[プロローグ]長年地元で商売してきた。久之浜漁港で水揚げされた新鮮なお魚を電話一本で配達。三枚おろしでもお刺身でも出前迅速。もうひとつ人気は名物の干物。丁寧な仕事ぶりが口コミで広がって、久之浜の味を全国各地にお届けしてきた。
石井魚店の石井良和さんは地元の人気者。笑顔は名物の極上のヤナギガレイ以上にキラキラしてる。お店でも、配達先でも、仮設の商店街でも、いつでもニコニコキラキラ。
そんな石井さんが、一瞬、表情を曇らせたのがつらかった。

津波で店舗兼住居が流されて避難していた時、おやじが言ったんです。

「刺身が切りたい」

うちは元々、普通の魚屋さんみたいなお店は構えないでやってきました。100％久之浜漁港から新鮮な魚を仕入れて、お得意さんからの注文で刺身にしたり、三枚におろしたりしてお届けする。名産の干物をつくって町の人はもちろん、全国各地に発送する。そういう商売だったから、お店は必要なかったんです。

でも、おやじの言葉を聞いて、店を出そうと思った。思っていたら仮設商店街に出店しないかと誘われたんです。久之浜といえば魚。みんなうまい魚を食べたがっているからってね。

あとはとんとん拍子。商店街の話し合いに出て、仮設の浜風商店街に店に出せることが本決まりになった頃、おやじとおふくろ、そして自分の3人で、はっと気づいたんですよ。

「あ、そういえば、海がダメだった」

これまで地元産100％でやってきましたからね。目の前に海があるのに、その魚を獲れない、地元の魚を扱えないのは悔しい。なんていうか、とにかく、

「不本意なんです」

このお店には、ショーケースも入れてますが、今までこんな商売はやったことないんです。戸惑うことばっかりです。久之浜の人たちはうまい魚かを食べなれているから舌がこえています。他所から魚持ってきても、やっぱりね。今はいわきとかの魚市場から仕入れてますけど、「どこで獲れた魚？」なんてこともしょっちゅう聞かれますしね。

刺身もそうですが、うちは干物でも評価していただいているんです。自分でいうのも何ですけどね、知る人ぞ知る、みたいな感じで、うちの干物を食べた人から口コミで広がって、全国にお客さんがいるんですよ。

石井さんは仮設商店街の、そして町の人気者。小学生の下校時には、子供たちとキャッチボールも

（そんな話をしていた矢先、電話が鳴る。「はい、なんとかやってます。みりん干しとか丸干しとか」などと話す声が奥から聞こえてくる）

干物といえば、やっぱりヤナギガレイですね。これからの季節はお正月の贈答用にも利用していただいています。いわきを代表する魚はメヒカリだなんていわれますが、なんのなんの。本当のいわきの名産はこのヤナギガレイですよ。いいものになると4枚で5,000円の商品もあるんですよ。

うちの干物が人気の理由ですか？ 魚がいいことはもちろんですが、仕事が丁寧なところですね。たとえ面倒でも1尾1尾うろこやはらわたをきれいに取り除くんです。おやじやおふくろのシゴトはなかなか他では真似できないと思いますよ。

高級なヤナギガレイですが、小ぶりのものはお手頃で、久之浜の人たちはお茶菓子代わりに食べていました。久之浜のヤナギガレイは町の人にとって特別なんです。

これから先のことを考えると、久之浜で漁が再開されるかどうか。地魚がはいってくるようになるかどうか。最大の問題はこれですよ。おやじもおふくろも、いち早く商売が再開できたんで、そこいら辺については喜んでくれているけど、やっぱり地元の魚じゃないとね。

自分たちに言わせたら、ちょっと不適切なたとえかもしれないけど、「和牛とそうじゃない肉」とか「国産米と外米」くらいに違うんですから。

仮設商店街の外にはヤナギガレイ（左）の干物が干されていた。右の少し丸っこいのはニクモチガレイ。残念ながらどちらも久之浜で揚がった魚ではないが、丁寧な仕事の干物はやっぱり絶品だ。

石井魚店では電話注文で全国発送も行っている。電話は090-2983-9245。贈答用からお試しセットまで、料金に応じて商品を見つくろってもらえます。

2012年11月3日●TEXT+PHOTO：井上良太