他意のない軽いジョークみたいなお話しなので、あまり深く考えられませぬように。
岩手県沿岸で最も南、陸前高田でお茶っこにはまらせて(参加させて)もらっていた時のこと。いまどこに泊まってるのか聞かれて、住田町だと答えると、
「んまあ、そんなチベットみてえなとこから来たんだ」
とオジさんは大げさにビックリしたような仕草を見せた。「今年になって(この冬という意味で)もう3回くらいは駐車場の雪掻きしたからね」というと、「いやあ、泊まるんなら陸前高田にしなよ。こっちは東北の湘南だかんなぁ」
「東北の湘南」という言葉にちょっと吹いてしまった。というのも、同じ言葉は東北の沿岸部のあちこち、ほんとにいろいろな場所で耳にするお決まりの言葉だったから。
福島県いわき市永崎。福島県いわき市豊間。福島県いわき市四倉。福島県いわき市久之浜。福島県南相馬市。福島県相馬市。宮城県亘理町。宮城県岩沼市。宮城県名取市。宮城県七ヶ浜町。宮城県東松島市。宮城県石巻市渡波。宮城県南三陸町志津川。宮城県南三陸町歌津。宮城県気仙沼市。岩手県陸前高田市高田町。岩手県陸前高田市米崎町。岩手県陸前高田市広田町。岩手県大船渡市松崎町。岩手県大船渡市大船渡町。岩手県大船渡市綾里。岩手県大船渡市小石浜。岩手県釜石市……。「ここは東北の湘南だから」と聞いたことがある地名を列記するとこんな感じ。
むちゃくちゃ多い。東北の沿岸地方のほとんどすべての町で「おらほ(俺たちの方という意味)の所は東北の湘南だ」って言ってるようなもんだ。
そのそれぞれの土地で、たとえばこんな解説がついてくる。震災の翌年の11月末、気仙沼の漁港で漁師さんと話し込んでいると、時ならぬ雪がちらついてきたことがあった。本格的な降雪にはまだ早い時期のこと。「あんた、これからどこ行くのさ?」と聞かれて、陸前高田と答えると、「いやあ大変だ。県境越えっと大雪になるからな」と気の毒そうに言われたことがあった。
そんなこと言ったって、ほんの隣町じゃないかと北に走って行って驚いた。「ようこそ岩手県へ」という標識を過ぎたとたん、本当に猛吹雪になってしまったのだ。
逆に、お茶っこに来ていたおじさんによると、NHKだかのニュースで東北沿岸部は大雪の恐れと報じていて、実際に気仙沼市あたりでは大渋滞が発生するほどひどい雪だったのが、県境を越えて陸前高田市に入ったとたん、ぱたっと雪は止み、さらに道路も圧雪の白いものから、ちょっと濡れた程度の黒い色に変わったんだとか。
やはり震災翌年の冬、雪が積もったいわきに行った時には、「こんなに雪が降ってしまって、ごめんなさいね」と謝られたことがある。「この辺りは温暖な土地柄で、本当なら雪も年に数回しか降らないし、積もることなんか滅多にないんですよ。東北の湘南って呼ばれているくらいなのに。こんな雪の日に来てもらってごめんなさいね」
冬に石巻に行く際には、なぜか積雪に出くわす確率が8割くらいもあるものだから、「雪を連れて来ているんじゃないか」とからかわれたこともある。
たしかに東北の沿岸部は内陸に比べて温暖だし、一冬に雪が降るのは数回程度というところが多い。雪が降ってもたいていはすぐに融ける。内陸から嫁いできた人が、「冬は実家には帰りたくない」というのを耳にすることもあるくらい。だけど、沿岸部のお隣の町同士でうちの方が暖かいと小さく主張し合うのはどうしてだろう。
そこには、隣町を貶すというのではなく、自分たちの郷土への愛情、おらほの町はいいところだという地域への思いがこめられているのかもしれない。本格的な冬になって「東北の湘南」という言葉をいろいろな場所で耳にするようになるにつけ、東北の人たちの地元愛のぬくもりを感じる今日この頃なのである。
「ここは東北でも暖かい土地だもの、東北の湘南なんだもの」
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