息子へ。被災地からの手紙(2013年3月4日)

iRyota25

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2013年3月4日 宮城県石巻市

劇的ビフォーアフターの決め台詞じゃないけど、「なんということでしょう!」がいっぱい。前回、石巻の復興民泊でも飛び出したフレーズだけど、今回の石巻もたくさんの驚きに出会える予感。いやもう一日目からたくさん出会ってしまった。

今日の「なんということでしょう!」の舞台は日和アートセンター。民泊ROOM2のお向かい。アートの力で石巻を元気にしようと、横浜市の支援で運営されているかなりお洒落な場所なんだけど、そこのギャラリースペースにこの冬、忽然として炬燵(こたつ)が登場したことは、これまでにも何度かお話ししたよね。現代アート作家・スサイタカコさんが生み出した、摩訶不思議なイキモノたちのぬいぐるみが、キラキラ光る糸で天井から吊るされたスペースで、石巻の人たちが炬燵にはいっておしゃべりしたり、ワークショップで手仕事したり、子どもたちが放課後を過ごしたり。そんな素敵な状況なのは、展覧会のオープニングの日の盛り上がりから想像していた。けれど、あれからほぼ1カ月。再訪した日和アートセンターは、面もちが一変。いやさらにグレードアップしてた。

壁一面に落書きみたいにイラストが描かれている。落書きなんて言うと叱られるかもしれないけど、お前さんが保育園の頃に冷蔵庫とか壁とか床とかに描いていたのと同じ感じなんだ。描きたい気持ちがそのまま描かれてしまったような、落書き。「羊」のイメージで子どもたち含め石巻の人たちが、スサイさんと一緒に描いたものなんだって。

と、いきなり壁の絵から紹介するのはズルかもしれない。本当はね、一目見て、おっとかギャッとか思ったのは、ギャラリーがギャラリーっぽくなくなっていたことだったんだ。一言でいうと「作業場」。たくさんの人たちが出入りして、作業途中のものがそのまま置かれていて、外から見ると乱雑なだけにしか見えないんだけど、仕事をしている人たちにとっては、現在進行形の作業が積み重ねられている場所になっていたんだ。

で、作業場と化したギャラリーに何が並んでいたかのかというと、毛糸と毛糸をつくる道具と毛糸になる前の羊毛。脱脂される前のもの、脱脂したもの、染めている最中のもの、乾かしている途中のもの、繊維の方向を揃えるために梳いている途中のもの、それらを毛糸に紡いでいる途中のもの。アートギャラリーの空気中には、毛糸を染めるための酢の匂いがふんわかと漂っている。

そんな雑然とした空間で、羊毛作家の吉田麻子さんが、紡ぎ車で毛糸を紡いでいくのさ。

紡ぎ車って、あの千と千尋でぜにーばが沼の底の家でくるくる回していたあれね。綿のように見える羊毛のかたまりを撚って、糸にしていくんだ。

手芸店に行けば、毛糸なんて簡単に手に入るけど、作りだすためにはたくさんの、本当に想像できないくらいたくさんの手間がかけられている。ここまで手間がかかるものなの!とびっくりするくらいなんだけど、その手間が、手間をかけて仕事している時間がとってもいいんだ。

ワークショップに参加したのをきっかけに、毎日のようにやってくる人たち。仕事帰りに立ち寄って、作業していく人もいるらしい。若い人は小学生から。そして孫がいるくらいの年代の人たちまでやってくる。たくさんの人たちが、現代アートのギャラリーに集ってきて、羊毛だらけの炬燵の上で、それぞれにできる作業をしていく。それぞれの人たちが担当している作業のひとつひとつが「なんということでしょう!」のかたまり。何百本も針金が植えられたブラシのようなもので、綿のような羊毛を梳き返すうちに、繊維の方向が変わっていく。繊維が揃っていくと、羊毛の輝きが際立つ。えっ!とかおお!とか驚くような瞬間が次々と展開される。そんなびっくりがいっぱいの作業なんだけど、やってる人たちは平然と手を動かしていくのさ。仕事する手元をじっと見ながら、あんなこと、そんなこと、いろんなことをおしゃべりしながら。

そして、たくさんの人たちが手分けして進めていった作業の成果を、吉田さんが糸に紡いでいく。

マフラーとかセーターとか、衣服として形をなす前の毛糸をつくるために、ゆっくりと流れていく時間。それがね、とても豊かなものに思えた。だって、綿みたいな羊毛を(染色して、いろんな色がまだらになっているものとかを)、くるっと指先でより合わせると鮮やかな毛糸になる。魔法かと思った。「なんということでしょう!」だ。

吉田さんがいいこと話していた。たくさんの色を混ぜ合わせると、絵の具だと黒になっちゃう。でも毛糸を撚り合わせると、色が際立つんですよ。

そんな魔法のような糸を紡いでいく、時間。「豊か」って言葉でもいいんだけど、むしろ父さんはこんな風に感じていた。「幸せな時間」。そんな時間がここにあったんだ。

糸を紡ぐことって、半世紀前までなら日本中のさまざまな場所で目にすることができた。体験することもできた。そんな当たり前をもう一度知る時、その過程でたくさんの、驚くほど多くの「びっくり」に出会う。羊毛は西洋から入ってきたものだけど、手間をかけた手仕事で何かが作り出されていくのって、とても日本的なものだと感じた。東北って場所にしっくりくる文化みたいなもの。

こんなに手間がかかるものなんだと再発見して、それが驚きであるのと同時に、本当はそれが当たり前だと気付かされる時間と空間。羊の毛から毛糸を紡いでいく、ワークショップというか、日和アートセンターの日常になってしまった時間。東北はね、被災地と呼ばれているけどね、日本の未来の先進地なんじゃないかって思うんだ。

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