神戸・新長田駅前の一番街の中ほど、すし・惣菜・鮮魚の大路屋さんの前に長い行列ができていた。
いったい何人くらいいるのか、アーケードを通れなくなるほどの行列だ。レジから袋を重そうに提げて出てくる人はみんな笑顔。なんで?
みなさんが行列をつくって買っていたのは「イカナゴ」(東日本ではコウナゴ)と呼ばれる小魚。それも、1袋1キロ入りを3つも4つも買っていく。
新長田の駅北のスーパーの店頭でもコオナゴの量り売りが行われていた。こちらもたいへんな行列。そしてここでも買い物を提げた人たちはなぜか笑顔。
なんのことだか分からないまま、新長田界隈を歩いていると、あちこちから魚を醤油で炊いているような香ばしい匂いが漂ってくる。住宅地でも商店街でも、酒屋さんや八百屋さんからも、国道2号線を渡る歩道橋の上でも、まるで街全体が佃煮工場になったような、そんな感じ。
立ち寄った喫茶店のテレビから流れるニュースで、ようやく分かった。
行列ができていた理由は、神戸ではイカナゴが春の訪れを告げる風物詩とされているからだ。店頭に並んだ水揚げされたばかりのイカナゴは、買い求めた人たちの手で釘煮に料理される。醤油とみりん、砂糖で煮込んだ佃煮のようなものだが、生姜を入れたり山椒を入れたりして、その味付けはそれぞれの家庭ごとに違っているのだとか。
そうとわかると、町に漂う煮魚の匂いまでもが春の香りに思えてくる。震災の被害をほぼまぬがれて、生活復旧のためにいち早く立ち上がった昔ながらの商店街、丸五市場では、焼きそば屋さんの店頭で手作りの釘煮を発見。
すごい行列だったけど、今日が解禁日だったの?と店のおばちゃんに尋ねると、解禁されたのは3月7日だったとか。「今日は安売り。解禁された直後は不漁で高かったからね。やっと釘煮をつくれるってみんな買いに行ったんやろ」とのこと。
みんな自分ちで炊くんですか? 何キロも買ってる人がいたけど…、とまた質問しはじめると、ちょっと食べてみと釘煮を試食させてくれた。醤油と魚の香ばしさ、ほどよい甘み、そして控えめな生姜が爽やかに香る。絶品だ! 即買い求める。
お店屋さんでない普通の家庭でも、10キロくらい買ってきて自家製の釘煮をつくるのも珍しくないのだとか。ご近所や知り合いに配ったりする人もいるのだろう。なにしろ釘煮のコンテストまで行われているくらいなのだ。
その後、再開発されたビル群をつなぐ地下通路に設けられた震災関連のショーケースの中に、さらなる情報を発見した。震災前、靴の町として知られていた長田だが、以前はマッチ工場が立ち並ぶ町だった。そしてさらに時代を遡ると、長田は漁業の町。春を告げるイカナゴは地元ならではの食材。釘煮発祥の地も長田だったと分かった!
旅先でたまたま見かけた行列、町に漂う煮魚の香り、そしておばちゃんの話やらなにやらから、町に受け継がれてきた歴史に出会うことができた。時代とともに町の姿は変わるけど、変わらず続くものもあるのだと教えてくれたイカナゴの釘煮に感謝しつつ「いただきます!」
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