東京電力が攻勢に出ている。サブドレン処理水の海洋排出計画についてだ。
前日8月20日に、すべての放射能データを公開すると発表したのに続き、サブドレンで汲み上げた地下水の新たな移送ラインを設置すると発表した。
サブドレン水の海洋排出計画
今回発表された資料の前に、東京電力のホームページに開設されている「サブドレン・地下水ドレンによる地下水のくみ上げ(計画)」をご覧いただくと、東京電力が進めている計画の内容がわかりやすいだろう。
サブドレンと地下水ドレンによる汲み上げがなぜ必要なのか、簡単に追加説明する。
サブドレンや地下水ドレンで水を汲み上げるのは、原子炉建屋やタービン建屋の地下に流れ込む地下水が、建屋内の放射性物質に接触することで新たな汚染水が作り出され続けているという現状をどうにかしなければならないからだ。汚染水はセシウム吸着装置や多核種除去設備(ALPS)などで処理しても、完全に放射性物質を取り去ることはできない。またトリチウム(水素の放射性同位体)のようにほとんど除去できないものもある。つまり、処理しても処理しても、汚染水と処理後の水のタンクは増えていく。
地下水が建屋に浸入して、放射性物質に触れてしまうのが汚染水が増える大きな原因だから、建屋内に入ってくる水を減らせばいいではないかというのが、サブドレンから水を汲み上げようという発想の根幹だ。サブドレンとは事故以前から原子炉建屋のすぐ近くに掘られていた井戸で、地下水によって建屋が浮き上がらないように地下水の汲み出しを継続して行ってきた施設だ。(事故後に設置された新たなサブドレンもある)
この水は汚染源に触れる前の水だから、念の為に浄化して、さらに汚染度をチェックした上で海に放出したい――。それが東京電力が進めようとしているサブドレン水の海洋排出計画だ。昨年から続けられている地下水バイパス(こちらは建屋から離れた場所にある井戸から汲み上げた地下水を、ほぼ定期的に、すでに77回にわたって海に流してきた)と似ているが、危険度ははるかに大きい。
なぜなら、井戸から水を汲み上げるといっても、闇雲にポンプで汲み上げることはできないからだ。なぜなら建屋の中には高濃度な汚染水が大量に貯まっている。現在は建屋周辺の地下水(サブドレンで汲み上げようとしている地下水)の方が水位が高いので、「地下水→建屋内汚染水」という流れ込みはあっても、逆に流れることはない。しかし地下水を汲み上げ過ぎて水位が逆転すると、水の流れも「地下水←建屋内汚染水」となり、建屋周辺の地下水が大規模に汚染されてしまうことになる。
建屋に流入する地下水を減らすためには、できるだけ水位を下げたい。しかし建屋内の汚染水の水位よりは下がらないように微妙な調整が必要になる。サブドレン水の汲み上げというのは、極めて精緻な対応が求められる作業なのだ。
地下水ドレンとは?
東京電力の「サブドレン・地下水ドレンによる地下水のくみ上げ(計画)」を見ると、建屋周辺に設置されているサブドレンに対して、地下水ドレンは海近くの護岸に設置されている。護岸近くのエリアは、「タービン建屋東側」とも呼ばれる場所で、海に面した低い土地。これまでに非常に高い汚染度の地下水が検出されてきた場所でもある。
たとえば「地下水観測孔No.1-2」という井戸は、2013年の7月に930万ベクレルもの全ベータが検出され、現在は薬液を注入して封止されている。その他にも100万ベクレルオーダーの汚染を記録した観測孔は少なくない。今年になって最高値を更新し続けている観測孔もある。
しかし、だからといってこのエリアの地下水をそのままにしておくと、やがて水位が上昇し、遮水壁で囲まれた建屋周辺の地下水に流入する危険がある。そのため、このエリアからの地下水汲み上げも不可欠、ということで設置されたのが地下水ドレンだ。
緊急時のための新・移送ライン
「サブドレン・地下水ドレンによる地下水のくみ上げ(計画)」にあるように、サブドレン・地下水ドレンの基本的な運用は、汲み上げ→貯留(水質分析)→浄化→貯水(分析)を行った結果、地下水バイパスをさらに厳格化した運用目標を確認した上で港湾内に排水するという流れになる。
しかし、放射性物質の濃度が上昇した場合に、同じ処理ラインで対応していると、タンクやラインまでが汚染されかねない。そのため、すでに緊急時の対応として、汲み上げの調整やタービン建屋地下(現在の汚染水処理のメインストリームとも言えるものの起点となる場所)への移送ラインを設置してきた。
今回の発表は、緊急時対応としての移送ラインを別にもう1つ設置するというものだ。
資料の中でポイントとなるのは以下の部分。
地下水ドレンでくみ上げた地下水は,海近傍からくみ上げた水であるため,塩分濃度が高いことも予想され,タービン建屋に移送した場合,セシウム吸着装置の処理に影響を及ぼす可能性があることから,
移送先の多様化を図るために,集水タンクを経由して,35m盤のタンクを移送先とした移送ラインを設置
疑問点はここ
緊急事態が起きた時の対応を多様化しておくのはいいことだ。しかし、その理由には疑問を覚えてしまう。「塩分濃度が高いことが予想されるから」というが――
