こんな岩場を抜けていくスリリングなアトラクション。
「ゴリラ岩」。確かに右を向いているゴリラの横顔に見える!
右側の穴は「正直穴」と言われ、正直者のみが通れるという穴です。さっきお菓子をこっそり食べておきながら「食べてない」と主張する我が子たち。通れるか心配。
大迫力のアドベンチャーの終了間際、船長が津波の話をしてくれました。
7年前の津波では堤防が簡単に破壊され、40tの重さのテトラポットも流されてしまったと言います。
船長をはじめこの湾にいた漁師さんは早めに避難をして無事だったということですが、船はほぼダメになってしまったとのことです。ただ、一人の漁師さんのみ、地震発生後沖へ出て津波の被害を免れて船を守ったと言います。長い経験からの見事な判断ですが、素人の私から見ると、津波が発生している海に船で出ていくのはやはり怖いです・・・。
この巨大なテトラポットが簡単に流されてしまったと言います。
真ん中に見える赤い印。海抜20mのあの場所まで津波が到達したとのことです。ちなみに、あの印は船長がつけたということでちょっと得意げでした。
下船時、船長にお礼を言い本日のホテル羅賀荘へ。今日はここで休息を取ります。
夕食後の部屋に帰る途中、食事の際に配膳をしてくれた宿のスタッフの方が声をかけてくれました。我々が日中にガイドさんの話を聞いているのを見られたようで、あのちびっ子たちは今日ここに泊まるのかな、と楽しみにしてくれていたようです。
その方は震災時仕事は休みで内陸の方へ行っていたようで、旅館のみんなが無事か気が気ではなかったと言います。当時、地震の後お客さんはバスで高台に避難し、従業員はホテルの屋上へ避難をし、みな無事だったということです。レストランやキッチンは水没してしまったものの、津波を想定した建物にしておいたお蔭で、従業員の皆さんの命が救われたと言えます。
ホテル裏の避難階段です。現在避難路を新たに作っているとのことで、こういった取り組みは人々の安全性を高めるだけではなく集客の面でも大きなプラスになるのではないかと思います。
2日目(2018年9月1日)
2日目の夜明けです。ちょっと雲が多いですが、お日様も見ることができました。
この日はレンタカーを駆使して、久慈へ向かいます。
その途中、野田村の震災遺構にちょっと寄り道です。
訪れたのは十府ヶ浦(とふがうら)公園の震災遺構「米田歩道橋」。
津波で破壊された歩道橋の一部がそのまま保存されています。
十府ヶ浦海岸駅に停車する電車の中からも見ることができるこの震災遺構。これからもそこを通りかかった人たちに津波の恐ろしさを訴え続けてほしいです。
たまたま通りかかった三陸鉄道に息子が大興奮。駅へ向かおうとするので、明日乗る予定だよと言ってなだめました。
震災遺構の目の前のトイレ。ものすごくきれいです。ドライバーさんの休憩地としてもお勧め。