2012年11月20日 ◆ 石巻の夜
Facebookで写真をちら見して、ぜひとも食べてみたいと訪れたレジリエンスバー(石巻日日新聞が運営する「絆の駅」の2階にあるスペース)。垂涎の的と目を付けていたのは「ウニクリーム生パスタ」。新聞社の社長の近江さんがマスターに変身した姿で(といっても上着を脱いだだけのネクタイ姿。それがまたいい感じ)迎えてくれた。
ちょうど地元のサッカーチーム・コバルトーレ女川の一年を振り返るラジオ番組の収録中で、スペースは人でいっぱい。ふだんお目にかかれない選手たちや選手の家族たちもたくさん来ていて、なかなか壮観だったよ。そんな中で食したウニクリーム生パスタ。濃厚な味わいとぷりぷりの生パスタの触感、そして添えられた大葉の香りとの相性、さらに今日限定のレジリエンスバーの雰囲気・・・。「いやぁ、絶品だ~」と満喫していたら “ 彼 ” がやってきた。
黒いジャンパーにニット帽をかぶり、黒いネックウォーマーを鼻のあたりまで引き上げた、あまりにも怪しい出で立ちでドアから滑り込むように入ってきたかと思ったら、俺がその場にいることにちょっとビックリしたような顔をしたのもつかの間、人差し指を口の前に立てながら父さんの後ろに回って何かを背中に押し当てた。その感触は、まさか銃じゃあないけれど、角張った感じとサイズはスタンガン??
びっくりしている父さんをよそ目に、彼はバーの人ごみの中に滑り込むようにカウンターのところまで入って行って、ウィスキーのロックを一杯片手に持って戻ってきた。と見るや、再び父さんの背後に回り込んで例のものを突き付け、「いくよ」と耳元で一言。
父さんはレジリエンスバーから石巻の夜の町に連れ出されてしまった。
◆ その一夜の出来事
「いったい何なんですかぁ?!」と彼に笑いかけたら、口の前に人差し指を立ててもう一度「しっ」。父さんは背中を押されるがままに夜の石巻を歩き始める。歩きだしたかと思ったら、すぐに一軒目の目的地に到着。
そこはかつてガレージだったところを、大津波の後にボランティアの手で泥出しや修復などを行った上で、いまは「ishinomaki 2.0」という復興支援チームの拠点となっている場所。石巻2.0といえば、石巻では知らない人がいないんじゃないかというくらい頑張っている支援チームなんだけど、夜も更けつつあったその時分、オフィス兼作業場兼コミュニケーションの場でもあるそのスペースにいたのは、20代くらいの男性一人だけだった。
鍵がかかったガラス扉を黒ずくめの男が叩くと、蛍光灯で白く照らされたウナギの寝床のようなスペースの奥から、その若い男性がちょっと困ったように笑いながらやってきて、鍵を開けて中に入れてくれた。
黒ずくめの男は中に入っていくや、テーブルに置かれていたミカン箱からミカンを何個かつかみ出し、
「ロシアンルーレットだ。ここにいる3人の誰が一番甘いミカンを選ぶか、勝負!ただし触るのはなし。おれはこれだな・・・」
有無も言わせない。突然の勝負宣言だ。千葉の大学からやってきたという、修士論文と格闘中の若者と父さんも突然始まった勝負に引き込まれ、冷たく白い蛍光灯に照らされたミカンを品定めし始める。なんだろう、この空気感。選択の余地はないのだ。だけど、なんだかとっても楽しい。千葉の大学から来た彼なんか、本当はちょっとシャイな人なんだろうという残り香があるんだが、真剣な笑顔でミカンを物色しつつ、ときおり弾けたような物言いをしている。「匂い嗅いでもいいっすか。ダメっすよね。やっぱ色合いですよね」とかね。もちろん父さんだって一緒。
甘いミカンを選ぶコツは、ちょっとひしゃげた丸形で、色はもちろん濃いオレンジ色。表面の照りは新鮮さの証だけれど、ぴかぴかすぎるのはパス・・と父さんなりの選択眼で「これぞ」の1個を選んださ。
「勝負!」
黒ずくめのおじさんは「相手にお勧めの袋を選んでね」と指示しながら、もう自分が選んだ1個を食べながら、「うん甘い」。
こっちも負けずに自分が選んだのを口に入れ、「うん、甘さと酸味が絶妙」と自信の弁をふるう。
千葉の彼は「甘さだけが勝負なんでしょう」といかにも理系らしくコンディションを再確認しつつ「これで行きます」。
三者のミカンがそろう。そして「実食!」
勝負は二回戦まで続けられた。一回目の結果では負けた二人が納得しなかったからだ。で、結果は二度とも千葉から来た彼の勝利。父さんの選んだのは、二度とも最高に旨いミカンだったんだけど、甘さ勝負というレギュレーションのもとでは一度もトップは取れなかった。
勝負は終わった。三人の顔には笑顔があった。同志としての絆のようなものまで生まれていた。そして「さっ、そろそろ」とあっさりと別れた。いや違った、黒ずくめの彼はさらにもう一発かましてくれたんだ。「もうちょっともらってもいい?明日から浜松に行かなきゃならないから、道中に食べたいんだ」とミカンをおねだり。千葉の彼はももちろん快諾。黒ずくめ氏はジャンパーの両ポケットに入れただけでは足りず、小さなバッグがぱんぱんになるまで、10個以上もミカンを頂戴して立ち去った。
相手に何のダメージも不快感も与えることなく、むしろ楽しさと絆の余韻を残しながら、品物を頂戴していく・・。黒ずくめ氏、あまりにも見事だった。
≫≫翌日の話に続く・・・
最終更新:
nezumisenpai
うにクリーム生パスタ!うらやましぃ~です!おいしそう!!!!