和食に欠かせぬ食材「海苔」。なんとヤマトタケルの時代から伝わる日本の伝統食材なのだとか。色つや、香り、パリッとした食感。口の中でとろっと溶けて、ほのかに甘味がただよう。美味しい海苔を食べると、日本人でよかったなんて思ってしまいます。
そんな海苔の世界の中で、最上級として長く評価されてきた産地が、東北にあります。宮城県東松島市矢本、大曲浜の海苔は品評会で優勝・準優勝を数多く受賞し、2010年まで6年連続で皇室へのご献上を果たしてきました。
東日本大震災でたくさんの命が失われ、家が流され、船も施設も失くした大曲浜の漁師さんたちですが「皇室御献上の浜」復活を目指して立ち上がっています。今年も11月から海苔の摘みとり(摘採)がスタート。荒れる寒い海の上で、最上級の海苔を作るための「手間」が注がれています。
顕微鏡下でタイミングをはかる繊細な作業
そんな大曲浜の海苔漁師のひとりが三浦正洋さんです。
「海でしか仕事はできない」
震災後、家族でこれからについて話し合う中での父親の言葉を受け、勤めてきた会社を辞め2013年の4月から漁師の道に入った方です。
実は三浦さんとは以前に会ったことがありました。それは大曲浜獅子舞保存会の一員として静岡県で獅子舞を披露してくれた時のこと。写真は獅子舞のクライマックス、やぐらと呼ばれる獅子頭を奪い合うシーンで、体を張って熱演する三浦さんです。
かつて保存会のみなさんがお世話になり、1年前に亡くなられたお寿司屋さんのご主人に捧げられた供養もかねての熱い涙の獅子舞のひとこまでした。
2013年夏、大曲浜獅子舞保存会会長の伊藤泰廣さんが案内してくれた海苔養殖の作業場の中に、懐かしい三浦さんの笑顔がありました。18メートルx1.2メートルという長い長い海苔養殖用の網の横で、三浦さんが説明してくれたのは、こんな海苔養殖の秘密です。
「この長い網を6枚合わせたものに海苔のタネを付けるんです。タネと言っても植物の種のようなものではなくて、糸状体と呼ばれる海苔の細胞です。顕微鏡で細胞分裂の具合などを確認して、タイミングをはかってタネ付けします。時期はお盆過ぎから9月にかけてですかね」
顕微鏡?!
細胞分裂?!
海苔をつくるのにそんな繊細な仕事が介在するとは!
驚きでした。海苔と言えば、パリッとして美味しいとか、風味が何ともいえないなんてことしか考えたことありませんでした。
敢えてストレスを与えることで美味しい海苔に
三浦さんの口からさらに驚きの言葉が飛び出します。それは海苔にストレスを与えて育てるという信じがたい話でした。
「タネを付けた海苔は次に育苗という段階に進むのですが、この時に潮の干満の差を利用して海苔を鍛えるんです。干潮の時に海から出て干されるようにしてストレスをかけてやるわけです」
なんだか可哀そうな気がしますが、と言葉をはさむと、
「そうしてやらないと強い海苔が育たないんです。水にずっと浸かっていても海苔は成長しますが、ちょっとした気候変化なんかでやられてしまう弱い海苔になってしまうんですね。ストレスに強いことが、いい海苔、美味しい海苔につながるのです」
そういえば、牡蠣養殖の初期にも干満の差を利用して強い牡蠣だけを残すプロセスがあることを思い出しました。美味しい食材となる海の生き物はタフであることを求めらるということなのでしょうか。
「で、ある程度育ったところで網を海から上げて、今度は冷凍するんです。冷凍といっても海苔の細胞から水を抜くという意味合いが大きいので、乾湿のストレスを与えることでもあるのですけどね」
さらっとあっさりした口調で三浦さんは説明してくれるのですが、おいおい、ちょっと待てよ! です。日干しにされた次は冷凍攻め。そこまでのスパルタ育成は牡蠣にだってやらないでしょ。
収穫期は厳冬期
強く美味しく育つための段取りを整えられた海苔は、秋の海の環境条件を見極めた上で海に戻されます。そしていよいよ海苔の摘みとりシーズンがやってくるのですが、季節は冬。11月から4月にかけてという摘みとり時期は、海が荒れ、風が吹き荒び、濡れた船底が凍りつくような厳しい季節にぴったり一致します。
厳しい環境の中で(つまり手塩にかけて)育てられた海苔は、今度は人間にとって厳しい環境の中で収獲される。自然と人間、厳しさと厳しさのぶつかり合い。それが美味しい海苔の最低条件なのか――。
いま、大曲浜の海は海苔の摘みとりの最盛期を迎えています。この春から海苔漁師に転職した三浦さんも、朝まだ暗い寒く厳しい海の上で、成長した海苔の収獲作業に邁進されていることでしょう。
海苔養殖が大変な仕事だということは、夏の日の立ち話の中で教えてもらいましたが、「皇室御献上の浜」ならではのこだわりや、育て、収穫し、加工した海苔を口にした時の感想は、厳しい冬の海の船上に立ってからでなければ聞けないなあという気がします。
こだわりとよろこびと展望。
その3つをテーマに、次は船の上で三浦さんに話を聞きたいと考えています。
報告●井上良太
最終更新: