3.11。言葉のちから

iRyota25

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新沼暁之さん。魂の言葉

だけど
彼等の主人達は
迎えにはきません。。


来たくても…

撫でてあげたくても…

お疲れ様…したくても…



してあげられねぇんだ。


二度と…

新沼 暁之 - 忘れない311。③...2013.3.4の記事の再シェアです。..... | Facebook

大船渡に住み、かつては暴走族やらなにやら、そうとうのやんちゃをやってきて、新宿から故郷に帰ってきて飲食店を始め、そして被災。津波が押し寄せたその時から、救命救助という名の「緊急災害支援」を自ら手探りで始め、電気の灯らない町にソーラーライトを設置して回り、地元岩手はもとより、宮城、福島さまざまな場所で動いてきた新沼暁之さん。昨年からは東北のみならず、全国各地の災害被災地での支援活動をスタートさせています。

そんな新沼さんが今年の3月3日、1年前の3月4日に自らがアップしたフェイスブックの記事を自らシェアしたのがこの記事です。

新沼さんと知り合う前も、被災地に行くと、ところどころに被災したクルマの安置所を数多く目にしてきました。たとえば石巻市の海辺近く、雲雀野には日和大橋へ上って行くスロープの両側に。言葉を失ってしまうほどの数の被災したクルマが安置されていました。

「受け取りにこられない人のクルマなんだよ」と聞いた時には、自分が言葉を失った理由がわかった気がした…。ほかの自治体の被災車置き場の中には、ガードマンが常駐して、被災地観光客が被災したクルマに近づかないように見はっているところもありました。「消防車はね、とくに一般の目に触れない奥の方に置いているらしいよ」と、そんな話を聞いたこともありました。

新沼さんの言葉に、光景が本当の意味とともによみがえりました。圧倒されるほどのクルマ。それはただ悲惨で非日常の風景としてそこにあるのではなく、ひとつひとつの被災車に、大切な思いがこもっている。たとえ、被災車を迎えにくる人がいなくても、1台1台が迎えを待っている。

被災地で安置されているクルマが徐々に減って行っていたあの頃、新沼さんの言葉は、目に見える景色の中に刻み込まれた物語を教えてくれるものでした。

説明が長過ぎましたね。

新沼さんの言葉って、そんな言葉なのです。

もうひとつ。

汚ねぇ字で書いた
そのノートは何度も書き直し
何度も破り捨てた跡が。
残るペン跡。滲む涙跡。



オレモマタナイタヨバカヤロウ

新沼 暁之 - 忘れない311。②...2012.7.17の記事の再シェアです。..... | Facebook

これは、2012年7月17日の記事を新沼さん自身が今年の3月2日に再シェアしたもの。

自衛隊の人たちに向けてのメッセージ。

震災を経験した多くの人たちの共感を生んだメッセージ。

魂の言葉。新沼さんのフェイスブックで触れて欲しい。そして、なぜ彼が過去の記事を自らの手で再シェアしてきたのか、考えてみて欲しい。読んでもらえばすぐ分かるはずだから。

 新沼暁之さん | Facebook
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新柵ひろ子さん。想像を超えた真実の言葉

新柵さんは「ヒマちゃんの気持ち」の作者です。はじめて読ませてもらったとき、彼女が店長をつとめるREGAL SHOES石巻店の店の中で、涙があふれて止まらなかった。

まだお読みでない方、iPad&iPhoneの無料アプリでご覧いただけますのでいますぐ!

 「ヒマちゃんの気持ち」支援プロジェクト - 写真素材のimagenavi
imagenavi.jp  

その翌日、ひろちゃんが朝早くにきてくれた。
ひろちゃんはまたぼくを見て泣いていた。

「わたしみたいだ…」って。

iTunes の App Store で配信中の iPhone、iPod touch、iPad 用 ヒマちゃんの気持ち

被災地に生きる人たちが3年目を迎える現実、といった言葉がこの何日間か繰り返し聞こえてきましたが、そんな他人行儀な言葉からは見えてこない、想像を超えた現実を「ヒマちゃんの気持ち」の著者・新柵ひろ子さんは、フェイスブックにアップする言葉を通して伝えてくれます。

仙台はまるで違っていた 駅前も商店街も綺麗になっていて、ファーストフード店は再開し綺麗な格好をした人たち 香水の匂いをプンプンさせ高いヒールを履いた女の子たちがいたるところにいた。
それでも街には「頑張ろう仙台!」という貼り紙がいろんなところに貼られていて、そこに立っている自分がまるでどっか別な星からでもきたようなそんな錯覚さえするような気持ちになった。

