4月3日の再オープンから「東日本大震災の記録と津波の災害史」という常設展が行われている気仙沼市のリアス・アーク美術館に向かいました。少し早く着きすぎたので、陸前高田まで足をのばしてみると、数か月前まで残っていた市役所やマイヤ(ショッピングセンター)などの建物のほとんどが撤去され、まっ平らな町に変わっていました。
そんな景色の中にもガレキは残されています。
リアス・アーク美術館の展覧会では「ガレキと呼ぶのをやめよう」と呼びかけていることをネットで知っていました。
見ず知らずの人にとってはゴミのように見えてしまうかもしれませんが、地震と津波で破壊される直前までは、たしかに誰かの持ち物であり、多くが持ち主の思い出につながる物たちです。
「ガレキと呼ばず被災物と呼ぼう」というリアス・アーク美術館の主張には、行く前から自分も共感していました。
大津波から2年以上たっているのに、こんなものもあるんですよ。
バルーンアート用のバルーン。
学校の行事で使っていたのかな?
それとも誰かバルーンアートの先生がいたのかな。
犬や帽子や剣に変身していくバルーン。
見ていたこどもたちの目はどんな風に輝いていたのかな。
ベビーカーの車輪です。
写真では分かりにくいですが、大きさからいって「A型」と呼ばれるタイプのベビーカーのもののようです。
津波にあった後、ずっと外に放置されていたということではなく、もの自体、かなりの年代物(15年以上昔のもの?)のように感じます。
ベビーカーを買う時に、「A型は丈夫で安定感もいいけど畳んだ時にかさばるのよね。B型はコンパクトに畳めるけど、ちょっと弱いし・・・」
なんて、ご夫婦で相談された声が聞こえてくるような気がしました。
宮城県と岩手県の被災地では、(ガレキ)の処理が予定通りに進む見込みが明らかになった、なんてニュースで報道されたりしていますが、ガレキって何なのでしょうか?
まっ平らになった陸前高田の町中を歩きながら、不思議な気持ちになりました。
地面に放置されている物たちが何かを話しているように思えるのです。
何もなくなってしまったように見える陸前高田の空気の中にも、物たちが語る小さな言葉が満ちているのです。
陸前高田
東浜街道付近
●TEXT+PHOTO:井上良太(株式会社ジェーピーツーワン)
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