「雑固体廃棄物焼却設備」という名前だけ聞くと、小さな焼却炉のような設備を想像してしまうかもしれない。3月18日午前9時29分に本格運転が始まったこの施設は、「汚染水」に続いて事故原発が抱える問題を示すものでもある。
まずその規模の大きさだ。福島第一原発構内北寄り、5,6号機の近くに建設されたその施設は、下の写真で比較すると分かるように原子炉建屋に匹敵するほど大きい。
この巨大な建屋の中に設置されたA系,B系の2系統の焼却炉で、7,000人と言われる作業員が着用する防護服や下着、手袋などの他、工事用の梱包材、布切れ、木など、これまで溜まりにたまった固体廃棄物の焼却が始まったわけだ。
先立って発表されたホット試験結果
3月18日の運転開始に先立ち、3月15日には雑固体廃棄物焼却設備で3月3日まで行われてきたホット試験(実際の廃棄物を使った焼却試験。放射能の外部放出のリスクが調べられた)の結果が公開されている。
燃焼試験に用いられたのは、廃棄物が詰められたコンテナの表面での線量が、0.0001~0.50ミリシーベルト(毎時)の固体廃棄物。空間線量の単位として一般的に耳にすることの多いマイクロシーベルトに換算すると、0.1マイクロシーベルト~500シーベルト(毎時)ということになる。除染の対象となる0.23マイクロより低いものもあれば、公衆線量限度の2分の1の線量のものある。
これらを使って実際に燃焼試験を行った結果、焼却設備の排気部に設置されたダストモニタやガスモニタでは、廃棄物を燃やしていない時と同レベルの線量しか測定されなかったという。(原発敷地内が汚染されているためバックグラウンドの放射線を拾ってしまうこともあるのだろう)
2月8日から3月3日までのホット試験中には、プラントから水が滴下するトラブルが発生して、2月13日~23日まで試験を中断することもあったが、ホット試験の結果発表の翌日には、本格稼働が始まっている。
「特定原子力施設放射性廃棄物規制検討会」に提出された一連の資料から伺えること
ホット試験の結果が公表された2日後、つまり雑固体廃棄物焼却設備の稼働前日、東京電力のホームページ「報道配布資料」に、3月15日発表のものと同じ内容の資料が再び掲載された。
違いは1点のみ。資料表紙の右上に「特定原子力施設放射性廃棄物規制検討会」の参考資料であることが記されていることだ。
特定原子力施設放射性廃棄物規制検討会は、原子力規制委員会に設置された検討会で、昨年12月4日の第1回から今月17日まで3回開催されている。規制委員会の担当委員は福島第一原発事故当時、日本原子力学会で会長をつとめていた田中知(さとる)氏で、外部専門家と原子力規制庁の官僚、オブザーバーとして福島県の原子力専門員、資源エネルギー庁の官僚、東京電力の廃炉推進カンパニー社員数名をメンバーに開催される会議だ。
第3回の議題は、「廃棄物発生量の見通しと今後の管理について」「廃棄物の計測・分析について」「屋外集積された可燃物(伐採木等)に対する火災対策について」「その他」の4項。この検討会の資料として、固体廃棄物焼却設備の本稼働に当たっての資料が提出されたということだ。
検討会の議題に関連して東京電力からは他の資料も提出されていて、それぞれ東京電力のホームページにもアップロードされている。
順に見ていくと、事故原発がおかれた苦しい状況が見えてくる。東電の苦境とは、増え続ける防護服や工事資材などの廃棄物や、除染やタンク等の施設増設のために伐採した樹木などを減らさなければ、廃炉作業の妨げにもなりかねないという、汚染水貯蔵問題に続く大きな課題に直面しているということだ。
2023年には伐採木の焼却開始
資料1「各廃棄物の二次分類に応じた今後の保管方針について」からは、東京電力が進めようとしている今後の固体廃棄物処理のアウトラインが見えてくる。
まずは敷地内で伐採された樹木の処理だ。大量のフォールアウト(死の灰)で汚染された福島第一原発には、事故発生前まで多くの木々が茂り野鳥観察ができるほどだった。ところが汚染水を貯蔵するための大量のタンクを設置するため、敷地内の樹木の多くが伐採された。樹木の伐採は空間線量を下げる上でも極めて重要な措置だった。(多くの場合、樹木は平らな地面よりもはるかに汚染されるとされる)
敷地内で伐採された樹木の汚染度はかなり高いものであると考えられる。しかし、伐採木は廃棄物として場所をとる上、自然発火の危険もある。燃やして灰にしてしまえば大幅な減容化が実現できるが、高線量の樹木の焼却については2023年からと記された。
また、この資料の後半では第2回検討会での質問に回答する形で、増設が予定されている焼却施設について記されている。