新柵ひろ子さん | Facebook

これは震災の年の5月に仕事で仙台に赴いた時の印象が記されたもの。

部分引用すると、文章の感動を損ねかねないので、タイトルとして引いた冒頭のフレーズのみご紹介。

 お風呂に入っていてひとり吹き出してしまった
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 「春眠暁を覚えず」ということわざがあるけれど
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 海がそれでも好きだから 再び。
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 モヤモヤするときゃ髪を切る
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そしてこんな話も。

先日、東京の友人にこんな話しをした。

「あのさぁ 地震の前の晩ね 友達のお母さんがカツオの刺身をサクの状態で冷凍して持ってきてくれてね その刺身がもうホントすんごい脂のってて美味そうで 当日の朝ね うちのお母ちゃんに わたしビール買ってくるから今日 ミョウガと生姜買っといてね~って朝 頼んで仕事に出掛けたんだよね で それであんなことがあって避難所で親と再会した時 父はわたしが生きてるの分かってたのに 姿見たら平伏して大泣きして母とわたしは思わず あのカツオ食べたかったね カツオ海に帰って行っちゃったね~って抱き合いながら 言ったんだよね あんな究極な状態でもカツオのことはしっかり覚えててどんだけわたしカツオ食べたかったんだろうね~」

新柵ひろ子さん | Facebook

時にやさしい言葉、時には自ら敢えてササクレをむしるかのような言葉。想像を超えたところにある本当の言葉が胸をうつ新柵さんの記事です。

 石巻のヒマちゃん、新柵ひろ子さんの記事リスト
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猛吹雪の福島で河津桜の苗を植えた人たち

静岡県駿東郡長泉町にある三島高校の生徒たちが文化祭で集めたお金をもとに、いわき市久之浜と四倉で桜、それも早咲きの桜として知られる伊豆の河津桜の植樹を行った人たちがいます。

植樹に行ったその日は猛吹雪。温暖ないわき市とは思えない天候でしたが、地元の方がたとともに多くの桜の木を植えることが出来ました。

震災の後、たくさんの場所で植樹が行われています。
時間をかけて成長して、やがて花開く時がやって来て。
ご存知ですか? 植樹にはそんな時間を超える想いが込められていることを。

 ガレ花ロードを桜ロードに
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私ね、できるだけ派手な格好して三島高校に時々行くようにしようって思ってるんですよ。だって、そうしたらきっとこども達も「あの人誰?」ってことになるじゃない。私のことを見知ってる子や先生から「Team 桜龍 in 久之浜」の人だよって教えてもらって、そこから久之浜の話ができるじゃない。あぁ、あの文化祭の時のお金がそうなったんだって思ったら、行ってみようかなって子も出て来るんじゃないかと思うわけ。

だから、できるだけ派手な格好で高校に出入りするようにするんだ。だって、伝えて行くこと。次の世代のこども達につないで行くことが、私たちの仕事だからね。

ガレ花ロードを桜ロードに

このつながりが風化することは、ない

2.18午前に連絡が有り資材の搬入依頼が有り道路状況を確認只今、積込を行いドライバーの手配が出来次第、第一便出発いたします。豪雪災害も広範囲かつ県をまたいでおりますが、各所できる限りのサポートをし石巻牡鹿より震災のお返しが少しでも出来ればと考えています。

Pikari支援プロジェクト・牡鹿ボランティア | Facebook

先月、日本各地を襲った豪雪災害。その中でこんな言葉がありました。掲載された写真を見て震えました。その日の夜に集められた除雪用のスコップの山を、クルマのヘッドライトが照らしています。

場所は石巻市の牡鹿半島。仙台湾を画すように太平洋に突き出した東北の地域です。

写真:Pikari支援プロジェクト・牡鹿ボランティアさんのFacebookページ
写真:Pikari支援プロジェクト・牡鹿ボランティアさんのFacebookページ

この記事の数週間後、山梨からの礼状が届いたそうです。その葉書を見て、また震えました。

震災から3年。しかしここで交わされたような本物の握手が日本中に広まって行けば風化なんて、
「そう言えば、そんなこと心配してた時代があったね」
と笑って話せる日がくるのではないか。

真剣にそう思ったのでした。

 Pikari支援プロジェクト・牡鹿ボランティア | Facebook
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 このつながりが風化することは、ない。
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 さあ3月、俺たちがやんねばねぇこと
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構成●井上良太

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