9月1日の石巻日日新聞が女川港のサンマ初水揚げを伝えた。
女川といえばサンマだ。
震災以前には棒受網を装備した大型のサンマ漁船が何隻も女川港の岸壁にやってきて、たくさんのサンマが水揚げされていたという。港湾内で順番を待つ船も少なくなかったという。女川魚市場は平成19年まで本州1位の水揚げを記録してきた。
震災で岸壁が破壊され、漁業関係者の多くが嘆いた。これではサンマ船が着岸できないと。急遽仮設の岸壁が整備されて、なんとか1隻サンマ船が停泊できるようになったのは、たしか震災のその年のことではなかっただろうか。
いまや港も整備された。地盤沈下した岸壁も復旧され、昨年は初めて震災の前年2010年の水揚げを上回ったと記事は伝えている。今年はもっと水揚げが上がりますように。
丸中丸の竹内悟漁労長(65)は「女川では毎年、何度も水揚げをしている。今年は魚群が薄く漁をするのが大変。今後の展開は読めないが、精一杯頑張りたい」と語っていた。
「秋の味覚 お目見え 女川港にサンマ初水揚げ」 石巻日日新聞 | 2015年9月1日
しかし、よくよく考えてみるとと「ますように」なんていうのは、ずいぶんと距離のある言葉だ。まるで他人事みたいにさえ思える。記事に刻まれた魚群の薄さを心配しつつ精一杯頑張るという言葉のなんと深いこと。
石巻日日新聞の記事の末尾は女川魚市場の加藤實代表取締役専務のコメントとして、次の言葉を記した。ちなみに日日新聞は石巻や女川、東松島の地域の新聞だ。べつに漁業関係者のための記事ばっかり載せているわけではない。
今は道東沖の漁が中心であり、女川への集中的な水揚げはまだ先。来月にかけてサンマが少しでも早く南下し、長期間にわたり三陸沖で漁場が形成されることを願いたい
「秋の味覚 お目見え 女川港にサンマ初水揚げ」 石巻日日新聞 | 2015年9月1日
やはり地元は切実さが違う。
我々にできることは、三陸のサンマをたくさん食べることだけだ。まだ小ぶりだが脂の乗りはいいという初水揚げのサンマ。女川の人たちは刺し身にしたり、名物女川汁にしたりして、秋の到来を味わったことだろう。
と、書いた瞬間に思い出した。頭や口や鼻や体全体に記憶が返ってきた。
あぁ、あの女川汁の味わい!
あぁ、サンマのつみれの入った女川汁を食べにいきたい!
できれば女川のおばちゃんたちと一緒に食べたい
味付けはこんなもんでいいっけと、
初めて味見した時のあの香りと味わいは忘れない
さすがにもう炊き出しなんてないだろうけど、
お祭りの屋台か何かでもいい。一緒に料理して食べたいものだ
漁獲高や漁場の位置といった話には、たしかについていけないところはある。しかし味覚のことなら話は別だ。おいしい女川汁を食すこと。
これは我々にとっても切実な問題だ。
秋になりました。女川に、石巻に、三陸に、おいしいものを食べに行きまっしょう!
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