マルカンビル大食堂オープンのニュースで代表的なメニューとして紹介されたものの1つがソフトクリーム。テレビやラジオ、新聞などでは「10段ソフト」とか「箸で食べるソフト」といった形容詞付きで伝えられていた。だって——
こーんなに高く盛られているんだから。
いまいちスケールが分かりにくいかもしれないマズい写真だけれど、メイド服を着用した店員さんがお盆を両手で恐るおそる持っている様子や、コーンとソフトの相対的なボリュームの違い、さらに注目はコーンの下のステンレス製のホルダーとソフトの比率をご覧いただければ、どんなにすごいソフトなのかご理解いただけるのでは?
運んでる途中でスマホのカメラを向けると、メイド服の店員さんはにっこり笑って「どうぞ」と言った感じで写真を撮らせてくれた。写真を撮ってもらえることをとてもうれしく、もしかしたら誇らしくも思っているような笑顔で。
この場所、かつてマルカン百貨店の大食堂だったこの場所が、再び人々をお迎えできる場所になったこと、そのことに関われたことが、メイド服の彼女はほんとうにほんとうに嬉しいのだと、伝わってきた。
マルカン百貨店にあった大食堂が、百貨店の閉店から約8カ月の後に復活したとのニュースは、岩手県内を中心にたくさん報じられたが、必ず的に紹介されていたのががナポリカツとソフトクリーム。
このソフト、言葉で表現しにくいくらいに圧巻だ。ソフトクリームの常識をはるかに越えている。
ふつうソフトクリームはコーンのところを手に持って、ぺろぺろ食べるでしょ。でも、マルカンビル大食堂のソフトクリームの場合、そんな食べ方していたら、ソフトのクリフハンガーがたちまち崩壊してしまう。
ソフトを舌でペロペロ舐めることに抵抗を感じられる上品なご仁には、「スプーンをくださいな」なんて人もあるけれど、マルカンビル大食堂のソフトクリームは、スプーンで食べる作法をも拒絶するほどのバーチカル。だから「箸で食べるソフト」との別名までついたのだ。
スプーンで食べようとしても倒れてしまう。こんなに高く盛られたソフトを食べるには、お箸で突っついたり、切り取ったりしながら食べるよりほかない。マルカン大食堂のソフトクリームとは、そういうかなりハードなソフトなのだ。
そしてもうひとつ、要チェックなのがそのお値段。
10段にも盛り上げられて、もはや箸で食べるしかないほどのソフトクリームは180円。さらにミニ盛りは130円。
びっくりだ。こんな、まるで昭和にタイムスリップしたかのような価格設定からは、こんな物語が見えてこないだろうか。
ある日、マルカン百貨店にとある家族がやってきた。街一番のデパートで、きっと楽しいお買い物をした後、最上階にある大食堂にやってきたのだろう。メニューは多彩。お父さんもお母さんも、もしかしたらご一緒していたかもしれないおじいちゃん、おばあちゃんにも「ここで食べるならこれ」っていう定番メニューがあったかもしれない。そして子どもたちにしてみれば——
主菜として食べるのがハンバーグでもラーメンでもお蕎麦でも、子どもたちのこころの中のメインはきっと食事の後、今日だけは「いいよ」と許されるデザート、あの10段ソフトだったりしたのではないか。
「箸で食べるソフト」とか「10段ソフト」とか、いまでこそそう呼ばれているものの、かつてマルカンに親しんできた子どもたちにとっては、この街のデパートで食べるソフトといえばマルカンの、このソフト。
ショーウィンドウに掲げられている文字も、「ソ・フ・ト・ク・リ・ー・ム」の7文字でしかない。10段とか、箸とかそんな説明文句なんてない。
マルカンの大食堂の「あのソフト」が復活したことで、小さな子どもたちにもたくさんこの場所を訪ねてきてくれるだろう。そして、ソフトクリームの七文字が持つ夢とか楽しさ(もしかしたら悲しい思いでとの対比があってこその楽しさもあったかもしれない)とか憧れとかうれしさとか、1人ひとりがそれぞれに味わってほしい。
メイド服のお姉さんたちが、ソフトクリームを大切そうに運んでいたのは、彼女たち自身がかつてこの場所で感じたこと、思ったことを再び感じ、胸を焦がしているからこそ、誰かにそれを届けるという仕事の重さを受け止めていたからに違いないのだ。
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