資料によると、現在の雑固体廃棄物焼却施設は1日に7.2トンの焼却設備を2系統で運転しているが、2020年頃運転開始予定の「増設」施設の処理能力は1日95トンに達する計画だという。増設施設稼働後の合計焼却処理能力は単純計算で7.5倍以上となる。資料4ページに示された使用済み保護衣などの減容が、増設施設の稼働後に急速に進むのは「増設」こそが固体廃棄物減容処理の切り札であることを示している。
「減容」とは放射性物質の「濃縮」に他ならない
特定原子力施設放射性廃棄物規制検討会(第3回)に提出された資料2では、減容化を行った廃棄物の保管に欠くことのできない分析体制の整備と能力の向上がテーマになっている。
資料によると、分析能力を高めるため延べ床面積9,450平方メートル、高さ24メートルの分析研究棟を含む大規模な施設建設を行うことになっている。
構内に保管されている固体廃棄物が増え続けている。減容化を進めなければ保管場所がなくなってしまう。減容化のためには焼却灰の線量測定や厳正な保管が欠かせない。そのために大規模な分析施設の建設が不可欠になっている――。そのように見て間違いないだろう。
最近画像が更新されたGoogle Mapで事故原発を見ると、構内のさまざまな場所に固体廃棄物を貯蔵されているのが見て取れる。タンクエリアの東側にすり鉢状に地面を掘削してフレコンパックなどが集積されている場所もある。被災車両が集められた場所も見える。大量のタンクが敷地を埋め尽くしつつある中、固体廃棄物を貯蔵するための場所も逼迫しているのが感じられる。何としても減容したいというのは、切実な要望に違いない。
しかし忘れてはならないのは「減容」とは放射性物質の「濃縮」に他ならないことだ。放射性物質は煮ても焼いても減らすことはできないものだから、放射性物質を放出しないように焼却して、容積を100分の1に減らすことが出来たとしたら、放射能の濃度は100になる。大雑把にいうと1キロあたり100ベクレルの廃棄物100キロを燃やして1キロの焼却灰にすると、その灰は1万ベクレルの高濃度汚染物になってしまうのだ。
3月17日付の資料3「可燃性廃棄物の火災対策について」は、伐採木などの可燃性廃棄物の自然発火も念頭に、仮置き場や貯蔵場所での火災防止対策が説明されている。火事を出してしまうくらいなら焼却炉で燃やしてしまいたいという思いが滲むように思うのは筆者ばかりではないだろう。
廃炉への道は、課題が次々に現れる道のり
東京電力福島第一原子力発電所は事故によって多くの国民に多大な被害を及ぼした。事故から5年が経過した今日でも、融け落ちた炉心の所在すらつかめていない状況だ。廃炉まで40年という目標が掲げられているものの、実際にどれほどの年月を要することになるのか、答えることができる人はいない。
メルトダウンだろうがメルトスルーだろうが、とにかく溶融した燃料を冷却するために冷却水を注入し続けることで汚染水は増加し続けてきた。地震の被害によるものなのか以前からそうだったのか、原子炉やタービン建屋には地下水が流れ込み続け、流れこんだ地下水が汚染されることで、処理しなければならない汚染水、貯蔵し続けねばならない水も増え続けている。いったいあとどれくらいタンクを増設すれば貯蔵の必要はなくなるのだろうか。何百基? 何千基?
いつまでも貯め続けることはできないからという理由から、もしも汚染水を水で割って海に流すということを始めることになったら、その責任は誰が負うのだろう。トリチウムだから大丈夫なんて言う人にとってもらえるほど軽い責任なのだろうか。未来の子孫たちへの責任、世界中の人たちへの責任、地球環境への責任を引き受けてくれる責任者はどこにいるのだろう。
水のことだけでも大変なのに、事故原発では次の課題が突き付けられている。それが固体廃棄物を減らすということ。
しかし、放射能を垂れ流すことが許されない以上、放射性物質は減らされて小さくなった容積の中にぎゅっと詰め込まれることになる。燃焼によってどこまで減容できるかにもよるが、低レベルの汚染廃棄物が減容によって高レベル廃棄物になる。その保管のために厳重な管理が求められることになる。
事故原発の敷地は汚染水のタンクと、放射線濃度の高い固形廃棄物が詰められたドラム缶で埋まっていく。それが唯一予見可能な事故原発の近未来。水で薄めて流すとか、うっかりしたことにして空に放出するといった非道な手段を使わぬ限り、それが唯一予見可能な事故原発の近未来だ。
事故で大量の放射性物質を放出し、多くの国民を苦しめ、苦しめ続け、国土に深刻な汚染をもたらした上、その後始末を進める中でさえ放射能汚染の新たな難題を生み出し続けるもの。それが原子力というもの、核というものの実体に他ならない。
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