化が無いことを確認。
福島第一原子力発電所集中廃棄物処理施設焼却工作建屋への滞留水の誤った移送について | 東京電力 報道配布資料 平成26年4月14日
破損した原子炉の中を通った水を含む高濃度の汚染水は、集中廃棄物処理建屋と呼ばれる場所で、まずセシウムが分離され、その後、放射性物質や塩分と淡水成分を分離する淡水化装置に回されて、分離された淡水が原子炉の冷却に利用される(放射性物質と塩分が濃縮された水は多核種除去設備ALPSでの処理待ちでタンクに貯められる)。
つまり、さまざまな処理によって汚染濃度を下げた水を原子炉に入れて、ふたたび汚染された水をさらに処理して、というサイクルが毎日毎日続けられているわけだ。
タービン建屋に溜まった水を一気に汲み上げても、その分地下水の流入が増えるだけ。逆に地下水の推移より滞留水の水位が高くなると、汚染水が地下水に流れ込む危険性がある。そのため、溜まり水はデリケートな水位調整が行われていて、2号機の地下から3号機地下に移送して、それをまたプロセス主建屋や高温焼却建屋へ移送してという作業が日々行われてきた。
プロセス主建屋や高温焼却建屋に移送された汚染水は、それぞれの建物の地下を貯水槽代わりにして溜められることになる。タンク代わり、貯水槽代わりとして使用するために、2つの建屋の地下は、コンクリートの亀裂の修復などの止水処理が施されている。
ところが今回「誤った移送」が行われてしまった焼却工作建屋は、水を貯水槽代わりに使うための措置がとられていない。
東京電力は、「建屋外へ貫通している箇所はないこと、及び焼却工作建屋周辺にあるサブドレン水の分析結果に有意な変化は見られていないことから、現時点で焼却工作建屋から外への漏えいはない」としている。
水位がおかしいと気づいた翌日に現場調査を開始。動かすはずでないポンプが動いていることに気づいて停めたのは、その翌日の夕方。焼却工作建屋に水が流れ込んでいるのに気付いたのはその夜の9時過ぎ
汚染物質の海への流出に対して、国内外から厳しい目が向けられていることや、地下水バイパスという新たなオペレーションの実施に向けて、東京電力も汚染水の水位については非常に入念な対処を行ってきたはず。たとえば、タービン建屋の滞留水水位については毎日ネットで報告。
予期せぬ溢水や、バルブの操作ミスといった考えられない原因から繰り返しトラブルを起こしてきたタンクでは、水位の変化を連続的に測定して、汚染水漏えいをいち早く発見し、迅速に対処する方策がとられている(十全に働いているかどうかは別として)。
一連の汚染水処理の流れの中にあり、処理の起点ともいえる「このエリア」で、同様に極めてハイレベルな監視が行われていたであろうことは想像に難くない。
しかし事故は発生した。
誤って移送された水の量は約203トンとのこと。誤って移送した水の分析結果は、
・セシウム134:1.0×10^7 Bq/L
・セシウム137:2.7×10^7 Bq/L
合計3700万ベクレルのセシウムが含まれていたとされる。
高濃度の汚染水が大量に誤って送水されてしまった――。これは大問題だ。しかし、線量が高いのは壊れた炉心に接した水だから当然だ。200トンという量の水は、元のプロセス主建屋などに再移送するしかない。
やはり一番大きな問題は、対応に考えられないほどの時間を要したということ。しつこいが時系列を再掲載する。
▼4/11 実施中の作業内容とは逆の水位変動を確認する
▼4/12 現場調査を開始
▼4/13 17:02~17:22 通常使用していないポンプが動いていた → ポンプ4台停止
▼21:20頃 焼却工作建屋地下1階に滞留水を発見
サイドバンカ建屋からプロセス主建屋に水を送っているのに、プロセス主建屋の水位が下がるのはどう考えてもおかしいだろう。そんな異常な状態に気づきながら、調査に着手したのは翌日12日。
おそらく12日は朝から現地調査を行ったものと考えて(信じて)、ポンプが動いているのが見つかったのが13日の午後5時過ぎ。ほぼまる2日間かけて、ようやく原因にたどりつくことができた。
さらに、焼却工作建屋の滞留水が発見されたのはポンプを停めた4時間後だ。
プロセス主建屋には空間線量が1ミリシーベルトを超える場所が数多くある。局所的には40mSv/hとか150mSv/hと極めて高線量な場所もある。だから対応に時間がかかったということはあるだろう。しかし、水位のありえない変動が発覚してから、発生した事故の内容を把握するまでに2日以上を要した。これが第一原発での非常時対応の現実だ。
まして、誤った移送を行っていたと考えられるポンプを停止してから、そのポンプが汚染水を移送していた場所を特定するまでに【4時間】もかかっている。すぐ隣の建物なのに。ホースをたどればすぐに分かりそうなものなのに。
Let me assure you , the situation is under control.
安倍首相のオリンピック招致スピーチより
この国では、極めて不安定で危険な状態にある原子力発電所で不測の事態が発生した際に、何が起きたのかを確認するまでに2日を要するような状況を、「コントロール下にある」と称すものらしい。
蛇足:東京電力の原発施設の名称が複雑怪奇
集中廃棄物処理建屋、雑固体廃棄物減容処理建屋、焼却工作室建屋……。画数の多い漢字ばかりが並んで、まるでムカデみたいに見えたりもする東京電力の原発施設の名前。字面だけでも多くの人にドン引きさせてしまうパワフルさだが、さらに恐ろしいことに東京電力の原子力施設には、同じものに複数の名前が付けられていることだ。電力会社の資料では、同じものを意味する様々な言葉が同じ文書の中でも混在して、初めて読んで意味が分かるのはおそらく関係者しかいないだろうというありさまだ。しかも、場所を特定資料も少ない上に、資料によって呼び名が違っていたりするから、調べるだけでも骨が折れる。
という訳で、今回の事故で登場した建屋の名称を整理。
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