こんな人がいるものなのか、と思った。
大曲浜獅子舞保存会の会長、伊藤泰廣さんを紹介された瞬間、その瞳に射抜かれた。
黒いダイヤ。
というと比喩で石炭や黒曜石なんかのことを言うけれど、その瞳は正真正銘、
黒い金剛石そのものだった。
相手の瞳孔を貫いて、心の底まで見抜くような目。
いや、「ような」ではない。たしかに見抜かれている。目線を外すことができない。
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大曲浜は石巻の西隣、東松島市にある。もともと定川の河口付近の砂州の上の集落で、終戦の頃まで陸地へは船で行き来するような海辺の町だった。国道や石巻港が近いという地の利もあって、近年では500世帯以上の人々が住まう町に変貌していた。
そんな大曲浜は今回の大震災による巨大津波で激甚な被害を受けた。
獅子舞保存会は前会長など4人の命を奪われた。保存会のメンバーの多くが大切な身内を失った。獅子頭、笛、太鼓など獅子舞に使う道具のほとんども津波に流された。
さらに大曲浜地区は「災害危険区域」に指定される。
住居の用に供する建築物の建築の禁止その他の制限――。
戻ることのできない町になってしまった。
そんな中、若手が立ち上がる。
中学校の課外活動で舞って以来、獅子舞から離れていた若手が復活を模索し始める。
獅子頭はない。道具もない。町には戻れない。
しかし彼らの決断は、
「大曲獅子舞保存会」として町の名を後世に残す。
ということだった。
全国からの支援を受けて、震災の翌年2012年の正月3日に獅子舞はよみがえった。
復活の場所として選んだのは、大曲浜が見渡せる橋の上だった。
写真を見ると、獅子舞を見に集まった人たちが抱き合って涙している。
獅子舞は、300年以上の伝統を伝えていくものであるとともに、
町そのものになった。
死ぬるか、生きるか。
その境目で生き延びた人間が、生き続けるために何をなすか。
伊藤さんの瞳が、ひとを射抜くような力を持っているのは、そのせいだ。
「俺たちは舞うことで、伝えていく。」
伊藤さんに率いられたメンバーはこの日、
市制90周年を祝してオープンした沼津市のキラメッセのこけら落としとして、
勇壮な獅子舞を披露した。
「私たちは宮城県東松島市から参りました。私たちの獅子舞をご覧いただいて、みなさん、どうぞ元気をお持ち帰りください。」
獅子舞いがどうだったかって?
愚問だよ。
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