明日を目指すお店リポート「それでいいんです」人が集まる場所、てんぐやさん

iRyota25

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配達から戻ってくる途中、店の近くまで来たところでカミさんが「津波が来てる」って騒ぎ出してて。店に飛び込むなり、家族を車に乗せて急いで逃げました。

高台にある中学校へ向かったんですが、踏切の遮断機が下りてて通れない。自分は消防団員なんで、交通整理して遮断機を上げ下げして車を通して、そしてカミさんたちは中学へ、自分は消防の屯所に向かいました。

津波が押し寄せる中、火の手が上がった久之浜の町。消防車を出し、消火活動をし、救援活動を行い、救急車が間に合わない時には負傷した子どもを病院まで消防車で運び、そしてまた消火活動に戻り。リカーランドてんぐやの新妻賢一郎さんは、そんな夜を送ったそうです。

でも、火を消せなかったんです。もうすぐ火の手が収まるというところで津波警報。避難している間に火の勢いが盛り返して。消火している時、近所の人たちには見に来ている人もいたんですよ。津波もそうですが火事もすべてがなくなりますからね。気の毒でした。

家族や自宅のことももちろん心配だったはずなのに、無我夢中で走り回った消防団員としての活動。新妻さんは消防車の中に携帯電話を忘れてきてしまいます。

地震と津波、そして火災に見舞われた久之浜を襲った次の災厄、原発事故。新妻さんは携帯電話を失い、情報が入りにくい中で家族とともに避難します。しかし、商店を経営している新妻さんにとっては、お店を開けないことの不安がどんどん募って行ったそうです。

日銭を稼がなければなりませんからね。お店の車で避難していたので少しは商品もあったのですが、本格的に仕事をするにはまったく足りません。店や倉庫の様子を見に行こうにもガソリンがない。なかなか満タンにすることができなかったんです。

そうこうするうち、消防の別の団員が携帯を届けてくれました。ガソリンも一度だけ満タンにすることができた。お客さんからも「配達できないかな」という話をもらった。ありがたかったですね。それで、久之浜の自宅まで行ったのです。

久々に戻った倉庫で、新妻さんは悔しい思いをすることになりました。

地震で倒れたり落ちたりしてダメになっている商品もありました。でも落ちていないものもあったんです。でも、割れてなくてもダメなんです。津波の泥をかぶった商品は、ビンならキャップの部分、缶ならタブのまわりとか、細かいところの泥がどうしても取れないんです。拭いても洗っても残ってしまう。

売り物にならないんです。

倉庫の在庫が全部ダメになってしまって、新たに仕入れるとしたら倍の経費が掛かってしまうことになります。そんな余裕はありませんでした。といって、生活のためには商売をやめるわけにはいきません。

津波で被害を受けた分を一挙にカバーするわけにはいかなかったので、できるところから少しずつ商売を再開していく形で、新妻さんは少しずつ仕事の幅を広げていきました。大きな在庫は持てないので、注文を受けて卸した商品を配達するという仕事が中心にならざるをえませんでした。

しかし、仮設商店街に出店し、津波で半壊した店舗を倉庫代わりにして仕事を進めていくうちに、少しずつ変化が現れてきました。

お勧め商品を紹介してくれる新妻さん。又兵衛は三国連太郎さんも好きなお酒なのだとか。「原酒がいいですよ」
お勧め商品を紹介してくれる新妻さん。又兵衛は三国連太郎さんも好きなお酒なのだとか。「原酒がいいですよ」

仮設店舗にも、元のお店の方にも、少しずつ町の人が来てくれるようになったんです。昔のようにお茶して行ったり、おしゃべりしたり。

それでいいんです。

いま、そういう場所がまったくなくなってしまっているでしょう。うちに来てお茶していく。それがとてもいいことだし、大切なことだと思うんです。

仮設商店街には期限があります。いつまでもいられる場所ではありません。
でも、仮設商店街を出る時には、半壊した本店で本格的に営業を再開したいと新妻さんは言います。新たに出店する負担の問題もありますが、少しずつ町中にもどって来ている人たちの集いの場になっている場所を守りたいという思いもあるようです。

新妻さんの思いには、駄菓子屋のあかもの屋さんと共通するものが感じられました。

駄菓子屋さんは子どもたちが集まる場所。

てんぐやさんは、大人たちが集まって、おしゃべりや情報交換する場所。

久之浜のかつての中心部で、
「人を集める力」があるお店が立ち上がろうとしています。

「久之浜」というお酒のラベルは新妻さんのお父さんの筆によるものです
「久之浜」というお酒のラベルは新妻さんのお父さんの筆によるものです
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●TEXT+PHOTO:井上良太(株式会社ジェーピーツーワン)

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