左手の松並木は東名(とうな)運河、北上川と仙台方面の水運を外洋を通らずに実現するために伊達藩が築いた運河です。かつての仙石線は野蒜(のびる)付近では、この運河に沿って走っていました。しかし、東日本大震災の大きな被害を受けて、仙石線は山側へ数百メートルも高台移転。すでに新しい駅も完成しています。
でも、かつての野蒜駅はコンビニ併設のコミュニティスペースとして、またプラットホームが震災遺構として東松島市によって残されることになったのは別稿でお伝えした通りです。
しかしやっぱり不思議なんです。ついさっきまで旧・野蒜駅にいて、運河沿いに車を走らせることほんの1、2分で、「野蒜駅は右」という案内標識。
一瞬あたまが混乱するような不思議な体験でした。で、右折せよというこの標識に沿う道は、かつてかなりの期間、仙台方面と石巻方面を結ぶ迂回路として使われてもいた通り。旧・野蒜小学校の脇を通り、高台へ登って行く途中から右折して、工事中の囲いに沿ってカーブを進むと、その駅が目の前に現れます。
新・野蒜駅。JR的には新も旧もなく単純に野蒜駅。奥松島方面への観光の玄関口としてこれからの利用が見込まれる新しい野蒜駅はとってもおしゃれな佇まいです、
でも、今のところ立派なのは駅舎だけで、駅周辺は工事用の養生パネルに囲われた造成工事現場です。養生パネルには完成した後の姿のパース図が紹介されてもいます。
津波に負けない新しい駅舎と鉄路はつながりました。次はそこに住まう人たちの暮らしの再建です。木の雰囲気が香しい新・野蒜駅。これから周辺の開発が進んでいく中、いつ訪れても「いまだけ」の景色を見せてくれる場所なのです。
最終更新: