息子へ。被災地からの手紙(2013年8月10日)

iRyota25

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宮城県南三陸町「長須賀ビーチ」

この写真は2012年10月24日撮影

この写真は2012年10月24日撮影

かつてこの砂浜は瓦礫だらけだった。
砂を掘れば掘っただけ、海と陸にあったありとあらゆるものが出てきた。

でも、さらに以前、津波より前、この砂浜は東北でも有数の美しいビーチだった。

いま、このビーチは奇跡的によみがえった。
それも、どこかの大企業が財力にものを言わせてガーッとビーチ清掃したのではない。

仙台や東京からやってきたダイバーたちや、
地元の人たち、賛同した町外・県外の人たち…、

つまりね、ふつうの人たちが、この砂浜を海水浴場として復活させたんだ。

しかも、そのきっかけになったエピソードがすごい。

震災で辛い思いをしているこどもたちを、沖縄の海に招待するプロジェクトに参加した子が、アンケートにこんなことを書いたというんだ。

「地元の美しい海で泳ぎたい」

それじゃあ、自分たちで何とかしなければね、と
こどもたちを中心とした海水浴場再開プロジェクトが動き出す。

最初は周囲の理解も乏しかった。海に痛めつけられた記憶から、海に近づくことすら敬遠する人も多かった。こどもたちにしてみても、地元の海を復活させるんだという「思い」こそあっても、そこはこども。実作業の力にはなかなかなれなかった。実質的には、ボランティアでつながっていった大人たちが中心になって、作業は少しずつ進んだ。少しずつであっても諦めることはなかった。なかなか力になれなかったこどもたちも諦めなかった。

そのうちに賛同してくれる人が増えてきた。行政の協力も取り付けた。それでも、大人の事情(要するにお金とか許認可とか行政上の手続きとかだ)の壁が幾重にも立ちはだかった。とくに当初予想をはるかに超えてしまった資金面での苦労は大きかった。だけど、活動の中心にいた人はこう言うんだ。

「活動を通して、こどもたちがどんどん成長してきた。人前でうまくしゃべれなかったこどもが、自分の意見や将来に向けての希望なんかを、大人たちに向かって自分の言葉で伝えられるようになってきた。自分にとって、それがとても大きな成果なんです。」

こどもが変われば、周囲の大人たちの意識も変わる。

海水浴場の復活だけではなく、この地にコンクリートではない植林による堤防をつくって、海との関わりを維持し続けたい――。
そんな夢も具体的に語られるようになっている。

「奇跡の海水浴場」――。
そんな言葉が一瞬思い浮かんだけれど、すぐにごしごし消しゴムで消したよ。

奇跡なんかじゃない。諦めずに思い続け動き続ければ、変えることができる。

南三陸町・歌津の長須賀ビーチは、
人間の力と、こどもたちの成長していく力を示す場所なんだ。

【ぽたるページ】南三陸・長須賀ビーチ「最高のガッツポーズ」
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長須賀ビーチ

宮城県本吉郡南三陸町

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