リアスの海辺から(書評)

iRyota25

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「リアスの海辺から」畠山重篤 1999年 文芸春秋刊
「リアスの海辺から」畠山重篤 1999年 文芸春秋刊

著者は気仙沼市舞根(もうね)湾を拠点とする養殖漁師でエッセイスト、「NPO法人 森は海の恋人」代表で、京都大学フィールド科学教育センター社会連携教授でもある。海を甦らせるためには、山から川、海に至る環境の再生が不可欠と信じ、気仙沼大川の上流、県境を越えた岩手県側にまで植林活動を続けてきた。

そんな筆者が、こどもの頃の海の思い出、川や山の思い出を語るところから本書は始まる。冒頭は小学5年生の頃の日記帳からエピソードだ。ページを開くと・・・

鮮やかな描写に心ときめきます

小学5年生の日記に記されていたのは、「今日もつりにいきました。」

メバル、メバルの餌にするためのエビを獲りに沢を遡った思い出、かがり火を焚いての夜泥棒(ヨドボウ)、夜泥棒のたいまつにするための松根掘り。もしも写真が残っていたとしてもセピア色のモノクロ時代のエピソードが、色鮮やかに描き出される。めくるページをスクリーンにして浮かび上がる光景は、豊かなリアスの海。貧しくとも、豊かで貴重で幸福な風景。まるで、松明を焚いた船の舳先から覗き込む自分の目に、夜の海の底にクルマエビやマダコ、そしてクリガニが見えるようだ。指先に獲物が掛かった鉤の感覚が伝わってくる。

本書の初版が発行されたのは1999年5月20日。奥付にはそう記されている。
そんな古い本を紹介してどうするのだと言われるかもしれないが、10数年前に発行された本書はいまも現役として、私たちに力強いメッセージを語り続けている。

とくに東日本大震災で海岸線が甚大な被害を受けたいま、本書に描かれた言葉は、一言一句に至るまで、あたかも新しく生まれ変わったもののように胸に迫ってくる。大川小学校の思い出が語られる。長面浦の話も出てくる。著者の拠点である気仙沼市舞根湾もまた津波によって破壊されたのは言うまでもない。

本書に描かれている風景の多くは、いまでは失われてしまったもに違いない。それでもページの中には、あまりにも生命感がみちみちている。網に引き上げられた大漁の魚たちの銀色の律動のような生命感だ。

津波の被害は甚大だった。しかし、豊かな海と山のつながりを知るからこそ、リアスの海に思いを寄せ、山と川と海のつながりの中で再生を目指す――。舞根の人たちはおそらく、そんな決意を持って立ち上がっているに違いない。

今年の夏、畠山さんが経営する水山養殖場を訪ねた。残念ながら畠山さんは留守だったが養殖場を任されているという息子さんと立ち話をすることができた。舞根湾の平地部には、ほとんど何も残っていない。養殖場の建物と湾の対岸に小さいけれどおしゃれな小屋がある程度だ。それでも養殖場は活気に満ちていた。

「最近は夏の牡蠣の注文が多くて。お盆なのに大忙しですよ」

ゆっくりお話しできなくてすみませんねと、突然訪ねていった失礼な輩に詫びるばかりか、暑いからとポカリスエットまでいただいた。

赤っぽい土が露出した土地を、覆い隠すように丈の高い草が繁茂している。アスファルトもない砂利と泥の道を、夏の日差しがじりじりと照りつける。そんな中で、養殖場の一角だけがフォークリフトやトラックや小走りに歩き回りながら仕事を続ける人たちで賑わっていた。復興なんてまだまだだ。でもそこに繋がる道をこの浜の人たちは進み始めている。

入り江の海の中をのぞいてみると、小さな魚が点々と泳いでいる姿があった。ページの向こうに見えたものを、この目で確認することができたように感じた。

ホタテの貝殻を身に着けた巡礼と三陸海岸

本書は前半と後半で描かれている内容がガラリと変わる。後半の舞台は三陸海岸からはるか彼方、四角いイベリア半島の肩のあたり、スペイン北西部へ飛ぶ。

リアスという言葉が実はスペイン語だったこと。リアスが川の注ぐ湾を意味すること。そこにはきっと山と川と海の深い結びつきがあるという確信。そして、伊達政宗の時代の東北とキリスト教の結びつき。

ほんの小さなエピソードがひとつひとつつながっていくことで、本場スペインのリアス海岸と三陸のリアスが結びついていく。読み進める間中、この11月3日、津波による被害から復活し、再オープンを果たした石巻のサンファン館のガレオン船、サン・ファン・バウティスタ号のイメージと、本書に描かれた光景が重ねあわされるような感覚だった。サン・ファン号でスペインに渡り、リアスの海辺の漁師さんたちにカキやホタテを食べさせてもらったり、握手したりしている、実感のようなまぼろし。

まぼろしというと、良い意味で使われることはあまり多くないが、本書が感じさせてくれるものは違う。

本のページがのこりわずかになった時、目算であと4ページか6ページかというあたりから読み進めることが惜しくて、もったいなくて、残り数ページを読み終えるまでに3夜要したことを白状しておく。

メバルを自分の手で突いた感覚、ネットで検索しても出てこない「とうじんぼう」という魚の引きの強烈さ。ホタテの稚貝を受け取りに行く途中、奥中山峠でトラックがスリップした時の横G。スペインのリアス海岸を行く木造作業船の乗り心地。そんなまぼろしの連なりにピリオドを打ちたくなかったのだ。

畠山さんは、こどもの頃に体験した海の自然を取り戻すために「森は海の恋人」活動を進めてきたという。津波によって多くが失われたいま、舞根の人たちがどんな未来を見据えているのか。本書が描く古き時代の光景がリアルであればこそ、ここにある現実が厚みを増していく。自分のように戦後の舞根の浜など知らない、震災前の浜の様子もわからない人間が、少しでも距離感を縮めていく上で、貴重な手引きとなる書であると確信する。

★おすすめの一冊。文庫も出ているようです。

余談ですが・・・

この一冊は石巻の川開き祭りスタンドアップウィークに開催された一箱古本市で購入したものです。

一箱古本のお店の主は電器屋さんの佐藤さん。あの津波の時、この本は水に浸かりませんでしたが、家が長い時間浸水していたせいか、本のページは微妙によれよれになっています。でもそれは、津波を生きのびることで、この本に刻まれた歴史。佐藤さんからこの本を買って良かったと、いまも思います。

そういえば、ちょうど同じ時、石巻2.0の松村さんも佐藤さんのお店にやってきて、僕が買ったのよりもさらによれよれで、ちょっと浸かっちゃいました、といった一冊を購入していきました。「これ、家宝にしますね」って。

本好きの愛情が注がれる本は幸せです。

 畠山重篤エッセイブログ「リアスの海辺から」
mizuyama-oyster-farm.com  
 「リアスの海辺から 〜カキじいさんのつぶやき〜」
d.hatena.ne.jp  
 一箱古本市 | 不忍ブックストリート | 本と散歩の似合う街
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 【通販】リアスの海辺から
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●TEXT:井上良太

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