護岸に井戸を掘って汲み上げる水だから、塩っけが多くて当然だ。なぜいまさら新たな対応として出てくるのだろうか。護岸近くの「タービン建屋東側」は、場所によって非常に高い汚染が検出されてきた場所だ。問題となるのは、塩分よりもむしろ、汚染、それもストロンチウムに代表されるベータ核種の濃度が高まった場合ではなかろうか。あるいは、サブドレン汲み上げの水位調整に失敗し、周辺地下水が汚染されるケースも起こりうる。「塩」という理由はカモフラージュに思えないだろうか。
懸念されているのが塩であれ放射性物質による汚染であれ、新たに設置されるラインのあり方にも疑問がある。
◆そもそも汚染のリスクが異なるサブドレンと地下水ドレンをいっしょに貯めるのはなぜか。本来別系統で処理すべきではないか →(推論1)
◆35m盤(原発の建屋よりもさらに上、事務所棟などと同等の高さ)への移送先がRO濃縮水処理設備の処理後のタンクなのはなぜか →(推論2)
推論1
時として汚染濃度の上昇が見られるサブドレンだが、その周辺の地下水は基本的には地下水バイパスで汲み上げ・排出しているのと同様の地下水だと考えられる。高濃度の汚染水が頻発する「タービン建屋東側」の汲み上げ水(タービン建屋地下ともつながっていた海水配管トレンチを経由して漏れ出していると考えられてきた)とはリスクの大きさがまったく違う。本来なら、別物として処理した方が安全性も高いと考えられるが、敢えて混ぜて処理する理由を考えてみる。
ヒントとなるのは地下水バイパスの運用だ。地下水バイパスでは合計12本の揚水井で地下水を汲み上げているが、運用開始当初からとくに南側の井戸で高いトリチウム濃度が記録されてきた。高濃度になる井戸は最も南側のNo.12に始まり徐々に北側に移動、現在はNo.10の井戸で運用目標の1リットル当たり1,500ベクレルが記録されている。
最初にNo.12の井戸で1,500ベクレルが出た際、東京電力は運用目標を超える汚染度であることから汲み上げを一時停止したが、その後、ほかの井戸から汲み上げた汚染度の低い地下水とブレンドして、全体として運用目標を下回るのを理由に海洋への排出を続けた。
この事例を踏まえて考えてみる。
あえて高い汚染度の水が出る可能性のある地下水ドレンの水を、ほかの井戸の水と同じラインで処理するという今回の方針は、地下水バイパスと同じような運用が行われる可能性を示唆するものではないか。
あらかじめサブドレンと地下水ドレンを区分して処理したのでは、地下水ドレン水の海洋放出がNGになる確率が高い。混ぜて薄めて排出する方法をとった方が、タンクに貯めずに海に捨てる水が増やせるという計算があるのではないか。
推論2
この理由は本当によくわからない。RO濃縮水処理設備とは、人工透析や水濾過に使われる逆浸透膜で、塩分や放射性物質濃度の高い汚染水を分離する設備。処理後にアウトプットされるのは、汚染が濃縮された「RO濃縮塩水」と、真水に近い水(しかし三重水素トリチウムは取り除かれない上、放射性核種も若干残る)という2種類の「水」。
RO濃縮水処理設備の上流側に移送して、他の汚染水と同様に処理プロセスに掛けるというのなら納得できる。しかし移送先は処理設備の下流側。しかも「RO濃縮水処理水中継タンク」というタンクに蓄えられるとされている。
RO濃縮水処理水とは何のか。水処理をした後の水なのか、それとも高濃度のRO濃縮塩水のことなのか。いずれにしろ、一時的に貯留されたタンクからは、汚染水貯留タンクに送られることになっているから、まさかそのまま海に放出されることはないはずだ。しかし、この「水」がどのように扱われるかについては、注視する必要がある。
※ 東京電力は汚染水処理のタイムスケジュールが逼迫する中、2015年になった頃から「ストロンチウム処理水」という新たな言葉を使うようになった。この「水」は実質的には、元々「セシウム吸着装置→RO濃縮設備→多核種除去設備」などの段階を踏んで行われてきた汚染水処理の前段だけを終えた程度の、処理途中の汚染水だった。そのような言葉の置き換えによるカモフラージュにも注意する必要があるだろう。
まさかとは思うが……
昨年から実施されている地下水バイパスにも当初反対の声が大きかった。安全性を強調して地下水バイパスを開始した直後、揚水井から高い濃度のトリチウムが検出された際には、他の水とブレンドするという方法で海洋放出を止めなかった。
サブドレン水の海洋放出計画の根拠は、地下水バイパスと同様の地下水であり、さらに厳格な処理や検査を行うとされたことだ。すでに海側の地下水ドレンからの「水」がブレンドされる方針になっている。ブレンド後、基準をクリアすれば海洋排出を止める理由は希薄になってしまうだろう。
この地下水ドレン水の塩分や汚染度が高まった時には、RO濃縮水処理水に混ぜるためのラインが新規に設置される。ここでブレンドされた水も、「元はサブドレンや地下水ドレンと同じ地下水だ」という言葉の組み換えが行われない保証はない。
基準値以下に薄めて海に流すしかない――。規制委員会までもが口にしたそのような運用をなし崩し的に進めていく「絵」がすでに描かれている可能性もある。
サブドレン計画に強硬に反対してきた福島県の漁協は先月、条件付きでサブドレン浄化水の海洋放出を容認した。しかし、注視が欠かせないのはこれからだ。
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