息子へ。東北からの手紙(2014年8月15日)

iRyota25

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会社の夏季休暇を使って東北に行って、知り合いの人たちと話したことをいくつか。

かさ上げ工事が始まった町で

かさ上げ工事が始まって、その準備のためにこれまで残っていたコンクリート基礎が撤去されて、整地されていく津波被害地を前にして、

「やっと始まったよね。町が少しきれいになってよかった」と話してくれたのは、自宅があった場所にいち早く家を再建できた人。道路をはさんだ目と鼻の先でかさ上げ工事が進められている。

だけど、「家の基礎が撤去されて、どこが道だったのか分からなくなった。道が残っていた頃には、まだむかしの町の面影があったんだけどねぇ」とも。

かさ上げや整地は、町を造り直していく上で避けて通ることのできないこと。復興に向けて進んでいることの証でもある。それでも、かさ上げが進むということは、かつてあったものが埋め立てられ、永遠に消し去られてしまうことだ。「だけどねぇ」というつぶやきには複雑な思いが込められている。

別の場所で聞いた同じ話

宮城県の石巻と福島県いわき市久之浜の2カ所で、まったく同じ言葉を聞いた。

「震災の直後からしばらく時間をおいて、久しぶりに訪ねて来てくれた人がこんな風にいうんです。よかった。だいぶキレイになりましたねって。そんな風に言われると、どう返事していいのか困ってしまう」

たしかにガレキはなくなった。片づけが終わった町ではかさ上げの準備工事として整地作業が進んでいる。でも工事が進んでいくことで失われてしまうものがある。よかったと言われて、同調していいものなのかどうか。気持ちの整理はたぶんまだついていないのだろうと思う。

加えて、時間という問題もあるのだろう。震災からもう3年5カ月。これだけの時間が経過してようやくかさ上げが始まった。かさ上げが終わった後にすぐに建物が建てられるわけではないから、被災した土地が町としてよみがえるまでに、あとどれだけの時間がかかることか。

再開発の計画は進んでいるように報道されるが、実際には少し前進したかと思ったら足踏みしたり、たまには後退したり。ニュースで言われているほどには進んでいない。数年前に教えてもらった計画と、最近の計画で何が変わったのかがよく分からない。たしかに細部は詰められたのかもしれない。でも具体的なものはほとんどない。

具体的というのは、その再開発計画で造られる施設に入居するかどうかの判断ができる材料のことだ。お店をやっている人にしてみれば、確実に人が戻ってくることが分からなければ店は出せないと考えるだろう。住民にしてみれば、お店がないような集合住宅では暮らせないと思うだろう。

この話、まったく同じ話を2年前にしたっけな。足踏み状態は続いている。

それに、具体的な判断をするためには、お金の問題もある。

「とにかく、いま計画されている施設は高すぎる。入居にかかる費用が工面できなければ入りたくても入れない」そんな話をしてくれる人もいた。

少し前に進んだら、立ち停まることも大切

こんな話を聞いた。

前に進んでいける人、なかなか立ち上がることができない人、被災地にはいろいろな人がいる。前に向かって行ける人は行けばいい。ただ、時々立ち止まって、後ろの様子を確かめなければならない。あんまり先に進み過ぎると、後ろの人たちは着いて来れなくなる。

親を亡くした人、こどもを亡くした人、伴侶を亡くした人、家を失った人、家財を流されたが家族とも無事だった人、そしていまだに家族が行方不明の人もいる。

行方不明ってどういうことだか分かります? その日の朝、いつものように「行ってきます」と手を振って、そのままいなくなってしまうんです。いつか元気に帰って来るんじゃないか、という希望を断ち切るのが残された人にとってどんなことなのか。

家族が亡くなった方、つまりご遺体が発見された人には自分を責め続ける人が少なくない。あの時、もしも自分がこう言っていたら。あるいはあんなふうに言わなかったら、亡くならずにすんだのではないか。

もう3年過ぎたんだからといっても、人によって立ち直るために必要な時間は違っています。進める人は道を切り開くように前に進んでいかなければなりません。でも、立ち停まることも大切なのです。

見えにくくなっていく内面

土地に関する大規模な工事が入って、たしかに町は変貌しはじめた。震災を連想させるものは減ってしまって、もうしばらくすると、被害を受けた広大な土地が「巨大な開発工事現場」に見えるようになるかもしれない。

それを「キレイになった」と言っていいものなのかどうか。これは被災地の外にいるお前や俺たちの問題でもある。

開発が進むように変化していく町にあって、でもそこで暮らす人たちは内側にいろいろなものを抱えている。悩み、逡巡、取り残されていくような不安。

復興というのは、本当にえらく大変なことだ。工事によって津波被害地が変化していくにつれて、人の内側にあるものは、これからだんだん見えにくくなっていくだろう。だから、話すことがますます大切になっていくと思う。

話す。知り合いになる。仲間になる。これからずっと、そんなふうにやっていこうと思うんだ。

文●井上良太

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